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「戦争はおわったのに」/藤子Fの残留日本兵①

次なるFノートのテーマは「残留日本兵」。我ながら渋いテーマ選択である。しかも今回から3回にわたってお届けする。渋すぎてきっとPV少なめだろうが、藤子F先生の好きな題材なのだから仕方ない。

まず、一応「残留日本兵」とは何か確認しておきたい。

かの太平洋戦争では、戦争が長期化すると、日本軍は資源を求めて、アジア南方へと戦線を拡大していった。ところが兵站(へいたん)が伸びてしまい、軍事物資や食糧の補給がままならなくなると、兵士たちは現地調達に活路を見出す。

多くの餓死や病死を出しながらも、ようやく現地で食べていける体勢が整うと、次は籠城作戦というか、ゲリラ的な戦い方をするようになる。そんな持久戦に入った彼らには、物資も来ないが、当然情報も来ない。1945年に終戦を迎えるが、その情報が入手できず、そのまま現地で抗戦体制を敷いたまま身を隠してしまう人が大勢出てしまった。

また、終戦を知っても、現地政府や反体制側に戦闘員として残る者、現地で結婚して住民化してしまう者なども大勢いた。彼らを総称して、残留日本兵と呼ぶのである。一説には、一万人ともそれ以上とも言われている。


藤子作品では、現地で終戦を知らぬまに過ごしている人々の話や、有名な帰還兵である横井庄一さんをモチーフにした話が存在している。ギャグだったり、感動作だったり、異色作だったりと、描き方も千差万別

藤子先生の創作意欲を掻き立てた「帰還兵」作品を見ていきたいと思う。


「オバケのQ太郎」『戦争はおわったのに』
「月刊別冊少年サンデー」1964年12月号/大全集2巻

まずは軽いノリの「オバQ」から。無人島で終戦を知らずに暮らしている旧日本軍兵士たちをオバQたちが発見したことによる、ドタバタコメディとなっている。

本作が発表された時点では、その後ジャングルで発見されて帰国した帰還兵の小野田氏や横井氏は、その存在すら知られていなかった。ただ、戻ってこれない帰還兵がまだいるのでは? という噂はあったようである。そうした時代感を踏まえておきたい。

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正ちゃんとQ太郎は、温かい南の島に行きたいということで、ジャンボ飛行機の上に乗って南方を目指すが、途中で嵐に遭って吹き飛ばされ、無人島へと落ちてしまう。

島を歩いていると落とし穴にハマってしまい、そこで一夜を過ごすことに。翌朝、穴の外に姿を現わしたのが、二人の日本兵であった。彼らは20年前にアメリカの戦闘機と戦って、この島に墜落し、以来ここで暮らしているのだという。

彼らの自給自足の暮らしぶりが紹介される。洞窟を住まいとし、飲み水は雨が降ったら貯めておく。ついでにその機会にと、口にも入れる。洞窟内は、電気ウナギから電気を取っており、映画館(影絵を写すのみ)や、日時計もある。

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そして、衝撃的なのは、実はアメリカ兵2人も同じくこの島に落下していて、定時になると毎日「戦争」をしているのであった。

戦争と言っても、もう20年戦っているので、銃弾は切れていて、石の投げ合いである。休戦の時間になると、お互いたんこぶの数を数えて、勝った負けたを決めている。

勝つと飛行機の部品を一点取り上げることができるルール。お互い飛行機が壊れているので、二機の部品を足すとちょうど一機分となるので、毎日戦争して取り合っているのである。早く停戦して、一機作って脱出すればいいのに・・。

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そんな日本兵たちに正ちゃん、Qちゃんは、「戦争はもう終わっている、日本は負け、今は平和に暮らしていて東京オリンピックもあった」と告げる。日本の敗戦を信じられない男たちは、「さてはアメリカのスパイだな」と怒って、正ちゃんたちを閉じ込めてしまう。

まあでも実際に終戦を知らなかった残留日本兵は大勢いたと思うが、敗戦を知ってどういう気持ちだったのだろう? 信じられないと思ったのか、やっぱりと思ったのか。帰還兵を扱っている本も出ているので、是非読んでみたい。

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さて、正ちゃんたちから聞いた敗戦の事実を受け入れられない兵士二人。ところが彼らも、日本に残してきた家族のことが忘れられない。上官はオバQ似の母親、部下は息子の写真を見て懐かしむ。

そこで、上官の母親にQ太郎が扮装して、近づき、夢を見ていると勘違いさせて思い出に浸らせる。望郷の思いを募らせて、帰国させようという作戦である。しかし、あっさりバレて逆上されてしまう。

日本兵は駄目ならと、今度はアメリカ兵の所に行き、戦争が終わっていることを知らせに行く。言葉が通じないが、日米の言葉を覚えていたオウムが通訳となって、意思疎通を図る。

終戦を知って喜ぶアメリカ兵たち。すると、その間に、強硬手段に出た日本兵二人は、敵機の部品を全て奪い、一機を完成させると、出し抜いて飛んで行ってしまう。・・・最初から盗んで脱出すれば良かったのに。

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ところが離陸してすぐに空中分解し、サメが泳ぎ回る海へと墜落してしまう。何とかオバQが助けに行くが、二人を乗せては飛べない。と、そこに一隻の船が現れて助けてくれる。無人島から飛行機が飛びたったのを見かけて、見回りに来てくれたのである。

図らずも救助船に見つけて貰って、そこで終戦が本当であることを念押しされ、日米の兵士たちはこれで帰国の途につくことができる。20年間の無人島での戦争が終戦を迎えた瞬間である。

無人島から4人を見送る正ちゃんとQ太郎。「良かったなあ」、とか思っていると、・・・そう、二人もその船で帰らなくてはならなかったのだ。見送って自分たちが乗船するのを忘れてしまったのである。

ということで、互いのウッカリを責めて、二人で投石戦争を始めるのだった。

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本作は全編、残留兵たちネタにしたギャグ連発のストーリーとなっている。その後の横井さん発見などを思うと、やや不謹慎にも思える部分もある。ただ、本作の時点では、さすがにもう終戦を知らない日本兵がいるとは、思っていなかったのではないだろうか。

噂レベルではそういう話もあったので、ネタとして機能しているが、実際にいるとは思えない。何せ終戦からまもなく20年というタイミングだったからだ。

しかし、実際にはいた。本作からさらに8年後の、1972年までグワム島に潜伏していた横井庄一氏と、1974年までフィリピンで現地で戦っていた小野田寛郎氏である。他にも終戦は知っているが、帰国していなかった残留日本兵が多数発見されている。

特に横井氏の帰国についてはF先生も衝撃があったようで、本作から一転、シリアス基調の帰還兵を題材にした作品を2本描いている。それらは横井さん帰国がきっかけで描かれたものだ。

その2作は読後感が全く違うわけだが、両方とも傑作である。あと2本、PV数を考えずに記事にしたいと思う。


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