見出し画像

中年ヒーローはふらりと家出する。『おれはこの家出て行くぞ』/Fキャラは家出する⑤

藤子キャラクターたちは、家出する。
のび太も、のび太の息子も、
Q太郎もベラボーもエリさまも、
みんな、みんな家出する。
空夫(モジャ公)は宇宙に家出してしまう。
パーマンも、中年スーパーマンも家を飛び出す。
でも、みんな好きで家出しているわけではない。
それぞれ、仕方のない理由があるのである。
今回は発作的にぶらりと家出したおじさんのお話。

これまで子供たち(オバケを含む)の家出を見てきた。当然のことながらF作品はほとんど子供が主人公の漫画なので、子供の心情に沿った中で「家出」が描かれている。

では、子供はともかくとして、大人が「家出」をするとき、どんな理由で、どんな心情でそれは実行されるのだろうか?


F作品において貴重な大人が主人公の「中年スーパーマン佐江内氏」で、家出をテーマとした作品がある。佐江内という名前で分かる通り、非常に冴えない中年係長が主人公で、職場でも家庭でもパッとしない男が、ひょんなことからスーパーマンになるお話である。

第一話の完全解説を書いているので、「中年スーパーマン佐江内氏」って何? という方はこちらを先にお読みください。


「中年スーパーマン佐江内氏」『おれはこの家出て行くぞ』
「週刊漫画アクション」1978年3月16号

「中年スーパーマン佐江内氏」は全14話が描かれたが、本作は唯一モノローグ形式で語られる。非常に詩的なお話という印象を受ける。大人の家出という一風変わったお話を展開するにあたり、心象風景を視える化できる方法としてモノローグを採用したものと思われる。


佐江内は普段から家出(蒸発)について夢想しているという。

「憧れと言ってもいいでしょう。あらゆる束縛から脱して、二十四時間が丸ごと自分のものになるんですからな」

いきなり家出願望を吐露しているが、家出は手段にすぎず、その目的は自分の時間を取り戻すということになるだろう。自分の時間を目いっぱい生きている子供と違って、仕事と家庭に時間を奪われるサラリーマンにとって、時々そういった「枷」が無くなることを夢見る気持ちは理解できる。

最近よく耳にする「自分らしさ」という言葉も、これに通じるような気がする。自分らしさを求めることとは、仕事や家族との時間を束縛と考えずに、自主的に獲得した時間であると捉え直す行為であると思う。

画像1


その日、子供たちはそれぞれ遊びに行ってしまい、奥さんは自分が休暇を取っていことを忘れて昼食の準備もしてくれない。そこで突発的に家出を思いたつ。もう二度と帰らない気で、へそくりを持って家を出る佐江内氏。

佐江内は久しぶりにゾクゾク・ワクワクを感じるが、自分が消えても2、3日は気がついてもらえないのではと考える。普通にいけば捜索願いが出され、報道されるかも知れない。

佐江内はスーパーマンが家出したという紙面を思い浮かべて、あまりいい気がしない。ちなみにこの妄想による新聞記事によって、佐江内の年齢が45歳であること、家出の理由は家族への面当てだということがわかる。


佐江内はとりあえず軽く昼食を済ませた後、10年ぶりに映画館で映画を見る。この時、入場料金が1300円になっていることに軽い衝撃を受ける。

画像2

映画館の入場料金を調べてみると、本作が描かれた78年は確かに1300円で、その10年前の68年はなんと300円であった。たった10年で4倍以上に値上げされていたのである。

ちなみに92年からは1800円となり、これが2019年まで続いていた。値上げは庶民にとって懐が痛むものだが、値上げできたということはそれだけ所得が増えていった時代だったことも意味する。70年代の経済の活況、90年代以降の経済の低迷が、映画料金から透けて見えてくるのである。


佐江内は所持金を気にしながらも、家出と言えば遠くへ行くべきだと思い立つ。そこでスーパーマンに変身し空を飛んでみるが何か味気ない。電車に揺られて少しずつ家から遠ざかっていく感傷に浸ろうということで、特急の上に座って移動することにする。

そうしてようやく家出気分に浸る佐江内。心の内はこうだ。

家を捨て妻子を捨てて、今あてどなく旅立とうとしているわたし…。悲愴な孤独感が胸を締め付けました

よくわかる気もするし、本当に悲愴なのかと疑う気持ちも芽生える。佐江内は感慨に耽って眠ってしまい、特急から落ちてしまう。するとそこは海の見える風景であった。

画像3

佐江内はスーパーマンの姿で浜辺に降り立ち、波を蹴飛ばしながら童謡の「浜辺の歌」を高らかに歌い出す。すると後ろから女性の笑い声がする。佐江内の冴えない歌に笑っているのだ。そしてその女性は海に入って遠瀬へと歩いていく。

それ以上先に行くと危ない。そう思った瞬間、女性が海の中に消えてしまう。佐江内は泳げないが、スーパーマンであることを思い出して、女性を助ける。

身元を確認しようと透視をすると、裸が透けて見えてしまう。超能力の悪用は駄目だと目を背け「ひとまず服を乾かさないと」ということで、近くの旅館まで女性を連れて行く。


旅館とまれ屋の一室。風呂から佐江内があがると、女性が目を覚ましていて、佐江内に対して「あんたは誰だ」と聞いてくる。さっき浜辺で顔を合わせているが、スーパーマンのスーツは着ている時の記憶が失われるように設計されているので、佐江内の記憶が無いのだ。

佐江内は「溺れているところを自分が救ったのだ」と告げる。すると女性は「自分は自殺をしようとしていたので、邪魔をしないでくれ」と文句を言ってくる。

自殺なのかと驚いた佐江内は、今まで何があったのかなどを聞き出し、自殺を踏み止まるよう説得を始める。佐江内は中学の弁論大会以来の熱弁をふるい、そのまま夜遅くまで延々と説得を続ける。どこか小説の中のような非日常感を覚えつつ、自分自身の言葉に感動して涙を流すほどであった。

画像4


さすがの長時間の説得に女性も根負けし「三カ月前に家出したものの生きずらいので自殺をしようと思った」と語り出す。続けて家出の理由を聞くと、

「うるさいのよね両親が。ゴシャゴシャ言われるのが面倒くさくて」

と面倒だからという軽~い理由なのであった。


それを聞いて「家出という重大なことなのに大した理由もない」と佐江内は憤るが、それはそのまま自分へと返ってくる。「まあ、それにしても死ぬことがない」と言いながら女性の様子を伺うと、いつの間にか姿が見えない。

また死ぬ気だと判断し海岸に向かうと、案の定女性が崖の上から飛び込もうとしている。身投げした瞬間、佐江内は女性をキャッチして助けることに成功する。二度も自殺を止められて、女性はようやく自殺を諦める。

佐江内の説得が効いたのではなく「自殺で苦労するのが面倒くさくなったから」だという。この女性は、何かと干渉されるのが面倒だと考えるタイプなのであった。

画像5


空を飛んで女性を家まで送ってあげる佐江内氏。送り届けるとそこは自分の家の近所であった。そして佐江内は考える。

「その時私は、ささやかな冒険が終わったことを悟り、家路についたのです」

大した理由もなく家出した佐江内は、決定的な理由もなく一日で帰宅することになったのだった。

画像6


でも大人が大胆な行動を取るきっかけはそんなものかも知れないと思う。何となく普段思っていること、考えていることが積もっていき、ある日突然コップから水が零れだすように、思いが溢れて行動を開始するのである。

逆を言えば、衝動的と思われる行動の背景には、長年の蓄積された思いがあるということだ。何かの些細なきっかけで、積年の思いが行動へと移されるのだ。大人の家出も、そういうことなのかもしれない。

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?