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アラビアンナイト時代劇版『光公子』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑩

藤子F先生の知られざる初期の作品を全部紹介していくシリーズもついに第10弾に到達。今回は1956年の藤子F先生の代表作を見ていく。

安孫子氏とのコンビ「藤子不二雄」で本格的な作家活動を始めたのが54年。その翌年には仕事を受けすぎてパンクするという事件を起こし、この56年は再出発をするべく、F先生としては非常に力の入った1年という位置づけになる。


『光公子(ひかるこうし)』
読切版「少女」1956年5月号別冊付録
連載版「少女」1956年6月~10月号

今回紹介していくのは、『光公子』という、不思議なろうそくを灯すと出現する心優しき火の精のお話。見た目は美少年のお侍さん(?)のという感じ。

本作は光文社の「少女」という雑誌の別冊付録で、16ページの読切作品として発表され、その翌月から同名タイトルで5ヶ月に渡って連載された。どういう経緯でこのような異色の発表スタイルになったのかは、資料がないのではっきりしない。


発表のスケジュール感から、以下のようなやりとりが想像できる。

まず、読切作品の方は続編の可能性を残した作りではなく、完結した一本単体の作品として読める。最初から連載が視野に入っていたならば、また別の展開になっていたのではないかと思われる。また、読切を発表して読者の反響が見てから連載を書き始めていては、とてもスケジュール的に間に合わない

そう考えると、完成された読切が編集部に持ち込まれた段階で社内で話題となって、すぐに連載が決まったのではないだろうか。アラジンのランプの物語を時代劇に置き換えたアイディアは抜群で、これは数回の連載に耐えうるということになったのだろう。


そんなわけで、まずは評判となっただろう読切版の方から見ていく。

物語は覆面姿の男が追いかけられている活劇シーンから始まる。アバンタイトルからアクションで始まる映画のようなオープニングである。男は化け物屋敷として知られた家に逃げ込むと、忍術使いが現われ捕まってしまう。そして覆面を脱がされると、何とであった。

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少女の名はかおる。城に閉じ込められている父親を救いにきて、返り討ちにあってしまったのだ。事情を聞いた忍術使いは、一本のろうそくをかおるに渡す。これが必ず役に立つと言いながら。

このろうそくに火を灯すと、烏帽子姿の青年が姿を現す。「光」(=ひかる)という名の火の精だという。その身なりから、平安時代あたりから伝わってきた妖精ではないかと想像できる。

火の精ということで、水が苦手。お堀の水や雨に弱い。その分、火を出すこともできるし、空を飛ぶことも、剣術も得意というキャラクターである。

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かおるは火の精の援助を受け、再び城に潜入するが、途中雨に降られて火の精は消えてしまい、牢屋に閉じ込められてしまう。再度ろうそくを点けるも、湿っていたせいで光の出るタイミングが遅れて、ろうそくは壊されてしまう。こうなると、次に消えるともう2度と姿を現すことができない

城中でかおるの父親は江戸行きの船に幽閉されていることを知り、火の精とともに助けに向かう。一度はまた捕まってしまうが、かおるは父親と再会することができる。火の精は、火を吐いて船を炎上させ、他の乗組員たちを船から追い出す。

ところが火の手が強すぎて、かおるとその父親にも危険が迫る。そこで火の精は天を仰いで祈りを捧げて大雨を降らす。船は沈下してかおるたちは助かるが、火の精は雨の中で姿を消してしまうのだった。

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火の精がわが身を捧げてかおるたちを守ったわけだが、「ドラえもん」の『精霊よびだしうでわ』の雪の精のエピソードを思い起こさせる。藤子F先生得意パターンの、自己犠牲キャラクターものの原点と呼べる作品ではないかと思われる。


水が苦手だが、その他は何でもできる万能キャラクターの火の精。まだまだ話が広げられると、編集部も藤子先生も手応えを感じたのだろう。この作品を描き上げて、すぐに連載版へと取り掛かる。

全5回の連載で、総ページ数は7+7+6+6+6=32ページ

時代設定は読切版では江戸時代だったが、連載版ではまだ乱世の戦国時代である。新しい主人公は、弓月城のるり姫とその家臣の勝四郎。るり姫の兄で城主の弓月星之進や、裏切り者の犬丸や弓月城を攻め入る赤桐禅正など、登場人物は大幅に増えている。

弓月城の家宝となっているろうそくに火を灯すと、火の精の光(ひかる)が現れる。力も強く空も飛べるが水に弱かったり、正義感に溢れる性格などは、読切版とほぼ同一のキャラ設定となっている。

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全32ページとは言え、かなり濃密なストーリーが展開される。ここでは1話ごとのストーリーを簡単にダイジェストしておく。

<第1回>
赤桐勢数十万騎に攻められている弓月城。西の木戸が破られ、いよいよ落城の危機が迫る。るり姫は宝物庫に身を隠していた。城主・星之進は、家臣犬丸の裏切りによって弓を射られ、動けなくなり、信頼できる家臣の勝四郎にるり姫を守るよう命じる。

勝四郎が宝物庫に向かうと、るり姫は既に犬丸に連れ去られていた。後を追うのだが、逆に返り討ちにあって谷底に落とされてしまう。るり姫も勝四郎の後を追うように、崖から飛び降りて、犬丸の手から逃れる。

谷底に落ちた二人は、木の枝をクッション代わりにして怪我もしなかったが、そこから容易に登ることができない。そこで、るり姫が宝物庫で見つけたろうそくに火を灯すと、光(ひかる)が現われ、魔法を使ってるり姫たちを地上に戻す。

いきなりピンチから始まるお話で、初期の大作『バラとゆびわ』とストーリー進行はよく似ている印象を受ける。

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<第2回>
弓月城は落城した。谷を登ったるり姫・勝四郎・光に、赤桐の兵が迫るが、光の忍術でその場を切りぬける。光は「また用があるときはろうそくを点けてくれ」といって姿を消す。

赤桐は、裏切り者の犬丸を使って、るり姫をおびき出そうとするが、坊主に変装していた城主・星之進が計略を見破り、難を逃れる。星之進は、お家再興を目指して、散り散りとなった家来を集める旅に出る。

るり姫と勝四郎は、天狗岳の奥深くに隠居している楠天泉の元に向かい匿ってもらうことにする。ろうそくは、るり姫が一人旅立つ星之進の荷物にこっそりと忍ばせておく。しかしそのろうそくは、犬丸の手に渡ってしまう。

ちなみにるり姫は向かう先の楠という人物は、結局最後まで登場しない。単純に危ない天狗岳に行っただけとなり、この辺は読み返すと、少々不自然な印象を受ける。

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<第3回>
天狗岳へと向かうるり姫と勝四郎は、身軽に山の中を動き回る謎の女の子と出会い、吹くと鳥たちが集まってくる不思議な笛を貰う。

弓月城では赤桐禅正が、犬丸が入手してきたろうそくに火を灯す。光が現われ、さっそく「星之進やるり姫を殺してくれ」と命じると、光は「悪者の味方はしない」と言って、城から飛び立ってしまう。その様子を見た赤桐らは、西国に住む妖術使いのミミズク法師を呼んで対抗させようと考える。

一方の天狗岳では、勝四郎が目を離したすきに、るり姫が何者かに攫われてしまう。

謎の女の子や、ミミズク法師の名前も登場し、何やら不穏な空気を出す回となっている。なお、光公子はろうそくを点けた人の命令を聞くのではなく、善悪の判断を独自にしている設定だと明らかになる。

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<第4回>
天狗岳では謎の軍勢がるり姫を捕まえていた。首領に引っ立てられた後、トラに食べさせられそうになるが、転んだ拍子に女の子から貰った笛を落とし、命を助けられる。笛をくれたひな子という女の子は、この首領の娘なのであった。

ひな子の友達として、外出しないことを条件に命を保証されるるり姫。ひな子とるり姫は友だちとなる。その晩、るり姫は夢の中で、兄の星之進から「黒い雲とミミズクに気をつけろ」と警告される。

起きると、部屋の扉が開いており、外には金色に輝く鹿が座っている。姫はその鹿に乗って、山を駆けて行く。

天狗岳を根城にした謎の軍勢が登場。いかにも助けに来ましたという感じの金色の鹿だが、この後意外な展開に進む・・。

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<第5回・最終回>
かなり世界観を広げてきたので、今回で最終回というのは結構強引なイメージを受ける。何かの誤算で連載が短くなってしまった可能性がある。

鹿にまたがり、山奥へと運ばれていくるり姫。やがて黒々とした沼に辿り着き、鹿はミミズク法師に姿を変える。いかにも味方のような神々しい見た目の鹿は、意外にも敵であった・・。

法師は赤桐にるり姫を殺すよう頼まれていて、黒い沼に沈めようとする。そこに雲に乗って光公子が飛んでくる。光の力が一枚上手で、ミミズク法師は劣勢に立たされるが、沼の水を竜巻にして、光に反撃する。水に濡れると消えてしまう光の弱点を利用した作戦である。

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倒れているるり姫を、追ってきたひな子が見つけて、二人でその場から逃げ出す。ところが光が水を浴びて弱っている隙に、稲妻をるり姫に落としてしまう。水に濡れて消えゆく光だったが、最後の一撃をミミズク法師に与えて相打ちとなる。

ミミズク法師の燃える火を目指して、ひな子の父や勝四郎も集まってくる。稲妻に打たれたるり姫が倒れているが、実はるり姫の着物を借りたひな子であった。彼女はるり姫の身代わりとなっていたのだ。

ひな子が死に、光公子も消えた。るり姫とひな子の父の軍勢は、赤桐を倒すべく天狗山を下っていく。

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ここでお話は終了。まだ第一部完といった中途半端な終わり方である。この後、兄の星之進と合流して、赤桐軍を倒して城を取り戻すまでが構想されていたはずだが、何かの理由でここまでとなってしまった。

光公子は消えてしまったのだが、これは最終回とするためにここで消されてしまった可能性もある。


話全体を見てみると、「少女」という雑誌としては少々男の子寄りの活劇部分にフォーカスされた展開だったように思う。ろうそくを点けると、素敵な男性が出てきて助けてくれる、という大枠は少女漫画らしいのだが、その割に火の精の活躍シーンが少なめの印象を受ける。

また、火の精が水に弱いという設定は納得できるものの、実際にお話として見ていくと、その弱点が大きすぎる気もする。すぐに消えてしまうので、るり姫は幾度か危機に陥っている。そのバランスがどうだったか。


ということで、少々粗削りの物語であったが、藤子先生が子供の頃から好きだったアラビアンナイトの世界を時代劇に置き換えた抜群のアイディアが「光る」作品ではなかったかと思う。


初期作品、たくさん考察・紹介していますので、是非お立ち寄り下さい。


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