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幽霊からのSOS『地底からの声』/しかしユーレイはいない⑤

幽霊を題材にしたF作品を追うシリーズ記事も5本目。「ドラえもん」→「オバケのQ太郎」→「ウメ星デンカ」→「パーマン」ときて、今回は「エスパー魔美」を題材とする。

これまで見てきたような、インチキな幽霊、というテーマからは少し離れた、「エスパー魔美」ならではの怪談噺『地底からの声』を取り上げて、このシリーズの大団円としたい。


藤子F先生の怪談好きは、トキワ荘仲間の間でも有名で、訥々(とつとつ)とした語り口が怖くて評判だったというエピソードが残されている。語りの怪談といえば、落語の「怪談噺」が思い浮かぶが、F先生はラジオやテープなどで落語を良く聞いていたとも言われている。

落語と藤子作品と言えば、例えば「21エモン」では、ジュゲム星人など、落語に出てくる登場人物からネーミングが採られたキャラクターなどが登場する。「ドラえもん」にも皆で集まって怪談噺をする『怪談ランプ』という話もある。

今回見ていくエピソードの中にも、『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』を高畑くんに語らせるシーンも出てくる。

自分はあまり落語に詳しくないのだが、落語の語り口やテンポが、藤子作品に大きな影響を与えていると言っている人もいる。この辺りは自分としては今後の研究課題である。

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「エスパー魔美」『地底からの声』
「マンガくん」1977年15号/大全集2巻

これまで幽霊のエピソードを4本見てきたが、それらに共通していたのは、人里離れた山奥など日常から少し離れた空間での出来事という点である。一応まとめておくと、

『しかしユーレイは出た』 → 山奥のお寺
『ゆうれい村』 → 山奥
『出た出たオバケが』 → 山奥の平川村
『別荘のユーレイ』 → 重軽井沢の別荘

この他にも同系列の話では、『ゆうれい城へ引っこし』は田舎のドイツの古城、『山奥村の怪事件』は、やはり山奥の村だった。


幽霊のような怪異をテーマとした時、人里から離れたある種の閉鎖された舞台を用意することで、登場人物たちに何かあると思わせる作りにしている。また、登場人物たちが非日常の世界を訪れるという展開は、夏休みの林間学校に行くみたいな気持ちが昂(たかぶ)る要素もある。

本作もまた、日常から離れた海岸に面した別荘が舞台となる。最近開かれた別荘地であるという点が、今回のキーとなるので、注目しておいてもらいたい。


魔美と高畑がタクシーで向かうのは、竹長君の別荘地。竹長のガールフレンド幸子も同乗している。この4人のダブルデートみたいな感じとなっているが、本作の3話前『魔女・魔美』での事件で信頼関係を深めた仲である。こちらを踏まえておくと、本作がより楽しめるかも知れない。


3人が乗っているタクシーの運転手は、若い女の子を乗せると怪談噺を語る、怖がりな魔美にとっては悪質そのものの男。運転手の話は、どこかで聞いたような幽霊譚である。今後に影響するので、ポイントを下記に書き出しておこう。

・夜の十時頃若い女性がタクシーに乗ってきた
・雨のせいか、ずぶ濡れだった
・走り出しても行き先を言わない
・行き先を尋ねるために振り返ると影も形も見えない
・シートだけがグッショリと濡れていた
・消えた場所は、これから向かう別荘のあたりだった

幸子と高畑はつまらなそうに話を聞いているのだが、魔美は身を乗り出すように真剣に話を聞いて、最後はタクシーの運転手にしがみつく勢いで悲鳴を上げる。

竹長家の別荘に着いても、魔美は「怖いから帰る」と大騒ぎ。何とか機嫌を収めて、別荘裏手の海岸で海水浴をすることに。なお、竹長の母親は急用で東京に戻ってしまい、今晩は子供たち四人だけとのこと。閉鎖空間に一晩子供たちだけ、という舞台装置はこれで整った。

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浜辺では、カナヅチの魔美と高畑のコントが繰り広げられるのだが、ここはただのギャグシーンではない。重要な点(見所)をまとめておくと・・・

・高畑の頭でっかちな泳ぎ理論が役立たず
魔美も泳げない
・静かな岩陰で人目を気にせず泳ぎの練習をするが、魔美が超能力で高畑を泳がせてあげる
・その際、コントロールを誤って、高畑を空中を浮かべてしまう
・この岩陰は自殺の名所と言われ、崖から身投げした人の魂が浮かぶという噂がある

ここで最も大事なのは、高畑の泳ぎをテレキネシスで手伝おうとして、誤って空中に体を浮かべて岩にぶつけてしまうシーンである。本作は連載開始から15話目であるが、実はテレキネシスで体を空中に浮遊させる初めての瞬間なのである。

本作の中でもこれが伏線となっているし、本作以降では普通にテレキネシスで空を飛ぶシーンが描かれる。空を飛ぶ能力を得たことが、本作最大の収穫だと考えている。

もちろん、自殺者の魂という幽霊譚に色を添えるエピソードを加える意味もある。魔美が泳げないと明らかになるのも、伏線の一つとなっている。何気ない海水浴のシークエンスは、実は非常に大事な部分なのだ。

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続けて4人での夕食など楽しいひと時が描かれ、夜も更けたあたりで魔美は昼間のタクシーの幽霊話を思い出す。博覧強記の高畑は「典型的な乗り逃げ幽霊パターン」だと語り出すが、魔美はそういうことではないと制止する。

高畑が語ろうとした「真景累ヶ淵」について今回調べてみようと思ったが、三遊亭圓朝が創作した落語は全97章に及ぶとのことで、途中で解明するのを止めてしまった・・。どこかで再チャレンジします。。

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ビビる魔美を高畑・竹長・幸子の連係プレイで余計に怖がらせて、魔美は怒って一人先に寝室に入ってしまう。三人は少しだけ反省する。

深夜、魔美は目を覚ます。おしっこに行きたくなったのである。幸子を起こしてトイレに付き合ってもらおうとするが、当然相手にされない。そこで、魔美の十八番、部分テレポーテーションでおしっこを幸子の膀胱へと移す。この技はその後、『生きがい』で高畑にも使う。

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さあ、これで安らかな睡眠タイムと行きたいところだが・・、ここからが本格的な幽霊譚の始まり。ベッドで寝ていた魔美に、うめき声が聞こえてくるのだ。地の底から、とぎれとぎれに、苦しそうに、恨めしそうに・・。

怖さで逆上する魔美。皆も起きだして、「幻覚が暗示を生むんだ」と、とりなして寝室に押し込めるがもう収まらない。怖さのあまり「帰る」と言い出して、別荘から出て行ってしまう。

テレポートで5キロ先の駅まで向かうが、途中目測を誤って海に落ちてしまう。泳げない魔美は慌てるが、自分自身をテレキネシスで浮かべればいいと気がつく。そして通りがかったタクシーにずぶ濡れのまま、テレポートで飛び込む。

ここでわかるのは、魔美を濡れたままタクシーに入れるために、海水浴で魔美が泳げないことや、高畑をテレキネシスで空中に浮かべたりという描写を挟み込んでいたのである。そしてこのテレポートしたタクシーは、冒頭で魔美たちを怪談で怖がらせた運転手の車であった。

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突然ずぶ濡れの女の子が乗り込んできて恐怖する運転手。魔美は、タクシーに乗ったはいいものの、お金を持ってこなかったことに気づき、再びテレポートで車から出てしまう。

運転手からすれば、突然姿が消えてしまったので、「ギャア~ア~」とタクシーの車ごと飛び上がって慄く。乗り逃げ幽霊譚の一丁あがりである。

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タクシーから降りた魔美。すると、舗装道路の下からうめき声が聞こえてくる。魔美にはその声は、苦しんでうめいて、地上に出たいという風に感じられる。

恐ろしくなって、取り乱して、走ってその場から逃げ出す魔美。すると、魔美を追ってきた高畑とぶつかる。高畑は「魔美がうめき声を感じるのなら、きっと何かがあるのだ」と思い、「思い切ってうめき声の主を地上に出してやろう」と提案する。


魔美は恐る恐るテレポートをすると、ピョンと飛び出したのは、何とセミの幼虫であった。セミの幼虫は、地面の中で7~8年暮らすのだが、地底に潜った時には、まだ道路が舗装されていなかったのだ。この辺りは最近開かれた別荘地であるというエピソードは、このための伏線なのであった。

さて、幽霊の正体はセミという可愛らしい展開となって、最後の大オチ。魔美が図らずも幽霊だと勘違いさせたタクシーの運転手は、その後40度の熱を出してしまい、その噂が、翌朝竹長の母親から魔美へと伝わってしまう。

幽霊の正体は自分であることも露知らず、「帰りたい」と大騒ぎする魔美であった。

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さて、幽霊に関する藤子作品を5作も検証してきたが、全てニセモノの幽霊であった。「UMAは実際にいる!」と主張されるF作品が多い中、こと幽霊のエピソードについては、実際いるかどうかは関心の外であるようだ。

怪談や妖怪の話などは、嘘や勘違いから始まり、それが流布されていくうちに、あたかも真実となってしまうことが多いと言われる。F先生としては、幽霊譚・怪談噺がどのように作られて、広がっていくのか、という点に興味があったのではないだろうか。


さて最後に、個人的な怪談エピソードを披露してみたい。

中学2年生の夏休み、大型フェリーに乗って和歌山県の串本という海辺の町に行くサマースクールに参加したことがある。ここでは高校生の先輩方がリーダーとなって、場を仕切ってくれたり、色々な出し物などを実行してくれたのだが、その一つに、戦争の悲惨さを訴える音楽劇というものがあった。

夜も深い時間の体育館で、明かりを消して、半ば肝試し的な出し物であった。劇もクライマックスを迎えたあたりで、演者たちの背後の高い位置にある窓ガラスの一部で、妙な立体感のある電球のようなものがぼんやりと光っていた。くるくると回っているようにも見える。

あまり気持ちがいい感じではなかったので、あまりその方向には目を向けず、はっきりと形状がわからなかったが、やはり劇を見ていた仲間たちも気がついたようだった。

後で聞くと、そのくるくると回転する物体の左半分には、人の顔が映っていたというのである。戦争劇をしていたので、この地で戦没した霊魂が見に来たのではないか、ということで大いに盛り上がった。

後にも先にも、幽霊っぽいものを見たのはそれっきり。今振り返ると、夏休みの非日常的な山奥という、幽霊噺が生まれる条件が揃っていたな、と思うのである。


エスパー魔美の考察、たくさんやっています!


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