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泣ける短編2作『ライオンとこじか』『おやまのきょうだい』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑨

藤子先生の初期作品を一つ一つ検証していくこの企画も、本稿で9回目。

もう何度も書いているが、藤子不二雄両先生は、1954年に20歳で上京しトキワ荘に入居。順調に作品を発表していくが、仕事を引き受けすぎてパンクし、大量の原稿を落としてしまう。

1955年はこの後始末に時間を取られた年であった。この中で、イラストなどの仕事で食いつなぎつつ、F先生がカムバックを果たす媒体の一つが、「講談社の漫画絵本」であった。

「講談社の漫画絵本」は、「きんたろう」「ももたろう」などの名作童話を漫画化する大型シリーズだが、表題作品とは別で、オリジナルの漫画を掲載していた。ここにF先生は1~2ページのおまけ作品を3本発表している。(下記の記事で取り上げています)

そうした流れの中で、1956年の1月発行の「いっすんぼうし」の巻で、8ページの短編を発表することになる。それが『おやまのきょうだい』である。

これまでの数ページから大幅ページ増の依頼である。おそらくは、前回までの漫画絵本での評判が高かったからではないかと想像される。


『おやまのきょうだい』
「講談社の漫画絵本35「いっすんぼうし」」1956年1月30日発行

F作品は初期の頃から、優しいタッチが重宝されて、幼年向け・少女向けの作品をかなりの数書いている。本作は、真正面から幼年に向けて描いた可愛い作品で、万人の読ませても大丈夫という仕上がりになっている。


主人公は、お山に住む猿の兄弟。しっかり者のお兄さんと、うっかり者の弟、という設定で、キャラクターの絵柄からそれが表現されている。

どんぐりばっかりのご飯に飽きていた弟の猿が、落ちているイモを拾おうとして、人間の仕掛けた罠に捕まってしまう。弟を見失ったお兄さん猿は、山の動物たちに居場所を聞いて回るが、やがて人間に連れて行かれたことを鳥に教えてもらう。

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さて、人里の一軒家。父親と男の子の二人暮らしのようである。弟の猿を捕まえたのは、この家族であった。男の子は猿に芋を食べさせようとするが、震えて食べようとしない。さっきまであんなにイモを欲しがっていたのに。

その夜。弟の匂いを伝って、お兄さん猿が、山を下ってこの家へとやってくる。眠っている番犬を起こさないように侵入して、弟の猿を発見。おりを開けて、連れて帰ろうとするが、鎖で繋がれていて逃げ出すことができない。

当然、かじっても鎖は切れない。そこに、寝ていた人間が起きだして、様子を伺う。父親の方は猟銃を持ち出して、何やら不穏な雰囲気である。なおもお兄さん猿は鎖を食いちぎろうとするが、歯が折れるばかり。番犬も起きて吠え出す。絶体絶命のピンチ!

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鎖を切るのを諦めるお兄さん猿。弟の猿は、「自分が悪かったから仕方がない」と泣き出す。「山に帰ったらみんなによろしくね」と、読者も泣かせるセリフを吐く。

そして、猟銃を持った人間が現れる。「兄さん逃げて」と、兄を庇う弟。そこに容赦なく銃を打ち込む人間の父親。「撃ったら可哀そう」と、子供が止めようとするが、間に合わない。

ところが、男が撃ったのは、猿を捕らえていた鎖であった。

「このお猿、逃がしてやろうね」

何やら物騒な感じの男であったが、実は優しい性格なのであった。

翌朝、二匹の猿を山へと逃がし、手を振る父親と男の子。文字通り晴れやかで、感動的なラストなのであった。

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さて続けて、同じく「講談社の漫画絵本」収録の作品で、『ライオンとこじか』を見ていく。『おやまのきょうだい』の翌月に発表されている。こちらも8ページの短編となっている。

『ライオンとこじか』
「講談社の漫画絵本38「ぼうけんきょうだい」」1956年2月29日発行

こちらも大変な感動作で、安孫子先生の「まんが道」にも出てくるので、子供の頃からずっと読みたかった作品の一つ。

ジャングルの王さまとしてえばり散らすライオンは、黒ヒョウが狙っていた小鹿を取り上げる。代わりに食べてやろうという魂胆だが、物怖じしない小鹿は、「おじさんどうもありがとう」と、すっかり助けて貰った気になっている。

ライオンは「腹が減っているんだ」と脅すが、「僕もさ、一緒にご飯を探そう」と天然で返され、何だかいつもと調子が狂う。その後、背後から小鹿を食べようとするのだが、振り返った小鹿が睨めっこと勘違いして、ライオンを笑わせる。

これで打ち解けた二人。迷子になったという小鹿に対して、いつも一人のライオンも、「友達になろう」と声を掛けて、その晩は二人仲良く眠ることに・・・。

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さて翌朝、二匹の珍道中が始まる。ライオンは通れなくなった崖に木を倒して道を作り、力自慢を見せつける。「強いんだなあ」と小鹿に褒められて調子に乗り、いつものように他の動物たちをかじったりして、さらに強い所を見せようとする。

小鹿は、そんな狼藉を働くライオンに、「乱暴な人は嫌いだ」と言って、別れを告げる。一人トボトボと歩く小鹿を、昨日の黒ヒョウが狙いすまし、今度こそ食べてやると襲い掛かってくる。

と、そこに駆け寄ってくるライオン。黒ヒョウは逃げていく。

「もう行かないでおくれ、乱暴しないから」

とライオンは反省し、二人は抱き合って再会を喜ぶ。・・・ここ、かなり泣けます。

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ライオンと小鹿の友情の日々が始まる。その模様は、たった二コマの絵物語で表現される。ここもかなりの泣き所。

そんなある晩、ライオンは夜中に話し声が聞こえて目を覚ます。様子を伺うと、小鹿が穴の外で別の小鹿と話をしている。別れた兄弟であるらしい。「お母さんも待っているから、一緒に帰ろう」と声を掛けられている。

ここでの小鹿の返答が、またまた泣ける。

「うん、僕も帰りたいけど…。僕ね、ライオンのおじさんと一緒に暮らす約束をしたんだ」

ライオンがいると聞いて、食べられちゃうとビビる兄弟鹿。小鹿は、強く反論する。

「とってもいいおじさんだよ。僕が行っちゃうと寂しいんだって…」

小鹿は、兄弟の小鹿に、おじさんを紹介しようと、穴へと連れて行く。しかし、その会話を聞いていたライオンは、ひっそりとその場から離れていた。なので、穴の中はもぬけの殻。

おじさんがいない。大声であたりでライオンを呼ぶが、姿は見えない。おじさんが消えて、泣き出す小鹿。兄弟はそれを見て、「おかあさんも待っているから、家へ帰ろう」と声を掛ける。

二匹の小鹿はトボトボと歩いていく。その様子を高台から見ているライオン。

「ぼうや、さようなら。わしは寂しがらないよ…、ジャングルの王さまだもの」

もう、力任せに王様を気取っていた姿は、そこにはない。本当の強さを身に着けた百獣の王が、凛々しく立っているのだった。

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今回見てきた2作品は、童話目当てに本を購入した人向けの、オマケのようば作品である。それはつまり、本作を目当てに買うことを想定されていないことを意味する。

そんな発注の仕事ではあったが、この二作にはF先生の仕事できる喜び復帰のための全力姿勢がピシッと伝わってくる傑作である。特に、『ライオンとこじか』は誰が読んでも楽しめ、そしてウルっとくる作品に仕上がっている。

1956年は、与えられた機会の中で、こうした傑作・意欲作を次々と発表していく一年となる。そうした作品を、引き続き紹介していきたい。


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