「のび太の宇宙開拓史」のプレリュード『ベソとこたつと宇宙船』/藤子Fの未知との遭遇③

ドラえもん映画の記念すべき第一弾「のび太の恐竜」(1980年公開)は、1975年に「週刊少年サンデー」の別冊に掲載された中編を膨らませたものだった。(後半はほとんどオリジナルだが)

映画「のび太の恐竜」は大ヒットとなり、すぐに続編の制作が進められる。(もともと複数作品作る予定だったのではないかと想像しているが)

劇場版の第二弾として「のび太の宇宙開拓史」が企画され、「コロコロコミック」1980年9月号(発売は8月)より原作漫画の連載がスタートした。

本作は映画の原作として初めて描かれたオリジナル作品だが、アイディアの元となる作品はいくつか存在する。

いずれ大長編「宇宙開拓史」については徹底解説を試みる予定だが、本稿では徹底解説の前哨戦として、「のび太の宇宙開拓史」の設定の元となったSF短編を取り上げる。

タイトルは『ベソとこたつと宇宙船』。「宇宙開拓史」に受け継がれた設定や展開などを指摘しながら、本作の内容を見ていきたい。


『ベソとこたつと宇宙船』
「こどもの光」1979年1月号別冊付録/大全集3巻

本作は「キテレツ大百科」や「ドビンソン漂流記」を連載していたことで知られる「こどもの光」の別冊付録にて発表された作品。

周囲の友人や家族からダメ男扱いされている少年が、とあることから宇宙を舞台にしたヒーローになるお話で、非常に藤子F的なアイディアが炸裂した作品と言える。

まだまだ深堀りできそうな壮大なスケール感を持つお話であり、ダメ少年である主人公をのび太に置き換えるのも可能。本作を元に大長編を描こうと考えた先生の発想はさすがである。


主人公の少年の名前(本名)は作中で明示されないが、子供の頃からすぐに泣きベソをかいていたことから、ベソというあだ名を付けられている。

ベソは頭も体も弱いと自覚していて、臆病でどんくさいことから、友人たちにもバカにされている。外で何か行動するよりも、家の中でこたつにあたりながら、マンガを読んだり空想を巡らせる方が好きという超インドアな性格である。

本作は、そんなベソが、勇気を振り絞ってヒーローとなり、挑戦する心を見出すという成長譚となっている。


本作の幕開けは、「スター・ウォーズ」のオープニングを彷彿とさせる、宇宙船と巨大母艦との交戦シーンから。

襲撃を受けている小型の宇宙船を操縦するのは、主人公のベソ。船尾を迎撃され、同乗する隊員たちは、諦めて降伏しようとベソに泣きつく。

一人勇気を失わないベソは、皆に持ち場を離れるなと声をかけ、「僕らは何があっても地球へ帰り着く責任があるんだ」と強い意志を示す。

ベソは後尾にかろうじて残っていた銃座に座り、追ってくる戦艦に向かって反撃すると、見事に大破させる。船員たちはベソを英雄視して、皆でベソを何度も何度も胴上げをして感謝の意を示すのであった。


・・・すると、現実の世界でベソが目を覚ます。ベソはこたつの中で眠ってしまっていたようで、母親に起こされたのだ。

夢の中では怖いもの知らずのヒーローだったが、実際には「暇さえあればこたつにかじりついて、漫画読んで居眠りして、情けない」と母親に言われてしまう貧者な少年なのであった。


ここまでの3ページで、本作のタイトルとなっている「ベソ」と「こたつ」と「宇宙船」が全て登場している。

「こたつ」と「宇宙船」というまるで次元の異なる世界が、空想好きの「ベソ」というキャラクターによって自然とリンクしてしまうのが、凄いところ。

なお、この壮大なスペースオペラ風の立ち上がりと、それが夢だったという流れはそのまま「のび太の宇宙開拓史」に引き継がれている。


ベソは水野さん(本作におけるしずちゃん)からの電話を貰い、グループ研究で雪の結晶のスケッチをすることになっていたことを思い出す。水野さんの家に行くと、水野さんと男友だち3人が待っていて、「散々待たせやがって」と怒られる。

この友人たち4人は、先ほどの夢の中に出てきた船員たちのモデルであったことがここでわかる。普段はバカにされているが、夢の中では尊敬される・・・。のび太型の藤子キャラにありがちな展開だ。


早速、雪の結晶を集めて顕微鏡で見るという実験を開始するのだが、寒がりのベソは「雪がやんでからにしないか」とか「ストーブをガンガンたいた部屋の中でやろう」と、まるでやる気が見られない。

その後も雪の結晶に息を吐きかけたり、くしゃみをして飛ばしてしまったりと、ミスを連発。皆に散々迷惑をかけて、実験から追い出されてしまう。

追い出されたベソは「つまらない研究よりもこたつでぼんやり空想に耽ってた方が楽しい」と、あまり懲りていないな口ぶりだったが、実際に家に帰ってこたつに入ると、「僕ってどうしてこうなんだろう」と落ち込んでしまう。

面倒くさがりだけど、本当なそんな性格を何とかしたい。けれど、どんくさいので、やることなすことが全てうまくいかない。好きでダメ人間をしているわけではないのだが、どうしてもダメな行動を取ってしまうのだ。

それは、大なり小なり少年時代にありがちな悩みなような気がするし、そんな少年への作者の眼差しはとても優しく思える。


いつもは暖かいこたつだが、なぜか足元がスースーする。こたつの中にもぐってみると、こたつの真下の床が抜けて、地下空間が広がっている

「うちに地下室なんかあったっけか!?」と不思議に思いつつ暗い地下の空間に降りてみると、さらに地下へと降りるエレベーターのようなものから、まるでSF映画のロケットの中のような場所に辿り着く。

操縦席のボタンを適当に押すと、納戸(?)が開いて宇宙空間が間近に広がって見える。とても現実のものとは思えない光景だが、ベソは「また例の夢か」と言って、あまり驚かない。

最初に突飛な夢を見たことで、現実の突飛な展開も夢かと思って受け入れてしまう。この構成はお見事である。


するとそこへ、一人の少女がダダダッと駆け込んでくる。「もう逃げ場がない!!おしまいだわ!」と焦っている。その後を追って3匹の毛むくじゃらの怪物がドヤドヤと現れ、慄く少女に迫っていく。

その様子を見ていたベソは、思わずキャア~~と悲鳴を上げる。唐突に、しかも想定外の声の大きさだったのか、怪物と少女も驚いて飛び上がる。

そして怪物3体は、ベソへと近づいてくる。「よるな」と叫び、ワーと無我夢中で両腕を振り回していると、いつの間にか3体の怪物がのびている。

少女はベソがやっつけたのだと言うのだが、そんなわけがないとベソは信じず、「これは夢なんだっけ、しつこい夢だ、帰らないと覚めないらしい」と自分に言い聞かせるように、元来たエレベーターからこたつのある部屋へと戻る。

いつの間にかこたつ下の床も塞がっており、ベソは「やっと覚めたらしい」と安堵する。


部屋のこたつが宇宙船に繋がっているという設定は、「宇宙開拓史」のタタミの下が宇宙船という設定に再利用されることになる。

ただ本作では、説明もなくいつの間にかコタツの床下が閉じたり開いたりするし、こたつを使っているベソの両親は地下空間の存在に気が付かないままである。

矛盾を抱えた設定と言えなくもないが、「宇宙開拓史」ではタタミの下が宇宙船と繋がったままとすることで、この矛盾をうまく解消している。


ベソに水野さんが訪ねてくる。先ほどの研究で仲間に大迷惑をかけたベソだったが、水野さんが皆をなだめて、明日までに雪の結晶のスケッチを描いてきたらグループに入れると話を付けてきてくれたのだ。

「僕なんか皆の邪魔になるだけ」といじけるベソに、水野さんは「そんな考え方がいけない、何でもまず、やってみなくちゃ」と諭す。優しくても思いやりのある女の子なのである。

ベソは「ようし、やってみよう」と思うのだが、雪の降りしきる窓の外を見て、「もう少し暖まってからにしよう」とこたつの中に潜り込んでしまう。意志薄弱の性格は、なかなか修正できないものなのだ。


するとこたつの中から、先ほど宇宙船内にいた少女が這い出てくる。「良かった!また会えたわ」と安堵している様子で、先ほどの礼を述べつつ、「改めてお願いがあるので、ロケットまで来てくれないか」とベソを誘う。

ベソは「また夢を見てるらしい」と自らを納得させて、少女の後をついていく。この時ベソは自分のほっぺをつねって、夢であるかどうかを確かめるそぶりを見せるのだが、この部分が発展して、「宇宙開拓史」では「ゆめたしかめ機」という道具が登場することになる。


ロケットの内部は想像していたよりも大きく、全体会議室のような部屋へと通されると、少女の他に3人の乗組員がベソを出迎える。

隊長と思しき男性から、少女の名前がカロロであること、ベソが倒したという怪物は「クリーガン」という種族であることが語られる。

クリーガンは見た目は野蛮な怪物の姿をしているが、実は恐るべき科学力を持っている知的生命体で、平和に暮らしていたカロロたちの星に突然襲い掛かってきたという。

戦闘力の高いクリーガンによって国土の半分以上が陥落してしまったが、クリーガンのエネルギー源である放射線を絶てば戦いに勝てることがわかったという。それには放射線の出元である「暗黒の神殿」を破壊すれば良い。

そこでカロロたちは、クリーガンの星に潜入したのだが、警備艇に見つかってしまい、ロケットに3匹のクリーガンが乗り込んできて戦闘となり、生き残ったのはこの4人だけ。そこへベソが現れて、クリーガンたちとやっつけてくれたと説明を受ける。

突然、宇宙船と時空が繋がり、その先で二国間の戦いに参加することになるという流れも、ほぼそのまま「宇宙開拓史」へと引き継がれている。


さて、そんな命がけの戦いに参戦して欲しいと頼まれたベソ。いつものベソであれば、すぐさま逃げ出すところだが、本日はやけに強気。

「いいですよ引き受けましょう」とあっさり快諾し、「僕は冒険がご飯より大好き、危険は大きいほどありがたい、相手が強いほど僕の血は燃え上がるのです!」と、まるで人が変わったかのような大言壮語を口にする。

「さすが地球の勇者」と感謝の意を示す乗組員たち。そうこうするうちにクリーガンの星に到着し、ホバークラフトのような乗り物に乗り換えて、人気のない険しい荒野を進む。

この荒野の風景は、「宇宙開拓史」でのコーヤコーヤ星のガルタイト鉱山と酷似しており、星のイメージがそのまま流用されていることがわかる。


クリーガンたちは地下都市に居住しているのだが、「暗黒の神殿」だけは地上に出ているという。しかし、神殿は厳重な警戒網が張り巡られているので、ここを突破できるかが肝となるという。

「まかしておいてよ、僕がついてるから」と引き続き自信満々のベソだが、その強気な姿勢の理由がここで明らかとなる。

余裕そうなベソが、一言呟く。

「なあに、夢の中では誰だってどんなに勇ましくもなれるさ」

ベソはこの俄かに信じがたい展開を、全て夢の中の出来事だと思い込んでいたのである。

ベソの夢発言を聞いて、カロロは「これは夢なんかじゃないわよ」と告げる。「ロケットとこたつが繋がるなんて夢でしかありえない」とベソが反論すると、「ワープのミスでワープホールができてしまったからだ」と答える。


ここで、「宇宙開拓史」にそのまま持ち込まれることになる、ワープについての説明がなされる。

・ワープは宇宙旅行に欠かせない
ワープ航法とは、超空間を通って何万光年もの星間を近道すること
・空間は不安定なので、超空間が綻びてとんでもないところに繋がることもある。これがワープホール
・今回はロケットの上部ハッチが、ベソ宅のこたつに繋がってしまった

夢ではないと理解したベソ。当然怖気づいて、「やーめた」と言ってあっさり乗り物から下車してしまう。

現実問題として本物の怪物と戦えるわけがない。ビビるベソにも一定の理解は示せるが、それにしても勇気が足りなく、読者も非常にもどかしく思えてくる。


ベソは部屋に戻って晩御飯を食べるが、クリーガンに挑むカロロたちのことが気になって仕方がない。「あんなに頼まれたのに、僕って本当にダメな奴だなあ」と、内心は忸怩たる思いなのである。

そしてついに「行ってみよう」と言って、こたつへと潜り込む。彼らの無事を祈りつつ暗黒の神殿へと走っていくが、乗り物が大破しており、一人の乗組員が倒れこんでいる。残念ながら無事では済まなかったようである。

倒れている男から暗黒の神殿へと地図(電子版!)を渡され、その指示に従って進んでいく。道は険しくなっていき、崖のような場所を恐る恐る歩いていると、高所で足を滑らせて、遥か下方へと真っ逆さまに落ちてしまう。

ところが、落下の速度はフワフワと緩やかで、トンと軽々着地に成功する。そこでベソはこの星は重力がもの凄く弱いこと、だから体が軽く感じていたのだということを理解する。

こうなれば、ベソはスーパーマンと同様である。ピョンピョンとたちまちジャンプ力が増して、あっと言う間に暗黒の神殿へとたどり着く。


神殿はまるで要塞のように頑強そう。ベソが怯んでいると、後ろからクリーガンに見つかってしまう。ベソは思わずベソをかいて、「僕地球人!関係ないの。ただ見に来ただけ!」と弁明するが、まるで聞いて貰えない。

ところが、「アーン許してえ」と、手をバタバタさせると、手にぶつかったクリーガンが吹っ飛んでいき、岩にぶつかり気絶してしまう。

そこでベソは、以前読んだSFマンガをヒントに、「重力の低いところで暮らしていると、筋肉や骨が弱くなる」ということに思い至る。漫画ばかり読んでいるというベソの趣味がここで生きたというわけなのである。


なお、この「重力が弱い星では地球人は誰でもスーパーマンになれる」という展開は、藤子作品では極めてお馴染みのテーマで、本作の8ヶ月後に発表された「ドラえもん」の一遍『行け!ノビタマン』にも流用されている。

『行け!ノビタマン』では、「宇宙開拓史」のトカイトカイ星のような風景が描かれており、『ベソとこたつと宇宙船』と合わせると、ビジュアル的に『宇宙開拓史』が完成することとなる。


「かなりやれるかも」と手応えを掴んだベソ。神殿へとジャンプして、体当たりでドアをぶち破る。この星では金属もやわに出来ているようだ。

堂々と侵入してきたベソに対して、クリーガンが大挙して襲い掛かってくる。開き直って突っ込んでいくと、クリーガンたちはあっという間に蹴散らかされていく。

ベソは「この星での僕はスーパーマンなのだ!」と「覚醒」し、捕まっていたカロロたちを救出し、神殿も大破させてしまう。

「救いの神様だわ」と崇められ、「私たちの星に来ていただけないか」と誘われるのだが、「宿題が残っているし」と丁重にお断り。

こたつへと繋がるワープホールが消えかかっており、慌てて脱出すると、ギリギリセーフで地球へと舞い戻る。

ここの、ワープホールが消えかかるというラストのくだりもまた、そのまま「宇宙開拓史」にて使われることになる。


こたつにずっと潜り込んでいたと両親に勘違いされ、「寒がりにもほどがある」とお小言を受ける。しかし、興奮冷めやらぬベソの耳にはその一言も入らない。

ベソは思う。

「あんなに大勢と戦って勝てたんだ。丸っきりダメ男ってわけでもないぞ、僕だって。あの星であれだけやれるなら、地球だって・・・」

ベソがスーパーマンになれたのは、単純に重力差のおかげであり、地球ではいつも通りに戻ってしまうのだが、自分に自信を持つことは悪い話ではない。

ベソは「何でもやってみよう」と急に行動力を身につけて、雪の結晶を確保するべく、雪の降る夜中に庭へと飛び出していく。

「活発に外で遊べ」などと言っていた両親であったが、急に無鉄砲な行動を取りだすベソを見て、「風邪ひいたらどうするの!?」と止めに入るのであった。


雪の結晶を求めて外に飛び出すところで本作が終演となるが、このラストシーンも「宇宙開拓史」へと繋がっている。

「宇宙開拓史」のラストでは、のび太がクレムという女の子から、「雪の花」という雪の結晶のような形の花びらを付けた花を渡される。

雪の花は、それまで作中で描かれていないので、少々唐突に思えるのだが、『ベソとこたつと宇宙船』を読んでから「宇宙開拓史」を読み返すと、見事にラストの雪のイメージが重なっていることに気が付く。

「宇宙開拓史」の美しいラストシーンは、藤子先生が『ベソとこたつと宇宙船』に登場する雪の結晶のイメージを持ち込んだものであったのだ。





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