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冴えない夫は浮気できるのか?『噂にきいたツツモタセ』/冴えない中年サラリーマン④

「冴えない中年サラリーマン」と題して、大人向けのパッとしない中年男性を主人公とした作品をいくつか集めてきた。本稿では、タイトル通り冴えない佐江内(さえない)氏がスーパーマンとして活躍する「中年スーパーマン佐江内氏」から、一本取り上げてみたい。


「中年スーパーマン佐江内氏」は全14作描かれているが、言ってみればそのどれもが冴えない中年のお話である。なので、どの話を選らんでもいいのだが、倦怠期夫婦における「浮気」について語られる興味深いタイトルをご紹介する。

その前に「中年スーパーマン佐江内氏」とは何か、初心者向けの導入解説を書いているので、宜しければこちらからご参照ください。


「中年スーパーマン佐江内氏」『噂にきいたツツモタセ』
「週刊漫画アクション」1977年12月15日号

佐江内はおっさん顔だが、年齢は45歳。子供は高校生の長女と中学生の長男。奥さんは専業主婦だが、完璧な倦怠期に突入している。

冒頭佐江内が出勤しているのだが、妻は欠伸を隠さずに「いってらっしゃい」と見送ろうとしている。佐江内がコートの中身を確認すると、手紙が出てくる。開いてみると・・

「明日お店へいらして。はねてから・・・ネ きっとよ!! あなたのアケミ」

と綴られている。「はねてから」というのは仕事が終わったらという意味だが、死語の可能性もあるので注釈しておく。

佐江内はに見覚えのない手紙の登場に取り乱すのだが、夫のモテないことを十分に知っている奥さんは、「あんたに浮気なんかできるわけない」と全く夫を疑わない。ここは夫を信じているというよりは、疑っていないと言う方が正しい消極的な信用である。

奥さんがコートを確認すると、「茂手杉」と縫取りしてあり、どこかで入れ違ってしまったようだ。これ、サラリーマン業界ではけっこうよくあること。

佐江内は思う。

「あらぬ疑いを掛けられるのも困るが・・・、こういう信用のされ方も釈然としない」

冴えない中年サラリーマンの悲哀あるあるである。


出勤して、茂手杉とコートを取り返る。昨晩に同じ接待に参加して間違えたようである。茂手杉はコートを受け取り、

「おかしいと思ったんすよ。かっこはよく似ているけど、生地も仕立ても格段に落ちるんだもの」

茂手杉は少なくとも同じ会社の社員だし、年齢的には後輩にあたる。よって生地の良いコートを買う資金力は、佐江内より劣るはずで、このあたりで金使いの悪そうな、素行の良くない状況が垣間見れるのであった。


業務時間中、茂手杉は女の子からジャンジャン電話が掛かってくる。当時は携帯電話などないので、個人に連絡を取るには会社に電話してくるしかない。相手の女性は取引関係かもしれないが、周囲の様子からみて、遊び相手のガールフレンドたちであるようだ。

夜。佐江内は最近始めたスーパーマンの仕事のしわ寄せで、残業が増えている。この夜も遅くに仕事を終えて、スーパーマンの姿で飛んで帰宅する。早く帰って寝たいのに、困った人からの念波が聞こえてくる。「エスパー魔美」と同じ仕組みである。


念波の発信元は、「ゆめじ」というラブホテル。発信元を特定しようと透視をすると、あちこちの部屋で情事が行われている。「人を呼びつけておいて見せつけるとはけしからん!!」と怒り狂う佐江内。

するとある一室で、茂手杉がドスを突き付けられて、ヤクザのような男に脅されている。ベッドにはアケミというケバい女がタバコを吸いながら寝転がっている。佐江内が間違って受け取った手紙の主であろう。

状況としては、茂手杉がアケミをホテルに誘い、そこに夫と称する男が乗り込み脅すという構図。典型的な美人局(ツツモタセ)である。今ではハニートラップとでも言うのだろうか?


茂手杉が弱り切っているので、佐江内がドアを壊して部屋に入り、ドスを突き刺してくる相手を倒してしまう。そして「茂手杉には二度と手を出さないように」と男に告げて追い返し、茂手杉には「少しは火遊びは慎みたまえ」と注意して、佐江内は去っていく。

これで一件落着となるはずであった・・。

なお、この日家に帰って佐江内が妻に「今夜ラブホテルに行ったぞ」と告げるのだが、「まさか」と全く相手にせず眠ってしまう。夫が何もしないことについては「信用」しているのである。


佐江内の着るスーパーマンスーツは、「記憶消去光線」なるものが出ており、佐江内を見た人の記憶は失われるか、都合よく状況に合わせて改変されてしまう。

よって、美人局を仕掛けた二人や茂手杉は、昨晩佐江内が部屋に乗り込んできてからの記憶がない。よって、ヤクザのような男は「落とし前をつけろ」と茂手杉を追い込み、堂々と会社にも電話をしてきたり面会を申し込んでくる。

茂手杉はそのせいで仕事に身が入らず、課長からも注意を受けてしまう。そこで佐江内は屋上に茂手杉を呼び出して、自分に相談するよう促す。茂手杉は佐江内を頼りない上司と見ているので、「放っておいて下さい」と相手にしない。

ところが、アケミの件かと振ると、ようやく「しつっこいんすよ」と泣きながら状況の告白をする。そして、会社の入り口あたりを見てみると、昨日の男とその舎弟のような二人がウロウロしている。茂手杉の退社を狙ってとっ捕まえようという作戦である。

佐江内は「任しておきなさい」と茂手杉に伝える。「係長が?」と男気を見せる佐江内に驚く茂手杉。


またスーパーマンの格好で話をつけても、記憶が消えて同じことの繰り返しになる。佐江内はどうしたらよいか策を練る。

会社の外で茂手杉を待ち受ける柄の悪い三人組。佐江内は自分が代理人だと名乗って、3人に納得のいく解決法を探そうと声を掛ける。先方の条件は慰謝料500万。その値段を聞いて「あまりに法外な・・」と驚く佐江内。

1977年の新卒初任給が平均で10万と少しなので、一介のサラリーマンがすぐに用意できるような金額ではないだろう。ビタ一文まけないと交渉は平行線となり、佐江内は「出るとこ出ましょうよ」と表沙汰して、正当な示談を提案する。


もちろん美人局家業の三人はそれでは納得できない。「舐めるんじゃねえ」とドスを抜き、再び力づくの決着の場となってしまう。「またやるんですか」と佐江内は答えるが、スーパーマンのスーツを着ていないのに、大丈夫なのであろうか。

大乱闘となる4人。一方的にごろつきの3人はボロボロに倒されてしまう。佐江内はスーパー服をスーツの下に着こんでいたのだ。これにより、記憶も残したまま、スーパーパワーが発揮できたのである。

すると乱闘の後にアケミが現れる。どうやら本当にアケミの男だったらしく、ボロボロとなったダンナを見て、「よくもうちの人を!!」と佐江内に掴みかかってくる。ワイシャツの上から噛みついてきて、佐江内も手に焼く。


その夜。珍しく佐江内が奥さんに浮気を疑われて、激怒されている。

「ワイシャツに長い髪の毛やら口紅やらくっつけて、これでも何でもなかったと言うの!!キーッ」

さすがにわかりやすい物証が出てきて、夫のことを信じ切れなくなったようだ。というよりも、最初から疑っていないという消極的な夫への信用度なので、こうした具体的な物証の前には、冷静さが保てなかったのである。


妻との倦怠期・・。自分としては、ちっとも他人事ではないのだが、こうして他人事として距離を置くと、思わず笑ってしまう。

本編に出てくる佐江内の呟き・・・。「あらぬ疑いを掛けられるのも困るが、こういう信用のされ方も釈然としない」これに尽きると思う今日この頃なのである。


色々な藤子F作品を考察・紹介しています。


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