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乱獲される人間たち『絶滅の島』/絶滅動物を救え②

前回の記事で、「ドラえもん」の『モアよドードーよ、永遠に』という作品を紹介した。F先生はこの作品を通じて、絶滅種となってしまった動物たちへの思いを形にして、これが後の自然愛護キャンペーン「グリーンドラえもん」に繋がる基礎を作り上げたことを書いた。

本稿で取り上げる読切短編の『絶滅の島』は、人間から見た絶滅種への思いから一転、絶滅種となってしまった人間を描くという立場が逆転した設定の作品である。なぜ人間が絶滅危惧種となってしまったのか、皮肉たっぷりの結末に注目して欲しい。


『絶滅の島』(サイレント版)「スターログ」1980年8月号
『絶滅の島』(単行本版)「てんとう虫コミックス」1985年7月25日

本作は、SF誌「スターログ」に発表するべく1978年に執筆された作品だが、雑誌は何かの都合で刊行されず、その二年後に陽の目を見た。この時、扉絵はお蔵入りとなってしまったようだ。

このスターログ版は、雑誌の仕様に合わせて左開きに書かれており、これを大全集では右開きに改訂して収録している。

作中では、宇宙人同士の会話が読めない文字で綴られおり、最後にまとめて翻訳字幕という形で、日本語に置き換えられている。大全集ではこれを「サイレント版」と呼んでいたので、それに倣いたい。

物語全体がフィルムのコマのような表現になっていて、ラストで宇宙人が製作した映画である、というオチが明かされる仕組みだ。かなりの実験的側面の強い作品である。

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このサイレント版が発表されてから5年後、てんとう虫コミックスの「少年SF短編集」に収録されるにあたり、全面改訂されて、通常の日本語の会話が書きこまれた「普通」のバージョンに再編集されている。こちらは「単行本版」と呼んでいるが、サイレント版に対してトーキー版と言った方が本当は良いのかもしれない。


本稿では、この二つのバージョンを比較していきながら、その違いについて触れていく。基本的にサイレント版は短く、そのドラマ部分を膨らませたのが単行本版と考えて貰って良いだろう。


<サイレント版>
浜辺で魚取りをする男の子と、山の幸を摘んできた女の子が合流するところから始まる。そこに雲の切れ間から飛行物体が現われ、二人に襲い掛かってくる。

ここで、読めないナレーションが挿入される。章末の「翻訳」によると、絶滅したはずの地球人がいたことに宇宙人たちが驚いているようだ。

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<単行本版>
始まり方はサイレント版と一緒だが、こちらは普通に男の子と女の子の会話が繰り広げられる。男の子の名前はシンイチで、女の子はカオリ。食べ物を集めたあと、少し遊んで帰ろうということで、海に潜ったりして楽しいひと時を過ごす。

浜辺で寝転がりながら二人は会話をするが、ここで物語の背景が明らかになっていく。

一昨年の夏、たまたま秘島ツアーに参加していた時に、ラジオで人類の滅亡を知った。UFOの大群が現れて、2カ月余りであっと言う間に五大州を制圧。それから一年の間に、地球人は全滅させられる。そして、島に残る27人が最後の地球人となった可能性がある…。

シンイチは語る。「それは戦争ではなかった。一方的に焼き尽くし、殺された。まるで人間を雑草か何かのように」と。

みんなの元へ帰ろうと準備した瞬間、雲の切れ間からUFOが姿を現し、あっという間に近づいてきて二人を攻撃してくる。

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<サイレント版>
円盤は攻撃は狙いを外し、人間には逃げられてしまうが、仲間がいるはずなので、「巣」を探そうと会話をしている。

男の子と女の子は、森を抜けて仲間の元へ戻るが、集落から火の手が上がっているのが見える。獰猛な宇宙生物たちが、人間たちを一方的に襲って、丸焦げにしたり、首をはねたりと残虐な行為で殺戮を行っている。少年はその様子を絶望的に眺めたまま、近寄ることができないでいた。

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<単行本版>
UFOの攻撃を何とかかわしてジャングルに逃げ込む二人。このままでは人間狩りが始まってしまうと、危機感を覚える。何とか集落へと戻っていくが、こちらも既に火の手があがっており、宇宙生物と人間とで戦闘が行われている。しかし応戦敵わず、触手で体を突き刺さされたり、火で丸焦げにされたりと、やりたい放題にやられる人間たち。サイレント版と比べて、残虐シーンの分量が多く、より陰惨のイメージを持つ。

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ここから、サイレント版に無いシーンが追加されている。

シンジは絶望の中、ジャングルに待たせていたカオリの元へと戻る。すると、途中で仲間の中年男性と出会い、森の中にも宇宙人たちがウヨウヨ入り込んでいると教えてくれる。カオリさんが心配だが、用心して遠回りで向かう二人。

一方カオリは、森で休んでいるところを宇宙生物に生け捕りにされてしまう。カオリが連れて行かれたことを知って、シンジは怒りに打ち震えるが、中年男が夜を待って、救出に向かおうと提案する。

ここから、男とシンジの会話が2ページに渡って続くのだが、本作のテーマを分かりやすく解説してくれている。要点は下記である。

・この島には昔、「ミツユビムカシヤモリ」という生きた化石と言われた爬虫類が生息していた。しかしその黒焼きが肺病の特効薬だという俗信があり、乱獲されて絶滅してしまった。
宇宙怪物から見れば、人間もヤモリのような虫ケラ同然。
・人間はこれまで地球の主人公として、勝手気ままに他の動物たちを殺したり、生かしたりしてきた。
人間が狩られる番になっても、文句を言う資格はない。

ちなみにこの会話で出てくるミツユビムカシヤモリは、実在していない。

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夜も更けたので、カオリの救出に向かうシンジと中年男。敵のUFOに近づくと、なぜかやけに明るい。なんと、先ほど殺された人間たちの遺体を煙でいぶしているのである。あまりに残虐な光景に吐き気を催すシンジ。男はそんなシンジを殴って、正気を保てと励ます。

幸い宇宙人たちは、飛行船に引っ込んでいる様子。ソロソロと近づくと、カオリが生きたまま、縛られて木に釣るされている。中年男と連携してカオリを助け出すシンジ。しかし、救出した瞬間、宇宙生物に見つかってしまう。


<サイレント版>
こちらは中年男は登場せず、一人森で休んでいるカオリが、宇宙生物に見つかって追い立てられて触手に捕まってしまうと、シンジがそこに現れて抗戦する。しかし、簡単に跳ね飛ばされ、殺されると思われた瞬間に、別のUFOが現れて宇宙生物たちの動きが止まる。

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<単行本版>
カオリを救ったシンジ。中年男は「君らは最後の地球人だ、生き抜く義務があるのだ」と叫び、シンジたちのために宇宙怪物を足止めしようと抵抗するのだが、あえなく首を飛ばされてしまう。

二人で船着き場を目指す。船に乗って海へ逃げ出そうという計画である。逃げる二人、追う怪物たち。浜辺に出て、船の元へと走っていくが、ついに怪物たちに追いつかれてしまう。

カオリは触手で首を絞められ、シンジは足を貫かれてしまう。絶体絶命のピンチに、別のUFOが現れる

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<サイレント版のラスト>
UFOから降りてくる宇宙怪物と、狩りをしていた怪物が会話を始める。降りてきた宇宙人は自然公園監督官で、「人間の乱獲を止めて解放せよ」と命令する。狩り側は、「人間のミイラはイマヤノジフ病の特効薬で高く売れる」と反論する。しかし、それは俗信だと一蹴される。

結局カオリとシンジは、宇宙怪物の厚い保護下に置かれることになり、この島が人間の子孫繁栄の楽園になることを祈られて解放される。ここは、前回の記事で紹介した「ドラえもん」の『モアよドードーよ、永遠に』のラストの裏返しになっている。

そして、このお話(映画)は、

「宇宙の生物みな兄弟」 環境局広報課製作

と締めくくられるのであった。

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<単行本版のラスト>
新たに現れたUFOに対して、狩りをしていた怪物たちは、「離島観光ツアーだ」と言い逃れをするが、「チキューケナシザル(人間)は、保護獣に指定された。密猟者は逮捕する」と、叱責される。密猟者たちは人間の黒焼きが円形脱毛症に良く効くという俗説を信じているのだった。

サイレント版では、人間が架空のイマヤノジフ病という病気の特効薬だとされていたが、単行本版では、円形脱毛症の特効薬という、よりバカバカしい迷信にして皮肉の具合を強めている。人間の名前をケナシザルとしたのも、円形脱毛症を連想させるからであろう。

単行本版ラストは、「僕たち宇宙人、みんな友だち/宇宙怪物語・日本語訳」と締めくくられる。


絶滅危惧種をテーマとしたドラえもんの『モアよドードーよ、永遠に』は、人間の乱獲によって多くの種を絶滅させてしまったことを反省し、自然を大切にしようというメッセージを訴求したお話だった。

ところが、そんな作品を書いておきながら、ほぼ同時期に人間が乱獲される側として描いた作品を残している点は注目に値する。しかも、残虐な表現も厭わず、生物を絶滅に追い込んでいった人間への皮肉をたっぷりと表現している。

「自然を大切に」と片方で描きつつ、「人間にそんな権利があるのか」といった皮肉も、同時並行で描いているのである。児童向けマンガ家の顔と、辛辣なSF作家の顔の持つF先生の両極さ、恐ろしさがよくわかる

その意味で、『モアよドードーよ、永遠に』と『絶滅の島』は、コインの裏表であり、続けて読むことでF先生の作家性がありありと浮かび上がってくる作品なのである。


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