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地球は滅ぼすのに値する星か?『征地球論』/宇宙人に観察される②

藤子作品にしばしば現れるスキーム。それが地球の外側から人間の営みを観察するという構造のお話である。

前回の記事で紹介した『宇宙人レポート サンプルAとB』だけでなく、既に記事にしている『絶滅の島』や『ひとりぼっちの宇宙戦争』や『ヒョンヒョロ』などもその部類に入るだろう。

それらの記事はこちら。


価値観逆転をテーマとすることが多い藤子先生にとって、宇宙人の視点(=
神の視点)から一つの事象を知覚するという構成がしっくりくるのだろう。

「宇宙人に観察される」シリーズの二本目として、『征地球論』という少年SF短編を取り上げる。『サンプルAとB』のような皮肉っぽさは影を潜めるが、コメディ作品として学生にも読めるような作りとなっている。


『征地球論』「マンガ少年」1980年7月号/大全集3巻

タイトルは『征韓論』のモジリだろうか。

大筋は、地球という辺境の星を征服するか否かで、とある宇宙人たちが議論していくというもの。調査員が、地球人の中から特定の個体を選び、その周辺も含めて調べてきたデータに基づき、喧々諤々していく。言ってみればそれだけの話だ。

宇宙人にとって、地球人の行動は理解不明なものばかりのようで、何かと疑問符があがっては議論が止まる。

議題としては、恋愛からギャンブル、文明論までとても幅広いのだが、これは取りも直さず、藤子先生の人間や文明への考察が行き届いているから描けるのである。


議論をしている宇宙人たちは、全員国会議員のようである。一つ目で、体のほとんどが頭で、オバQを縮めたようなデザインとなっている。

かなりの数の議員がいて、好き勝手なことを言ってまとまらないので、全員の思考交換を行って、似たり寄ったりの意見を一人に集約させるという方法を取る。

すると残ったのは、議長と調査員を除くと、たったの4人(4匹?)だけとなる。つまり、「征地球論」は大きく4つの意見に分かれているということになる。


まずはこの4つの意見を列記する。

①即時地球征服
②地球人は強力になっているので手を打つべし
③放って置けば自滅する
④遠い貧弱な星なので無視せよ

①と②の区別がしにくいが、大きな違いといえば、①の理由が「そこに地球があるからだ」という好戦的な立場が明確であることだろう。この議論は既に1000チクタクという時間をかけており、これ以上の議論の時間が無駄だという論拠である。

あと、③の意見では、自滅後であれば、征服のコストが要らないので、交通費だけで領土拡張が見込めるという狙いがある。どうやら、文明が発達した星でも、遠くの星を攻めるにはお金がかかるようなのである。

ソラリスは「惑星ソラリス」から、「ママンゴ」は手塚治虫の「ロスト・ワールド」からの引用


4人の議員に対して、調査員が地球での調査結果を報告する。とある思春期に差し掛かった少年と、口うるさい母親、家庭に関心を無くしている父親の3人の家族の様子である。

敢えて、安手のホームドラマのような展開となっていくので、まずはその流れをざっと紹介しておこう。

少年は14歳。友だちの多くは不良になっているが、まだ仲間にはなり切れていない。

父親は45歳。週休二日制になったばかりだが、休日はゴロゴロとテレビで野球観戦などをしている。妻にとやかく言われて、たまらず外出してそのまま麻雀に明け暮れる。

母親は隣近所と自分の家族を比べたがる傾向があり、少年と父親はグチグチと言われるのが不快でたまらない。

母親は夫の体たらくを見て、その苛立ちを息子にぶつける。ついには大喧嘩して、少年は家を出ていく。好きな女の子の家に遊びに行くが、イケメンの先輩に先を越されていて、ショックを受け、自棄を起こす。

不良仲間に加わり、自動車泥棒・無免許運転の非行に付き合うが、交通事故に遭って死んでしまう


お話としては以上である。しかしこの安っぽいホームドラマのレポートを受けて、宇宙人たちはいちいち驚きの声を上げていく。とても広範に考察しているので、特に興味深い部分を抜き出しておこう。


まずは物質編

【タバコ】有害な成分を含んだ発煙筒。なぜか一部の地球人はこの毒物を好む
【テレビ】地球人が好んで見る箱。ガラスビンの底に電子をぶつけて光と影を写し出しそれを眺める
【野球】球を投げて、棒で引っぱたいて、その間に定点を走り抜ける
【お金】金属製、植物性の二種。労働などの価値を数値化し、貯蔵、持ち運び、授受できるようにしたもの
【宝くじ】大勢が金を出し合って少数の金持ちを作るシステム
【競馬】ウマという四足動物を走らせて着順を争う。宝くじと同じシステム
【麻雀】六面体に記されたパターンを配列することによって勝ちを争う。それぞれが金を出し合って特定の金持ちを作る
【小説】ウソ話をもっともらしく綴ったもの。文字というものを伝達手段としている

まるで「悪魔の辞典」のような定義付けを連発している。藤子先生はおそらく楽しんで書いていったに違いない。

なお、少年が読んでいた「小説」は、アイザック・アシモフの「銀河帝国の興亡」で、地球人が銀河を支配する話だと報告があがって、交戦的な①の宇宙人が激怒していた。


続けて事象編

【学習について】
地球人は記憶を直接子孫に伝えることができない。だから世代の新しくなるごとに新たな学習を必要とする。受験地獄は、他人より少しでも優位に立とうという激烈な競争。耐え切れず脱落する者が多い

【平等について】
近代の地球を二分した「資本主義」と「共産主義」。一口に言えば総生産の分配方法の対立。人類の歴史では。「平等」のために大地主・金持ちを解体しても別の誰かが金持ちになり、支配階級を倒しても新たな特権階級が生まれる。人間社会は何度かき回しても、ピラミッド型にまとまる傾向がある

【親子関係】
結びつきは不安定。子が親の保護を必要とし、親が子を完全に支配下に置いているうちは、両者の関係は甘く緊密。子が成長するにつれ、親の保護を拘束と感じるようになり、子の自立を親は反抗と受け止める。摩擦が発生し、衝突が繰り返される

【恋愛】
種の存続と繁栄を目指す本能に基づく衝動だが、進化程度の低い他の動物とくらべ、それがむき出しに発現する例は少ない。本能は屈折し、修飾された行動となって現れる

【労働について】
大づかみに言って、所得は上昇し、労働時間は短縮の傾向。生物は楽して生きる手段を進化させていった。人間は「機械」を発明し、あらゆることを機械に代行させ、「働く」ことは「機械を働かせる」意味となった。楽して儲かる社会を築き上げてきたが、欲望が常にそれを上回るため、地球人の不満はむしろ募るばかり

新明解国語辞典の編纂者もビックリするような、見事な定義付けがなされていく。『サンプルAとB』でも顕実化した、シニカルな藤子先生の視線が光る。


さて、長い時間をかけて宇宙人たちは地球人の理解に努めるのだが、どうもしっくりこない。そして、地球人は破滅に向かっているのか、それとも改善されていっているのか、という意見がぶつかり合う。

【破滅論】
「近頃の若い者は・・・」という言葉は、歴史時代の始まりであるエジプトの碑文からも解読されている。古い世代は常に新しい世代に失望し続けてきた。つまりこれは、地球人社会が悪くなる一方で、自然崩壊は目前である

【改善論】
若者たちは大人に対して不満をぶつける。社会改革の中核になってきたのは常に若い世代。この繰り返しは無限に世代を遡ることができ、ついにはサル山のボス交代まで辿りつく

社会が崩壊に向かっているのか、改善されているのかは、大人と子供でどちらの発言が正しいかによって、答えが変わる。地球人は歴史上、世代間の対立を続けており、答えがいつになっても出てこないのである。

破滅論
改善論


さて、いよいよ地球を攻めるべきか、結論を導き出すことができなくなる宇宙人たち。そこに、最後の報告が加えらえる。

地球人の少年は交通事故で死んだのだが、地球人の構造を探るために、調査員が体を再生させたというのである。肉体は単なるタンパク質の固まりだったが、再生後は大騒ぎとなる。

あれほど対立していた両親が少年の病室に駆け込んできて、涙の再会を果たす。少年を振ったはずの少女も、泣いて花束を届けに来る。宇宙人たちはこの様子を見て唖然とする。

「今にも火を吹きそうだった対立はどこへ行った。あの激しい憎しみはどこへ消えたんだ!!」

問い詰められた調査員は、目から流れる水、「涙」によって様々な問題をウヤムヤに終わらせていると答える。


論理的な宇宙人は、感情で行動を左右させる人間をさっぱり理解できないようである。すっかり「征地球論」の討議に疲弊してしまう4人の議員たち。

そこで、結論は先延ばしということになる。

これまで1000チクタク議論してきたので、もう10チクタクばかり様子を見ても良かろうという判断が出る。しかし、それっぽっちの先延ばしで結論を得ることはできるのだろうか?

そこで、チクタクとはどういった長さの単位なのかが、最後に明らかとなる。すなわち、10チクタクとは、宇宙人にとっては3日間、地球では千年に値するのだという。

これまで1000チクタクの討議をしていたらしいが、これは宇宙人にとっては300日、地球時間では実に10万年の月日が流れたことになる。つまり、人類の歴史をほぼ全て見てきたのである。

涙でウヤムヤに・・。


地球人の価値観に右往左往する宇宙人たち。しかし最後には、宇宙人の時間感覚が、地球人のそれとは全く違うことが明らかとなって、本作のオチがつくのであった。


本作は、人間の営みを、一つの平凡な家族の対立を通じて、あらゆる角度から検証する宇宙人のお話である。下手をすればアイディア倒れとなりそうなネタだが、藤子F先生の博学さ、広い見識が本作を支えている

しかも、本作を描くにあたって、苦しみながらというよりは、楽しく書き上げている様子が目に浮かぶ。天才・藤子F先生の、面目躍如となる作品なのではないだろうか?


少年SF短編も考察しています。


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