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嵐のような、平和な一日『ドラえもんに休日を!!』/のび太のちょっとイイ話③

「ドラえもん」の主人公問題について。

ある人はタイトル通り「ドラえもん」だと言い、ある人は実質的には「野比のび太」だと主張し、実はドラえもんの出す「ひみつ道具」こそが主人公だと言い出す人もいる。

またドラえもんとのび太のコンビで主人公という考え方もある。つまり「ドラえもん」はある種のバディものである、というわけだ。

色々な考え方ができるけれど、藤子F先生は「のび太は自分である」というようなことを述べているし、「大長編ドラえもん」となると、必ず「のび太の~」とか「のび太と~」というようなタイトルが付くことをから、のび太君が主人公という説が最有力だろう。

僕としてはさらに、ドラえもん不在の物語が成立している点から、逆説的にのび太主人公説を唱えたいと考えている。

いくつかの「大長編」ではドラえもんが途中で動けなくなってしまう話もあるし、これから読み解くお話もドラえもんの不在をテーマにして、のび太の活躍を描いている。

「ドラえもん」においては、ドラえもんがいなくても、のび太がいれば物語は成立するのである。


ただ、逆にのび太不在の物語が成立するだろうか・・と考えていくと、実は一本だけ心当たりがある。それが『のび太救出決死探検隊』である。お話の冒頭で小さくなったのび太が裏山に「遭難」してしまい、ドラえもんといつもの仲間でのび太を救出に向かうというお話である。

ただこの場合でも、救出に向かうのはドラえもんだけということではなくて、仲間たち全員と一緒に行動する。ドラえもんが主人公という感じでもないのである。


さて、主人公はのび太だとしても、性格的にはマンガの主人公としてはかなりの問題児である。行動動機は怠惰な理由であることが多いし、かなりの割合で調子に乗って痛い目に遭って終わる。

普通の漫画では主人公は大概イイやつで、良く行いに対しては正しく報われるラストを迎える。ところが「ドラえもん」はそうではない。

しかしながら、のび太が嫌なヤツかというとそうではない。ダメな人間だし、嫌な部分も持っているが、良い所をたくさん持っている。

これから見ていく『ドラえもんに休日を!!』は、短編としてはかなり珍しくのび太が勇気ある行動を取るし、そんなのび太をジャイアンとスネ夫が認めたりもする。

かなりレアな展開であり、感動的なお話としてもご注目いただきたい。



『ドラえもんに休日を!!』
「小学五年生」1984年9月号/大全集13巻

とある土曜日、のび太が半日の学校を終えて帰宅すると、日曜日でもないのにパパがいて驚く。

まずこの一文を書いてみて、今の時代の常識とは異なる部分が二つある。一つは土曜日に普通の公立小学校に通うのび太が学校へ行っていること、もう一つは土曜日にパパがいて驚かれているところである。

本作が発表となった1984年頃は、今でいう働き方改革が叫ばれていた時代で、過重労働が問題視されるようになっていた。

80年代に入ったころから一般企業に週休二日制を導入するケースが増えていたが、1987年には労働基準法が改正(施行は88年)されて、「週40時間制」が導入されることになったことで、その流れは確定的となった。

なお、学校や官公庁が週休二日制に乗り出したのは少し遅く、1992年の4月になってようやく導入された。

僕は中学校を卒業したのが1990年なので、この週休二日制の恩恵には与っていない。ちなみに自分の親も公務員だったので、普通に土曜日は出勤していたように思う。


本作では、自分よりもパパの方が休みが多いというのび太の不満が発露する。そんなのび太にドラえもんは、自分の仕事はのび太の面倒を年中無休で見ることで、「贅沢言うな」と諭す。

のび太はドラえもんが休めていないと聞いて、「明日の日曜日は丸一日ドラえもんの休日にしよう」と言い出す。自分のことをスッキリ忘れて、どこかへ遊びに行っておいでよと、柄にもなく良い提案をするのであった。

ドラえもんは心配だと口にするが、のび太がバカにするなよと突っ込むと、「それではタマちゃんとイリオモテ島へハイキングに行ってこよう」と大いに喜ぶ。

その夜はあまりの嬉しさから寝付けずに、夜中まで押し入れの中でゴソゴソと動き回ってしまう程であった。


翌朝、のび太のことが気がかりなドラえもんは「よびつけブザー」をのび太に手渡す。「何かあったら遠慮なくブザーを鳴らせ、どこにいてもとんでくる」とのことだが、昨晩の喜びようを見るにつけ、これを使うのは憚られる。

みんなにそのことを告げると、しずちゃんは「鳴らさずに済むといいわね」と優しく声を掛けてくれるが、スネ夫とジャイアンは「無理無理」と懐疑的。

そこでのび太は「僕は決心したんだ、何事があっても自力で切り抜ける」と高らかに宣言する。そんなのび太を見てジャイアンとスネ夫は、「のび太のくせに生意気だ」ということで、何とかしてブザーを使わせてやろうと悪い相談を始める。

このあたり、名作『帰ってきたドラえもん』を彷彿とさせる、意地悪っぷりである。


のび太はブザーを使わないために、災難に遭わないよう気を付けようと考える。しかし、のび太の日常生活はちょっとした災難に満ち溢れている。今日に限って何事もないわけがないのである。

まずはジャイアンがいきなり掴みかかってくる。いつものように殴ろうとしてくるのだが、のび太は「理由もなく暴力を振るうのか」と反抗する。今回は完璧な難癖なので、理由が全く浮かばないのだが、それでイライラが始まって、「エーイ、腹が立つ」と言って殴ってくる。

何とか逃げ出して空き地の土管の影に身を隠すのび太。そこでスネ夫が「逃がしてやろうか」と言って声を掛けてくる。二人はグルだったはずだが・・・、案の定、スネ夫がのび太を逃がした先の庭では、暴れん坊の犬がいて、のび太は追い回されてしまう。

理由もなく暴力と嫌がらせを仕掛けてくるジャイアンとスネ夫。本当にろくでもない奴らである。


犬に追い立てられて、木に登って難を逃れようとするのび太。このピンチにドラえもんを呼ぼうとブザーに指を掛けるのだが、すぐに「ダメ!!」と思い直す。ドラえもんの休日をどうしても邪魔したくないと考えたからである。

そんなのび太を見て、「強情なヤツだなあ」とジャイアンとスネ夫は少しだけ感心した様子を見せる。

のび太は木の上から隣の家の屋根に何とか飛び移り、そのままスタスタ進むのだが、すぐに転倒してしまい、屋根の上から道路へと落ち、ちょうど走りこんできたトラックの荷台へと着地する。(いつもタイミング良くトラックは走っている)

トラックは猛スピードで走っており、このままでは振り落とされてしまうかもしれない。さすがのヤバさに、ジャイアンとスネ夫は「ブザーを使え」と本気(マジ)で声を掛ける。

さすがにドラえもんを呼ぶしかないと観念しかけたのび太だが、「どんなことがあってもこれだけは」とグッとこらえる。とてつもないガッツである。そして、そんなのび太に助け舟を出すように、トラックが赤信号で止まり、何とか脱出できるのであった。


いつも以上に災難続きののび太。帰って大人しくしてようと小走りになったところで、隣町のジャイアンとスネ夫のようなコンビに体当たりしてしまい、喧嘩を吹っ掛けられる。

その様子を見ていたジャイアンとスネ夫は「あいつどこまでドジなんだ」と呆れてしまう。

のび太は人気のない路地に連れていかれ、「もうだめだ、ドラえもんを・・」と、ブザーに再び指が掛かる。しかしそこでものび太は、タマちゃんと仲良くしている笑顔のドラえもんが思い浮かび・・・。

「ちょっと待って」と、今から殴り掛かろうとしている二人の男子を制止すると、「絶対に使わないぞ!!」と言ってブザーを捨てて踏みつぶして壊してしまう。

もう後には引けない状況に自ら追い込み、「さあ、やるならやれ!!」と腕組みして座り込む。どこまでも友情に厚いのび太なのである。


ここまでの流れをずっと見てきたジャイアンとスネ夫。「あいつにそんな根性があったとはな・・・」とすっかり見直してた様子。

そして最初はブザーを押させようと意地悪してきたこともすっかり忘れて、「のび太、力を貸すぜ」と言って、のび太と少年たちの前へと姿を見せる。ちなみに、喧嘩上等のジャイアンと対称的に、ビビった様子のスネ夫が描かれる芸の細かさである。


ドラえもんが「楽しい一日だったよ」と満面の笑顔で帰宅する。「のび太は大丈夫だった」と声を掛けるが、いかにも何事もなかったかのように部屋で寝ころびながら、

「当り前さ!平和な一日だったよ」

と返すのであった。

ここでは、大変だったけどブザーを押すのを堪えたよ、と答えても良かったと思うが、そうした努力と根性は言わぬが花。この平然とした感じが、やたらとのび太のカッコよさを引き立てるのである。


本作、ミニ大長編のような感動的なお話だけれど、扉を含めて全9ページというコンパクトさであることに驚かされる。

また改めてタイトルを見ると、『ドラえもんに休日を!!』と、ビックリマーク(!)が二つもついている。ドラえもんに休日を全うさせるために、のび太がいかに気合いが入っているかが表現されていたのである。





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