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そもそも死んでない?『ペロ! 生きかえって』/ドラえもん「感動×動物」傑作選①

みんな大好き「感動系」ドラえもん。

基本的にギャグマンガである「ドラえもん」だが、時々妙に泣かせる感動エピソードが描かれる。これがライトファンからヘビー層まで、全藤子ファンに大人気なのである。

感動エピソードというと、主に「おばあちゃん系」と「自己犠牲系」のお話がすぐに思い浮かぶが、もう一つ「動物系」のジャンルがある。主に動物と人間との交流がメインテーマで、種を越えた絆が胸に迫ってきて、気持ちよく泣かせてくれるのである。

そこで、ドラえもん「感動×動物」傑作選と題して、これまで記事にしてこなかった動物系の作品をご紹介していきたい。まず本稿では、しずちゃんのペット犬に関するお話を読んで、泣いてみたいと思う。

ただし、泣いた後に、あまり泣けない追加話もあるので、どうぞお楽しみに(?)


『ペロ!生きかえって』(初出:まほうのくすり)
「小学二年生」1971年11月号/大全集3巻

季節は秋。本作では、これが重要である。

のび太が「秋晴れの気持ちの良い日だねえ。こんな日はウキウキするね」とニコニコしながら空き地へと入ってくる。空き地の土管の上ではしずちゃんが泣いていて、スネ夫が慰めている様子だが・・・。

スネ夫はのび太に向かって「酷いことを言うな」と𠮟り飛ばす。呼応するように、しずちゃんは「うちのペロが今朝死んじゃったのよ」と告げて泣き崩れる。

ワ~ンと号泣するしずちゃん。そしてスネ夫は「人が悲しんでいる時に、うきうきするだって」と非難する。そしてしずちゃんは、ペロ(飼っていた犬)との思い出を語る。

・しずちゃんが赤ちゃんだった頃、うちに来た
・それからずっと仲良しだった
・私のためなら命がけで戦ってくれた

命がけの戦いとは、まだ小さいしずちゃんを襲ってきた他の犬との戦いのことである。

悲しみに暮れるしずちゃんを見て、のび太は思わず「よし、ペロを生き返らせよう」と口走ってしまう。「あんまりいい加減なこと言うな」とスネ夫がたしなめるが、しずちゃんは「えっ本当」と喜んでしまう。

のび太は「約束する」と言って、どこかへと走っていく、もちろん、向かう先はドラえもんである。


のび太はお気楽な感じで、「あんまり可哀そうだから、なんとかしてあげようよ。君の力でさ」とドラえもんに事情を説明する。すぐさま顔色を変えたドラえもんは「無茶な約束したなあ」と大慌て。いくらドラえもんでも、死んだ者を生き返らせることは不可能なのである。

ここでようやく事の重大さに気がついたのび太。「どうしても駄目なの」と手を付いてお願いするが、「そんなことができるものなら、地球は生き物で埋まってしまう、早く断ってきてくれ」と、さすがのドラえもんもお手上げ。


「どんなにがっかりするかな」と酷く落ち込むのび太。しずちゃんの家に行くのだが、庭ではしずちゃんがパパママと言い争いになっている。

ペロは天国に逝ったと告げる両親に、しずちゃんは「また生き返るのよ」と抵抗している。のび太がドラえもんに頼めば何とかしてくれる。その言葉を信じているのである。

その必死の様子を見て、のび太は「とても言えない」と踵を返す。しばらく家に引っ込んでしずちゃんと顔を合わせないようにしようなどと、現実逃避を決め込もうとする。

ところがのび太が姿を見せないのに痺れを切らせたしずちゃんが、のび太の家に飛んできてしまう。大いに弱るのび太。するとそこへ、ドラえもんが何かを手にして走ってくる。


ドラえもんが手にしているのは錠剤の入った小さな透明なケースで、「どんな病気にもきく薬」だと言う。もう死んでしまっているので、今さら薬が効く訳がないのだが、それを死ぬ前に飲ませるのだという。

なんのこっちゃと思いきや、「タイムマシン」でまだペロが生きていた夕べに戻って飲ませれば、そこで病気が治るので、死なずに済むというのである。

「T・Pぼん」ならとても許されないような過去改変だが、初期のドラえもんでは、過去への干渉は比較的許されるケースが多い。死ぬ前に戻って病気を治すことが許されるなら、ドラえもんが口にしていた「地球は生き物で埋まってしまう」ことになりそうなものだが、まあこれは深追いするまい。


タイムマシンで昨晩、夜中の12時頃へ向かう。急ぎしずちゃんの家へと走るのび太とドラえもん。ドラえもんはここで、「言っとくけど、薬は効かないことあるんだよ」と驚きの追加情報をさらりと告げる。「どんな病気にもきく薬」だと言っていたのは嘘だったのか??

しずちゃんの家では、しずちゃんが様態の悪いペロから離れられないでいる。もう12時を過ぎたら寝なさいと両親が説得するが、「こんなに苦しそうだもの」としずちゃんは動かない。

しずちゃんは涙を流しながら「ごめんねペロ。私にはどうにもしてあげられないの」とペロに抱きつく。その様子を門の外からこっそりと見ていたのび太たち。すると、夜回り中の警官に、怪しいと目を付けられてしまう。

職務質問を受け、「とにかく交番まで来てもらおう」と迫るお巡りさん。申し訳ないが、今は相手にしている暇はない。ドラえもんはタケコプターをお巡りさんの頭に付けて、空へと飛ばしてしまうのであった。


さすがに寝なくちゃダメということで、家の中に連れて行かれるしずちゃん。チャンスとばかりにドラえもんたちがペロに近づいていき、クウンと弱り切ったペロに薬を飲ませる。

すると飲んだ途端に、カクンと目を回して気絶してしまうペロ。これをみたのび太は「死んじゃったぞ、冗談じゃない」といきり立つ。死んだように見えるが、ドラえもん曰く、眠ったのだと言う。

ただし「治れば明日目が覚めるが、駄目ならこのまま」ということで、ある種の運試し的な薬であるようだ。


元の時間へと戻ってくると、部屋ではしずちゃんがのび太たちの帰りを待っている。「ペロはまだ死んでいるかい」としずちゃんに尋ねるが、「なに言ってんの。あんたが生き返らせるんじゃない」と言ってのび太の手を引っ張っていく。

この時のしずちゃんの言葉遣いが荒いが、初期ドラではしずちゃんはのび太を「あんた」扱いすることは珍しくはない。

しずちゃんは「きっと治してね。約束したでしょ。きっとよ!」と、藁にもすがる思いが溢れ出ている。

のび太とドラえもんは走りながら、「夕べの薬効いているかなあ」「ただ祈るしかない」と短く会話をする。ここの会話シーンの二コマは、不安げな気持ちや、どうなるのかというドキドキする感じが出ていて、とても好きである。


しずちゃんの家に近づくと、ワンワンワンと尻尾を振って元気になったペロがしずちゃんの元へと飛び込んでいく。そのまま抱き合うしずちゃんとペロ。

「今日は、本当に気持ちのいい日だね」

のび太とドラえもんは言う。ドラえもんの目からは涙が零れている。

しずちゃんはペロと併走して小山を駆けていく。ドラえもんとのび太も喜びながら後を追いかけていく。

「秋空を飛び回りたいような、素敵な日ね」

しずちゃんは笑顔で走りながら声を上げる。

解説するまでもなく、このセリフは、冒頭ののび太の秋晴れを喜ぶセリフと呼応している。そして実際に秋晴れの空には、タケコプターを付けたお巡りさんが飛び回っている。

もちろんそれは、昨晩ドラえもんが飛ばしたお巡りさん。見事に忘れられて、一晩中飛びっ放しであるようだ。


ところで、本作を改めて振り返ってみると、ペロは本当に死んでいたのだろうかという疑問が浮かんでくる。

タイムマシンで死ぬ前に戻って、本当は効かないかも知れない「どんな病気にもきく薬」をペロに飲ませると、ペロはすぐにカクンと気絶する。のび太が「死んじゃったぞ」と焦っていたので、傍目には死んだように見えるようである。

実際には翌日になって薬が効いてペロは治るのだが、朝の段階ではまだ薬の効果が出る前で、まるで死んだように気絶していた状態だったはずである。しずちゃんたちが、それを見てペロが死んだと勘違いしてしまったとも解釈できるのである。


さらに踏み込んで考えると、もしペロが朝治っていたら、しずちゃんが悲しむことはないだろうから、のび太がペロを生き返らせようと行動する必要もなくなっていたはずである。

すると、ペロを治療することができなくなって、ペロは本当に死んでしまうことになる。タイムマシンでペロを生き返らせるという荒業をしてしまったがために、タイムパラドックスが発生してしまっているのだ。

そして、このパラドックスを感じさせないがために、本作ではペロが死んだように気絶し、だいぶ時間が経ってから生きていた、という事実が判明するような展開にしてあるように思うが、どうだろうか?


ここからは、本作の感動の涙が渇きそうな補足情報を少し・・。

本作の主人公であるしずちゃんのペット犬のペロだが、本作で初登場した後、再び別の話にも姿を見せている。ただ、なかなか一筋縄ではいかない状況のようで・・・。

まずは、本作の一年半後に発表された『ヨンダラ首わ』(73年3月号)にペロが出てくる。しかし、ペロと同じ名前でも、容姿は少々ことなる。本作の大きなペロと違って、明らかに生まれたての子犬なのである。

まあ、単純に描くときに大きさを少し間違えてしまったのかもしれないし、発表順が異なっているとは言え、『ヨンダラ首わ』の方が時系列的に先の話なのかもしれない。

一方、穿った見方をすれば、ペロは本作で一命を取り留めたものの、やはり程なくして死んでしまったのかも知れない。そして、また同じような白い犬を飼って、名前を同じペロにしたってことも考えられるのである。


さらに『ヨンダラ首わ』から3年後、『はいどうたづな』(76年2月号)でペロと思しき犬が登場する。思しき、と書いたのは、外見は大きい方のペロそっくりなのだが、名前がチロとなっているのだ。

これまた描くときに名前を間違えただけのことかも知れないし、もしかしたら二匹目のペロが死んで、全く別の犬を新たに飼い始めたのかも知れない。この作品ではしずちゃんのペット犬愛が少々薄れている気もするし・・・。

そしてさらに約一年半後、『持ち主あて機』(77年11月号)という作品で、のび太がたった一コマだけ、しずちゃんのペットとして、ペロの顔を思い浮かべている。

やはりずっとしずちゃんのペット犬はペロだったのかと安堵しつつ、いや、もしかして、チロの次の犬として、また別の子を飼い始めた可能性も・・と思ったりもする。

さらにさらに3ヶ月後、『ドロン葉』(78年2月号)という作品でペロが再登場・・・と思いきや、今回は名前がシロとなっている。外見は大きい方のペロだが、またも名前が違っているのだ。

これも名前の単純ミスなのか、またまた別の犬なのかは不明である・・・。


その後しずちゃんのペット犬は姿を見せなくなり、主にペットと言えばカナリアのピーコが幾度となく登場し、その度にかごから脱走したりしている。どうやら、最後のシロが死んだか貰われたかして、犬を飼うのは止めてしまったようである。


初代ペロを模した犬を何匹も飼っていたとしても、やがて犬を飼うのを止めてしまったとしても、本作『ペロ!生きかえって』でしずちゃんが見せたペット犬との絆は本物であろう。

その証拠として、『のび太の結婚前夜』(1981年8月号)では父親としずちゃんの思い出の中で、ペロとしか思えない白い犬としずちゃんの交流がきちんと描かれているのである。

そういうことを考慮に入れ、しずちゃんはずっと同じペロを愛し続けていたに違いないという結論を、ここでは導き出したいと思う。




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