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昔話は生きている『浦島太郎即日帰郷』/藤子Fの浦島太郎①

藤子F作品を見渡すと、東西のおとぎ話をモチーフとした作品が無数にある。特に、SF(少し不思議)な昔話が好みで、西ではアラビアンナイト、日本昔話では「浦島太郎」をテーマとした力の入った作品が目につく。

このFノートでも、「ドラえもん」の『おはなしバッジ』を取り上げた記事を書いているが、ここでも「浦島太郎」が最大のテーマとなっていた。

なぜF先生が浦島太郎に心惹かれたのかと言えば、有名な「ウラシマ効果」という言葉を生んだSF的な設定、すなわち竜宮城での3日間が300年の出来事だったというミステリアスな部分がその理由だったと想像できる。

今回から全3回のシリーズで「浦島太郎」を題材としたF作品を検証していく。本稿では「おとぎ話はどのように成立するのか?」といったテーマに触れ、「ウラシマ効果」についての深掘りは次稿で行う。


『浦島太郎即日帰郷』「T・Pぼん」
「コミックトム」1984年8月号/大全集3巻

今回見ていくのは、「T・Pぼん」から、浦島太郎のモデルとなった男を巡るエピソード『浦島太郎即日帰郷』である。

一応「T・Pぼん」について確認しておく。
この作品は藤子先生の歴史への思いを詰め込んだ、タイムパトロール隊の活躍を描くマンガである。主人公は現代の中学生・並平凡。ひょんなことからT・Pの見習いになり、やがて正隊員に昇格して独り立ちする。

T・Pの目的は、不慮の死を遂げた歴史上の名もなき人々の命を救うことである。例えば、ピラミッドの世界であれば、ファラオや時の為政者などを救うのではなく、建設に携わった一人の男の命を助ける、といった具合である。(下記記事参照)

「T・Pぼん」は、登場人物の関係で3部構成に分かれていて、

第一部/並平が女性隊員のリームの助手となる話。
第二部/独り立ちしてリームと離れ、助手のユミ子とのコンビとなる話。
第三部/ユミ子が正隊員に昇格し、引き続きコンビで任務にあたる話。

となっている。本作は第三部に含まれるお話である。


簡単に設定を確認したが、この中で最も大事なのは、T・Pが救出できるのは無名の人物であって、歴史上影響力のある人物を助けることはできない、という点である。

T・Pは過去に干渉する任務なので、少しの間違いでその後の歴史を大きく変えてしまう危険性をはらむ。仮に意図的に歴史を変える行為をした場合は、航時法違反で罰せられるという厳しいルールがある。

少し結論を先取りしてしまうが、本作は300年後にタイムスリップしてしまった「浦島太郎」を、重罪覚悟で元の世界に戻そうとするお話となっている。浦島を助けたことで、浦島伝説がどのような影響を受けて、どんなお話に変化してしまったのか、その部分に注目してもらいたい。

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今回は任務ではなく、バカンスとして大昔の海へ海水浴に行く。タイムマシンを私用で使うのは避けなければならないことだが、T・Pは年に一度だけ、好きな時代・場所でバカンスを楽しめるという福利厚生がある。

ぼんの見習い時代、リームと恐竜時代にバカンスに行く『バカンスは恐竜に乗って』の時にも、この特典を利用していた。


ユミ子のアイディアで、タイムボートをでたらめに動かして、いつの時代に行くのかは着いてからのお楽しみにする。すると、西暦481年の人気(ひとけ)のない浜辺にたどりつく。

ユミ子は、481年といえば古墳時代の中期で、雄略天皇が宋に使者を送ったりした時代だと説明する。T・Pは「圧縮学習」という、任務先の時代背景や言語を一瞬で覚えることのできる機械が与えられているので、ぼんは「いつ調べたのか」と驚く。けれどユミ子は、単純にふだんの勉強ができるだけだった…。

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水中でも行動できるようになるチューブを体中に塗って、二人それぞれ美しい海へと飛び込んでいく。

ここで気になるのは、ぼんがユミ子に対してさり気なくHな提案をチョイチョイ挟んでくることである。「誰もいないので裸で泳いだら」とか、「全身にチューブの薬を塗ってあげようか」とか、現代ならセクハラでアウトなオヤジ発言を連発している。バカンスという気の緩みから出たちょっとした悪乗りだろうか。

ちなみに、本作ではユミ子はビキニの水着を披露しているが、そのビキニをぼんに引っ張られたり、釣り糸で引っかけられたりと、サービスカットがいくつか登場する。

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さて、ここまでが本作の導入部分。
ここから本題のバカンスシーンに入っていくのだが、物語後半戦への伏線がいくつも仕込まれているので、注目しておきたい。

ユミ子は大きなウミガメを見つけて、甲羅の上に乗って浦島太郎気分を味わう。すると、その亀が何者かに釣られそうになる。亀が可哀そうということで、ユミ子は水中に亀を引っ張り込んで助けてあげる。(伏線1:ウミガメ)

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すると大亀を釣り損ねた漁師が、再度釣り糸を垂らすと、今度はユミ子の水着に引っかかってしまい、それを見た漁師は亀が女に変わったと勘違いして大いに驚く。(伏線2:ウミガメが女に変わる)

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海中に戻ったユミ子。すると小魚がラインダンスをしている。それは、ぼんが、生体コントローラーで訓練したのだという。(伏線3:小魚を訓練)

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さて「お腹も減ったしでも帰りたくない」ということで、ぼんが用意してあった海底テントを張ってキャンプをすることに。「のび太の海底鬼岩城」に出てきたテントの小型版といった感じだ。

テントの中で、魚たちを眺めながら食事を取る二人。ぼんはリームを思いだす。これは『バカンスは恐竜に乗って』を踏まえた発言となっている。

満腹になったあとはお昼寝。するとその間に嵐がやってきて、海中も暗く濁ってしまう。と、そこに一人の男が沈んでくる。嵐に巻き込まれたのであろうか。

その男は、先ほど亀とユミ子を釣りあげようとした漁師。助けても歴史に影響しないことを確認し、救助してあげる。復活するまで男を寝かせて、二人は『バカンスは恐竜に乗って』でも舞台となった中生代の海へとタイムボートで向かう。


ぼんたちに助けられた男は、海中テントの中で目を覚まし、そこを海の中の御殿と勘違いする。カメが変化したユミ子がいることに驚き、魚のダンスや夢のような食事を堪能し、クリームの効果で海中にそのまま出られることに戸惑う。(伏線4:男の名は瑞江のシマ

まるで夢心地の男だったが、ぼんのタイムボートの「タイム・ジャンプ・キー」を触ってしまい、辺りがどこかの時代へとタイムスリップしてしまう。これにぼんたちは気づかないまま。

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そろそろ帰らねばということで、男を生体コントロールしたカメに乗せて岸まで送り届けることにする。見送りながらまるで浦島太郎のようだと思う、ぼんとユミ子であった。

男は郷里へと戻るが、そこは見知らぬ村となっている。村人に尋ねると、300年前に浦の島子という男が海から帰らなくなったという伝説を聞く。浦島太郎のような男は、本当に浦島太郎になってしまったのである。


一方のぼんたちは、いつのまにか、711年・奈良時代にタイムスリップしていたことに気がつく。つまり、亀で送った男は230年ぶりに故郷に戻ったことになる。慌てて様子を見に行くと、ショックで一夜にして白髪となってしまった男が途方に暮れている。

男が浦島太郎のモデルになったことは間違いない。男を元の時代に戻してあげたいが、そうすれば浦島伝説は生まれなかったことになるので、それでは大きな歴史改変となってしまう。

助けたいのに助けられない。これが、T・Pの辛いところ。泣く泣くそのままにして、二人は現代へと戻ることに。

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現代。ユミ子は浦島を助けなかったことを悔やみ、航時法違反を覚悟で、浦島を元の時代に戻してあげることを決意。亀で陸地に向かっている途中の男の元へと向かう。

すると、ユミ子の行動を前もって予期していたぼんが、ユミ子のボートに体当たりして動きを止め、自分が責任を取ると言って、亀に乗った男を481年へと再度タイムスリップさせて送り戻す。

男は母親のいる家へと戻り、蓬萊山(とこよのくに)に行ってきたと語る。


さて、浦島伝説をないものとしてしまったぼんたち。歴史改変の罪で、T・P本部から連絡が入るかと思いきや、何事もなく3日が過ぎていた。ぼんは、浦島伝説はどう変わってしまったのかを知るため、物知りのクラスメートを尋ねる。

すると、ここで意外な事実を教えてもらう。分かりやすく箇条書きにしてみると・・

・浦島伝説は「日本書紀」の雄略天皇22年の条に登場する。
・瑞江浦島子が取ったカメが娘になって一緒に蓬萊山に行ったという内容。
・「帰ったら300年経っていて白髪の老人となった」という描写はない
・浦島太郎の詳細な内容は、時代を下った「御伽草子」の頃成立する。
・民話や伝承は語り継がれているうちに、時代時代の考え方を反映して尾ひれがついていく
・例えば仏教思想の因果応報の考え方が広がり、亀を助けるエピソードが追加された。

つまり、ぼんたちがタイムスリップに巻き込んだ男シマは、そもそも300年後に帰ってきたというエピソードの持ち主ではなかったのである。これは逆を言えば、仮にシマを過去に戻さなかったら、日本書紀の記述を変えてしまう事態となってしまう。こちらの方が航時法違反と言えなくもない。

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本作は、日本書紀に記載のあった浦島子のエピソードと、その後の御伽草子で整ったとされる300年後に戻ってきた浦島太郎のエピソードの内容の違いを利用した作品となっている。

「本当は残酷な昔話」という話はよく話題に上るが、それらは時代の価値観の変遷を反映しているものと言える。現代の価値観では残虐な描写であっても、語られる時代によっては大したことのない表現であったり、妥当な考え方に基づいていた可能性がある。

昔話は、時代によって語り口が変わっていく。それは、今、目の前にあるものを絶対的なものだとすぐに思わずに、歴史の流れの中で俯瞰的に物事をみることの重要性を思い出させてくれるのである。


浦島伝説は、さらに次回に続く!


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