見出し画像

果てしなく広がる謎の世界『かがみの中ののび太』/かがみの国ののび太①

誰もが読んだことのあるだろうルイス・キャロルの名作「不思議な国のアリス」は、そのものが何度も舞台化や映画化をしているが、物語の構成がそのまま別の作品に使われることも多い。

ちょっと調べただけでも数えきれないほどに「アリス」の類似作や関連作、影響を色濃く受けた作品、オマージュを捧げた作品がごろごろと見つかる。

最近(といっても25年前)だと、映画「マトリックス」の冒頭で、主人公のネオがうさぎのタトゥの入った女性についていき、不思議な世界へと入りこんでいく場面が印象的である。

藤子作品で言えば、「ドラえもん」の大長編が、典型的な「アリス」方式そのもの。子供たちだけで異界を大冒険し、強敵を倒して帰ってくるのだが、その間はまるで夢を見ていたかのようにして、元の現実が再び始まるのである。


本家「不思議な国のアリス」は、出版後たちまち大好評となったため、続けて続編も構想・出版された。それが「鏡の国のアリス」である。

ただし、こちらは、タイトルの知名度も低く、実際に読んだ人の数もグッと減っているように思う。かくいう僕も読んでおらず、大筋ですらよく分かっていない。

が、「鏡の中の世界」というのもなんだかメルヘンチックだし、反面何か異質な気配もあって、物語を展開させるにあたっては、単純にいい舞台設定だなあと思う。


藤子F先生が少ならからず「アリス」の物語に影響を受けていたことは、先述した「大長編ドラえもん」に頻出する「不思議な国」に行って戻ってくるというパターンを得意にしていたことから、想像はできる。

そして、「かがみの中の世界」についても、大長編ドラえもんの「のび太と鉄人兵団」で物語のメイン舞台として設定している。だが、かがみの中のお話と言えば、「ドラえもん」の短編の方にも傑作が多く存在している。

そこで、鏡の中の世界をテーマとした「ドラえもん」の短編を数本ご紹介していきたい。何かどこか、ワクワクして、かつ不安な気持ちにもさせる「アリス」の不思議な感覚と似たものを感じてもらえるのではないだろうか。


『かがみの中ののび太』(初出:フエルミラー)
「小学三年生」1972年10月号/大全集3巻

冒頭、のび太が欲しいものとその金額を列記している。ラジコン戦車は5680円、トランシーバーが6500円、グラブにミニカーに腕時計・・・。まさしく物欲の王者であるが、当然そんな大金を持っている訳がない。(僕もドランシーバーは欲しかった)

貯金しなくちゃと思っているところに、ドラえもんがおやつのどら焼きを嬉しそうに持ってくる。のび太はすかさず自分の分を手にしてママの元へと向かい、「これいくら?」と聞く。「40円」だとママが答えると、「返すからその分お金でちょうだい」と、可愛げのないお願いをするのであった。


さて、どら焼きも無くなり、40円貰っても欲しいものには手が届かないのび太。ドラえもんが一人で自分の分を食べようとするのを、「うまそうだねえ」と見つめる。

ドラえもんは「これは僕の分だから」とことわりを入れるのだが、のび太は「どうせ君はそういうやつなんだ」とひねくれる。自分から手放したどら焼きを欲しがるのは反則だが、このままではドラえもんもさすがに一人で食べられない。

そこで取り出したのが「フエルミラー」である。それほど大きくない鏡のついた機械で、スイッチを押すとルルルと起動する。(この時の軌道音が後に重要な効果をもたらす)

ドラえもんがどら焼きを鏡に映し、鏡の中に手を突っこむと、中からもう一個どら焼きが出てくる。「フエルミラー」は、写したものが本物になって出てくる、超便利なコピーマシンだったのである。

なお、ここでドラえもんは、ポツリと「スイッチを切り忘れたら大変」と言ってスイッチを切っている。この発言はこの後もう一回出てくるのだが、終盤にその意味が痛いほどわかる仕組みである。


のび太は「フエルミラー」を見て、真っ先にお金を増やそうと、金に汚いところを見せる。ところが、お札は鏡で反転してしまい、まるでニセ札のようになる。なるほど、うまいことできている道具だ。

のび太はお金を増やして欲しいものを買うのではなく、友だちから欲しいものを借りて、フエルミラーで増やせばいいと思いつく。そして、借り賃10円を払って、ラジコン戦車、トランシーバー、グラブ、ミニカーにサッカーボールと卓球のラケットを借りてきて、せっせとコピーしていく。

ここでドラえもんは、本日二度目の「スイッチ切っとけよ」という注意をする。ただ、コピーに熱中しているのび太は、あまり聞いている様子もなく・・・。

案の定、全てのコピーが終わり、「夢みたいだ、こんなにいっぺんに僕のものになるなんて」と余韻に浸って、スイッチを切るのを忘れてしまう。(ていうか、そもそも覚えてない?)


のび太の背後でルルルとフエルミラーは稼働している。後ろ姿ののび太が写っているが、突然こちらを振り向いて、のび太らしからぬ不気味な笑顔を見せる。この時、背景は暗めに描かれていて、ゾッとする一コマとなっている。

かがみの中ののび太は、ヌウとこちら側の世界に飛び出してくる。のび太はワッと驚き、「だ、誰だ?」と問うのだが、「僕、のび太」と鏡の中から出てきたのび太はいたずらっぽくアカンベーをする。

のび太は鏡の中に戻れと命じると、逆に「そっちが鏡に入れ」と言って、のび太をフエルミラーの中に投げ飛ばす。すると、かがみの中は暗室になっていて、「フエルミラー」のスイッチを切られてしまうと、出入り口も消えて、真っ暗闇となってしまう。


鏡の世界からやってきたのび太は、どこか知性も高いようで、ドラえもんを呼びつけて、フエルミラーを片付けさせてしまう。そして「いっぺん鏡の外へ出たかったんだ。さあ、うんと遊ぼう」と言って、先ほどのび太がコピーしたばかりのサッカーボールを蹴り始める。

ところが、「まだ遊んでるの」とママに目を付けられ、「今朝からちっとも勉強してない」と無理やり机に座らされる。鏡の中ののび太なので、左手で鉛筆を持ったため、それでまた注意を受ける。・・・こんなはずじゃない、という鏡ののび太の気持ちが伝わってくる。


その頃ドラえもんは、「どら焼き、もう一つ食べたい」と食い意地を張らせ、戸棚のどら焼きを一個借りて、「フエルミラー」で増やせばいいと思いつく。

そこでミラーを取り出してスイッチをつけると、鏡に大泣きしているのび太が写る。ハッとするドラえもん、何を言い出すかと思えば「僕、こんな変な顔してたかな」と、お約束な一言。


鏡の中にいるのび太が本物で、今こちらの世界にいるのび太はニセものだとそこで気がつく。さあ、のび太同士の戦いがまた始まるのか、と思いきや、ママにゴリゴリと勉強させられていた鏡ののび太が逃げ出してくる。

「僕、帰る。こんな厳しい世界はこりごりだい」

・・・問題なく、二人は元通りの世界に落ち着くことになりそうである。


さて、ここまで読み進めて、鏡の中の世界は一体どうなっているんだろうかと疑問が浮かぶ。

最初は、フエルミラーを起動させた段階で、鏡の中の世界が立ち上がるのが自然ではないかと考えたが、鏡からやってきたのび太の「いっぺん出たかった」という発言から、フエルミラーが存在しなくても鏡の世界は元から存在しているように思える。

また、鏡の中に押し込まれたのび太も、「フエルミラー」のスイッチを切っても消えることはなく、再起動したときに戻って来れるようになる。つまり、鏡の中の世界は、今の世界とは別の形でこれまでもこれからも存在しているということなのだ。

しかし中は真っ暗であることも分かっていて、そこには現実のママのようなガミガミと勉強しろと叱ってくる人もいないようである。

以上の考察から、鏡の中は、現実とは全く異なる世界が広がっているのは確実だろう。ただし、本作だけではあまりに情報量が少なく、これ以上のことはわからない。




この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?