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日常はなんと美しいのだろう。「チイちゃん」/ちょっぴりマイナーな幼児向けF作品⑧

エンタメコンテンツの世界にいると、よく耳にする言葉に「メディアミックス」というものがある。

もはや説明は不要だろうが、メディアミックスとは、一つのコンテンツを世の中に広めるにあたり、複数の媒体を横断して同一コンテンツを売り込むべく展開を広げることである。

いつから使われた言葉かは知らないが、かつての角川映画の宣伝手法がよくメディアミックスだともてはやされた。すなわち、映画を売るにあたり、書店で作家のフェアを実施し、映画と本の切り口それぞれでTVスポットを大量投下、さらに主題歌を作って、その音源をレコード屋やラジオで流し、テレビの歌番組でも歌わせる。

そうやって、複数のメディアで同時多発的に露出を図り、圧倒的な認知度を獲得する手法である。角川商法などと揶揄されたが、映画は世間的に大きな存在感を放つことに成功したのだった。

ちなみにこの方法を取り入れたのが、TV局、特にフジテレビだった。そして今では、ここにWEB展開も絡めるなどして、どこもかしこもマルチメディア戦略を掲げている。とっくに使い古されている手法のはずだが、いまだに有効的なのだろう。


もっとも、メディアミックスという言葉が生まれるもっと以前から、多メディア展開は実行されていた。おそらくはテレビという強力なメディアがお茶の間の中心に据わって以降、メディアミックスが立ち上がったのではないだろうか。

本稿で紹介する、ちょっぴりマイナーな幼児向け作品「チイちゃん」は、そうしたテレビと雑誌をマルチに展開していタイトルである。どのようなものだったのか、この後解説していこう。


「チイちゃん」「幼稚園」1961年6月号~12月号(全7話)
*8月号からは「ちいちゃん」に改題

本作は小学館の幼児向け雑誌「幼稚園」にて7ヵ月に渡って連載された作品。毎話2~3ページの小品ではあるが、そのページ数からは想像もできない程にお話に広がりがある。


「チイちゃん」は、小学館が一社提供する子供向け番組「わんぱくパトロール」を漫画化させた作品である。まずはその番組からご紹介しておこう。

「わんぱくパトロール」
・日本テレビ系列にて1961年5月~12月放送
・平日18:00から15分間の帯番組
・原作とメイン脚本家に高垣葵氏を起用
・本作を原作にして、「幼稚園」では藤子F先生が「チイちゃん」、「小学一年生」では松山しげる(茂)先生が「わんぱくぱとろーる」を連載
・番組の提供(スポンサー)が小学館

「わんぱくパトロール」というドラマ番組が立ち上がり、これを原作として2本の漫画を同時連載させようという試みである。その一本が藤子先生による「チイちゃん」であった。

「チイちゃん」も「わんぱくぱとろーる」も、「テレビまんが」と表記させてメディアミックス感を演出していたようである。


本作のメディアミックスの仕掛人である小学館は、この作品の少し前にも全く同じような手法で「ピロンの秘密」という作品をメディアミックス展開させている。

この時は、手塚治虫先生の原作をベースに、テレビで子供向けドラマを制作し、さらに藤子F先生に幼年雑誌で「ピロンちゃん」というタイトルで漫画連載をさせている。

図らずも手塚治虫先生の原作を元に、藤子F先生が幼年向け漫画を描くという、今思えば最高に贅沢なコンビワークが行われたことになる。

「ピロンちゃん」のメディアミックス展開、藤子先生と手塚先生の奇跡的なコラボについては、詳しい内容をたっぷりと記事化させているので、もしよろしければご覧ください。


もう一点、テレビドラマ「わんぱくパトロール」の原作者で、メイン脚本家を務めた高垣葵氏にも触れておきたい。高垣葵は、長らく怒涛の執筆量を誇った流行作家で、藤子絡みでは「海の王子」の原案者として知られている。「チイちゃん」でも「原作:高垣葵」とクレジットされている。

偶然かもしれないが、「わんぱくパトロール」も「海の王子」も、主人公が兄と妹という組み合わせとなっている。藤子作品では「パーマン」などがこのパターンにハマる。


では続けて、内容に入っていこう。

主人公は、幼稚園児のちいちゃん(ちいこ)。家族は、小学生のお兄ちゃんと、交番勤務の警察官であるおとうさん、おそらく主婦のおかあさんの4人構成である。

ドラマ版や松山しげるの漫画版タイトルは「わんぱくパトロール」なので、子供が町をパトロールする、といった展開だったと想像される。

藤子版の漫画では、そうしたパトロール感は一切感じない。むしろ事件性のない取り留めのない日常がほんわかと描かれる内容となっている。

では、続けて全7話分の簡単なお話もチェックしておく。本稿を書くにあたり、ネットであらん限りの検索をしたが、「チイちゃん」の詳細に触れている記事は全く見当たらなかった。

その意味で、世界初の「チイちゃん」作品解説と考えてもらいたい!!



『おるすばん』「幼稚園」1961年6月号

他愛のない2ページしかない初回作品だが、何気なく登場キャラクターについてきちんと紹介している。

チイちゃんは、兄のいたずらに対して食ってかかるほど負けん気が強く、パッと飛びつけるほどに運動神経も良く、転んでも泣かない快活な女の子だ。ただしお留守番をしてたことをつい忘れてしまううっかり者でもある。

お兄ちゃんは野球が好きな少年で、いたずらも好きだが、転んだ妹をすぐに心配する妹思いの性格

家を不在にしてしまって「泥棒が入ったらどうしよう」と慌てるチイちゃんが家に戻ると、警察官が座っており、この人がチイちゃんのお父ちゃんだったというオチとなる。

お母さんのキャラクターは掴み切れないが、まずは顔見世というところだろうか。


『だめ!』「幼稚園」1961年7月号

お兄さんがチイちゃんを置いて野球に出かけてしまう。チイちゃんは空き地に行き、飛んできたボールを拾って、落とし物だと言って交番へと走っていく。

するとチイちゃんは転倒して、ボールを怖そうな犬の前に転がしてしまう。するとこの犬がボールをくわえて、交番に落とし物として届けてくれる。

そして交番でボールを受け取るのはお父さん。その姿は、口ひげを生やして、前回から少し貫禄がついたように見える。というか、全く別人のようだが・・。


『ボールとすいか』「幼稚園」1961年8月号

本作からタイトルは平仮名表記の「ちいちゃん」に改題される。8月号ということで家族4人で海水浴へ行くお話。

ビーチでチイちゃんとおにいちゃんで、スイカ柄のボールでドッジボールをする。おにいちゃんが暴投し、ボールは混雑した雑踏の中へ転がり、それをチイちゃんが探しにいく。

ボールが見つかったかと思えば、スイカ柄の帽子を被って砂に埋まっていた少年の頭。そうしているうちに、スイカ割りをしていた男性が、間違えてチイちゃんのボールを叩いて破裂させてしまう。

思わず泣き出してしまうちいちゃんに、スイカ割りをしていた男性が代わりにスイカを譲ってくれる。

ひと言でいえば、スイカ柄のボールが本物のスイカになりました、というお話なのであった。


『にげたまつむし』「幼稚園」1961年9月号

すっかりお父さんが警官である設定が生かされていないが、本作では制服姿で帰宅することで辛うじてアピール。しかし「まつむし買ってきたよ」と、お土産を渡す姿が、少し間抜けに見えなくもない。

あと、この時代から都会では虫を買うという文化があったことを本作で知る。

おにいちゃんがまつむしにエサをやろうと虫かごを開けると、まつむしは脱走。虫取り網で捕まえてかごに戻すが、ちっとも鳴かないので、変だと思っているとそれはあぶらむし(ゴキブリ)であった。

結局まつむしは庭に逃げ込み、そこでりいんりいんと鳴きだす。「かごより広くて喜んでいるよ」と、家族4人縁側で虫の音を鑑賞するのであった。

本作ではちいちゃんはそれほど活躍しないが、浴衣姿で可愛さの見せ場が用意されている。


『かきとおじいさん』「幼稚園」1961年10月号

本作は個人的に一番のお気に入り。柿と怖いお爺さんという「オバQ」での神成さんを彷彿させるやりとりとなっている。

チイちゃんが柿を買って帰るところにおにいちゃんが合流。二人で歩いていると空から柿が数個落ちてくる。なんだと見上げると、わんぱくそうな少年が柿を大量にもいでいる。

この少年は柿泥棒で、そのまま逃げていってしまうが、そこへ柿の木の持ち主である老人が走ってくる。そしてチイちゃんたちを柿泥棒と勘違いし、買ってきた柿も全て取り上げられてしまう。

完全なる濡れ衣。困って帰宅すると、お母さんも一緒に困り果てる。するとそこへ先ほどのおじいさんが、神妙な面持ちで訪ねてくる。没収した柿は、よく見たら自分のとこの柿ではないと気がついて、返しにきてくれたのだ。

間違いを認めて謝ってくれる老人が印象深い一作であった。


『おかあさんにもみせたい』「幼稚園」1961年11月号

10月号の「柿」に続いて、11月号では「菊人形」がテーマ。掲載する月に合わせた季節感のある題材を選ぶのが、当時からのF流である。

菊人形を見てきたチイちゃんとお兄ちゃんとお父さん。家で留守番だったおかあさんを可哀想に思ったチイちゃんとお兄ちゃんは、お父さんの銭湯の誘い、友だちの遊びの誘い、夕ご飯ができたというお母さんの掛け声にも、全て「あとで」と答えて、部屋から出てこない。

何をしているのか両親が見に行くと、折り紙で菊の花を大量に折って、それをチイちゃんの体に付けている。熱心に二人はお手製の菊人形を制作していたのであった。

とってもほんわか良いお話である。


『おにいちゃん』「幼稚園」1961年12月号

テレビドラマ終了と共に、漫画版も本作で最終回。警察官のお父さんはもはや登場もしていないが、兄妹の絆を感じさせる感動的なラストを迎えるお話となっている。

チイちゃんがおかあさんに頼まれて、手紙をポストに投函に行く。途中でお兄ちゃんに「ついていこうか」を声を掛けられるが、「一人で行ける」といって、そのままポストへ走っていく。

ところがポストに着いたものの、投函口が高くて手が届かない。チイちゃんが困っていると、お兄さんが現れて、チイちゃんを抱っこして投函させる。

お兄ちゃんは、一人で行ってしまったチイちゃんの後をこっそり付いてきていたのだ。二人は夕暮れの中、手を繋いで帰路につく。

夕陽を浴びて逆光のシルエットが浮かび上がる、美しいラストシーンであった。


単なる日常のお話。けれど何だか美しく輝いて見える。季節の移り変わりや、人と人との繋がりを、わずかなページ数で表現する完成度の高さ。

お父さんがおまわりさんという設定は生かしきれなかったが、終始チイちゃんの目線に立ったほんわかしたお話で、隠れた秀作ではないかと思う。



メジャーからマイナーまで。幅広くご紹介しています。


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