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のび太のパパは苦労する『くろうみそ』/冴えない中年サラリーマン③

藤子キャラにおける「冴えない中年サラリーマン」と言えば、真っ先に浮かぶのはのび太のパパではないだろうか。

実際にはきちんとした会社員だし、社長が遊びに来るくらいの関係性も築いている。まだ係長あたりの役職だが、一応部下はいる。

けれど、のび太からすれば、休日のパパはだらけているし、何かパッとしないのだ。

今回はそんな冴えないのび太のパパが、ピシャリと人生訓を述べる意外な(?)作品を見ていく。


『くろうみそ』
「小学六年生」1975年4月号/大全集3巻

本作は10ページの作品だが、構成が一味変わっている。

冒頭2ページ(10コマ)は、のび太が机に向かって時計をチラチラ気にしたり、鼻くそをほじったりしている。どうやら遊びに行く前に一時間勉強机に向かうことになっているようなのだ。

そして一時間が経過し、部屋を飛び出そうとすると、パパが部屋に入ってくる。先ほどからのび太の様子を見ていたようだが、あまりの勉強の身の入らなさに対して、お説教をしようというのである。


そこでのび太は、「短く済ませましょう」とパパをけん制するのだが、ここから、伝説的なメタな会話が行われる。

「お説教なんて面白いもんじゃないからね。長々やるとこの漫画の人気が落ちる」

対するパパも、

「いいや、二ページほどやる!!」

とメタに応じるのであった。


ここからは本当にパパが2ページ丸々使って、のび太のやる気を奮起させるお説教を述べていく。少し難しめな教訓をいくつも交えたりしながら・・。せっかくなので、抽出してみよう。

まず大前提として、のび太の普段の行動に対して、嫌なこと・面倒くさいこと・苦しいことから逃げようとばかりしていると指摘する。まるで「水が低いとこ低いとこに流れていくように」と。


そして、

①人生とは重い荷物を持って坂道を上るようなもの
②人生にはいつも向かい風が吹いている
③かん難汝を玉にす=苦しみ悩んでこそ、立派な人間になれる
④我に七難八苦を与えたまえ(山中鹿之助)
⑤憂きことのなおこの上に積れかし限りある身の力ためさん
→悩み事よやってこい。自分の力には限りがあるが、精一杯頑張るぞ

この5つのことわざや歌を引用し、熱くまとめる。

「昔の人たちは、こうして強く逞しい自分を育て上げた。君も男ならやってみろ! 逃げたりしないで。辛いこと苦しいことに、ドンとぶつかって行け!!」


このパパの全力のお説教に対して、意外にものび太は強く感銘を受ける。

「僕はパパの言葉で目が覚めたような気がするよ。やるよ!僕は!!ドンとぶつかるよ!」

影響を受けやすいのび太にも笑ってしまうが、のび太のパパの語彙力や教養の深さに少し驚く。そして、この2ページの間パパはタバコをふかし続けており、最初のコマでは空っぽの灰皿が、終わりのコマでは吸い殻で溢れかえている


説得が通じて満足げなパパ。のび太は興奮し、ちょうど部屋に入ってきたドラえもんに対し、

「僕は、・・・僕は、玉になるぞ!!」

と「かん難汝を玉にす」のうろ覚えを披露する。ドラえもんは「簡単にその気になるんだなあ」と少々呆れ気味。


そしてのび太はパパの言っていた(七難八苦)を出して欲しいということになり、ドラえもんは「くろうみそ」という味噌を出す。この「くろうみそ」を舐めると、何をするにもひどく苦労するという効用があるようだ。

のび太は「くろうみそ」をひと舐めして、おやつを食べると決意する。ここから苦労の始まりである。


一階に降りると今におやつの煎餅が置いてある。食べようとすると、ママが手を洗ったかと聞いてくる。石鹸をつけるように言われるのだが、あいにく石鹸が切れている

そこでママに石鹸の買い物を頼まれ、パパもついでに太田さんのとこにゴフルバッグを預けているので、受け取ってきて欲しいと頼んでくる。


「僕は負けない」と雑貨屋へ行くが、商店街はちょうど一斉休業日なのであった。「へこたれるものか」と町はずれまで走っていくと、空いている薬局を見つけて石鹸をゲット。

ここから太田さんの家までたっぷり一キロ。太田家でゴルフバックを渡されるが、かなりの重量である。ゴルフバックはとても小学生が余裕で持てる重さではないが、それをパパは知っていて苦労を与えたのだろうか。

「人生は重い荷物を背負って歩くもの」と呟ていると、向かい風も吹いてくる。パパのお説教の①と②が現実のものとなったのである。

のび太は挫ける一歩手前で、ようやく帰宅。玄関口でフニャラ~と倒れ込んでしまう。よく頑張ったと出迎えてくれるドラえもん。


苦労を重ねてようやくたどり着いたおやつ。いちだんと美味しいだろうとドラえもんが声を掛けると、のび太は「しかし・・・」と不満な様子。そして、

「僕は疑問を感じるな。たかがおやつを食べるためにこんなに苦労するなんて割りが合わないや」

と、すっかり「玉」では無くなっているのであった。


のび太の愚痴を聞いたパパは呆れる。のび太は「くろうみそ」をパパも舐めれば考えが変わると言って勧める。すると、パクパクと味噌を食べ始めるパパ。

あまりの食べっぷりに、「苦労する」とのび太たちに制止されるが、「苦労は金を出しても買え」と昔の人は言っている、と意に介さない。


パパは決意を胸にタバコに火をつけようとするのだが、ライターの石が無くなっている。先ほどのび太の部屋で吸い過ぎたのだろうか。台所のマッチもちょうど切れている。タバコ吸うにも一苦労となってきたようだ。

商店街は一斉休業日なのでタバコ屋も開いていない。駅前の喫茶店でマッチを貰おうと家を出ると、大雨が降っている。先ほどののび太を苦労させた向かい風は、雨の前ぶれだったのだ。

傘を差そうにも、傘も太田さんのところへ置き忘れていてない。太田家にはゴルフバックと一緒に傘も置いてしまっていたようだ。


さあ、タバコを吸うのは諦めるのか。ニヤニヤと意地悪く様子を見ているのび太とドラえもん。するとパパは決意が固い。

「男が一度思い立ったことを諦められるか!!」

のび太のパパは、原始時代よろしく、木材をこすり合わせて火を起こそうと、簡易的な火起こし器を作って、ゴシゴシゴシと木の棒を回転させる。

「人生は厳しいなあ」と、冷ややかに見つめるのび太とドラえもんなのであった。


何事も諦めない姿勢は素晴らしいが、所詮はタバコの一服。健康のためにも、喫煙は早々に止めた方が良さそうに思われる。

まあ、総じて冴えない中年サラリーマンのパパなのである。



「ドラえもん」の考察しています。


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