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Qちゃん正ちゃん幕末に飛ぶ『咸臨丸とQ太郎』/オバQ異色作②

前回の記事で、「オバケのQ太郎」のストーリー構成の自由度の高さについて解説を行った。まずはその点の補足説明から。

「オバQ」はQちゃんを始めとするキャラクターの魅力を前面に出す作品なので、毎回何かテーマを設定し、その中にQちゃんたちを放り出すことで、ストーリーが自由に作られていく。

たいていの場合は日常をベースにしていて、忍者ごっこや会社ごっこなどの「ごっこ遊び」や、林間学校やハイキングなどに行く話もある。TVスターになろうとしたり、釣りをしてみたり、ファッションショーしてみたりする。

その一方で日常から離れた話も登場する。地下の国に迷い込んでみたり、オバケの国に行ってみたり、世界一周をしたりなどだ。

読めば読む程に「なんでもアリ」という感覚を覚えるし、実際にその自由度の高さを活かした異色なお話も多い。

そこで「オバQ異色作」と題して、前稿ではQちゃんが西部の流れ者となった「西部劇」『オバQ西部へ行く』を紹介した。本稿でも、同じような時代のアメリカが舞台となる「異色作」を取り上げたいと思う。

前回の記事はこちら。



『咸臨丸とQ太郎』
「月刊別冊少年サンデー」1967年1月号/大全集5巻

本作はオバQの最終回間近に発表された作品で、かなりの特別感がある。冒頭、パパの田舎の兄から古い写真が送られてくる。蔵の中を整理していたら出てきたらしい。

食べ物が送られてきたわけではないと分かると、Qちゃんは興味を無くしてしまうが、正ちゃんがその写真を見ると、アーッと大声をあげる。写真には真ん中に正ちゃんそっくりの武士が座っていて、その両脇にQちゃんをドロンパが写っているのである。

万延元年(1860年)の写真ということで、パパはここに写っているのはひいじいさんの正右衛門であるという。正ちゃんは写真の謎を解明するべく、歴史の先生を尋ねることに。

Qちゃんはお雑煮が煮えたということで家に残る。最初は頭の中は謎の写真のことでいっぱいで、「是非調べなくては」などと思っていたのだが、次第に餅に気を取られて、お腹いっぱいになり、写真のことをは忘れて屋根の上で寝てしまう・・・。


さて、夢かうつつか、不思議な物語はここから幕を開ける

Qちゃんが目を覚ますと、船の中で揺られている。そこで正ちゃんそっくりの武士に「Q助」と呼び掛けられる。Q助というのはQ太郎のおじいさんの名前であるという。(初耳だが)

さらに武士の格好の正ちゃんに「正ちゃん」と声を掛けると、気安く呼ぶなと注意される。名前は大原正右衛門だと名乗る。これはパパが言っていたパパのひいじいさんと同じ名前である。

どうやらQちゃんは、写真に写っていた世界に迷い込んでしまったようだ。


Qちゃんが乗っていた船は、咸臨丸。初めて太平洋を渡った日本の軍艦で、戦将はかの有名な勝海舟。写真と同じ万延元年のことで、明治維新の8年前の出来事であった。

船が先ほどから大揺れしているのは、嵐に巻き込まれているから。航海に不慣れなため、帆も広げたままだったので、強風をモロに受けてしまっているのだ。

そうこうしているうちに大波が船に襲い掛かり、Qちゃんは飲み込まれて船の外へ。強風で飛ぶこともできず、何とか丸太に掴まったQちゃんは、一人大海に漂流してしまう。


それから何日か経ち、オバQはアメリカの西海岸に流れ着く。アメリカは当然のことだが、言語は英語。Qちゃんは日本のオバケなので、英語がさっぱりわからない。

ここで、作中に藤子不二雄先生が出てきて、角ばった吹き出しのセリフは英語だと注釈をつける。吹き出しの形で言語を変えるやり方は、ありそうであまりない発想かもしれない。


英語が話せないQちゃんが、一生懸命に腹が減ったと主張しても周囲のアメリカ人にはさっぱり通じない。大きな口を開けて「食べたい」と叫んだので、人食いオバケだと勘違いされて、保安官の元へと連行される。

Qちゃんはここからずっと、留置所をホテル、保安官をボーイと勘違いする。

留置所には銀行ギャングのナップ・キッドが収監されているが、相部屋のお客かと思うQちゃん。出された少量の食事に納得いかず、鉄格子をスウっと抜け出してお代わりを保安官にお願いする。

Qちゃんの壁抜けの技を見たナップ・キッドは、鍵を取ってくるよう指示を出す。Qちゃんも「ホテルのくせにお客に鍵を渡さないのはおかしい」と納得し、キッドの言う通りに鍵を持って来てしまう。

ここでの一連のホテルと留置所を勘違いするネタは、まるでアンジャッシュの良くできたすれ違いコントのような出来栄えである。


さて、保安官の知り合いとしてドロンパそっくりのオバケが登場。保安官にはボロンパと呼ばれている。ボロンパは見た目そっくりのドロンパ同様、憎たらしい言い回しをするので、保安官に帰れと怒られてしまう。

その後夜になって保安官が寝静まり、キッドが目を覚ます。Qちゃんに入手したもらった鍵を使って牢を破った後、保安官を気絶させ、役に立つからとQちゃんも一緒に連れて外へ出ようとする。

するとそこへ、ボロンパが「動くな」と言って銃口を向けてくる。Qちゃんはドロンパかと思って馴れ馴れしく話しかけると、いきなり銃を撃ち込んでくる。

そのまま取っ組み合いの喧嘩となるが、ボロンパの胸の星を奪って遠くに投げ捨てて、この勝負はQちゃんの勝ち。ドロンパと同じく、星が取れてしまうと力がでなくなるようである。

なお、この時点でもQちゃんは留置所をサービスの悪いホテルだと勘違いし続けている。


キッドはQちゃんは空を飛べると知って、サンフランシスコへに行きたいと言い出す。Qちゃんも咸臨丸が入港する港だったと思い出し、サンフランシスコに行けば正ちゃんに会えると考える。

一方キッドたちを取り逃がした保安官は住民たちから強く責められる。保安官助手であるボロンパは、保安官の代わりに二人の後を追うことにする。

Qちゃんは長く空を飛び続けられないので、休息を挟もうとするのだが、追われているキッドはQちゃんをやたらと急かす。その際にライフル銃を撃ったりするものだがら、Qちゃんは嫌になってキッドから離脱。

当てもなく空を飛んでいくと、追ってきたボロンパとかち合い、交戦となる。ここでのやりとりで、ようやく留置所がホテルではなかったことを知るQちゃん。保安官が責任を問われていることを思い出して、一筋の涙をこぼすボロンパ。ここで、保安官は神成さんによく似ていることに今さらながらに気がつく。

怒りの収まらないボロンパは拳銃を撃ってQちゃんの毛を一本飛ばす。『オバQ西部へ行く』でも似たようなシーンがあった。

撃たれると覚悟を決めたQちゃんだったが、そこへ正ちゃん(正右衛門)がボロンパの背後から現れて、気絶させる。正ちゃんも、Qちゃんと同じタイミングで波にさらわれて、別の西海岸に流れ着いたのだという。


サンフランシスコに急ぐ二人。咸臨丸はとっくに入港しているらしく、早くしないと出港してしまう。そうなれば一生日本に帰国できなくなるかもしれない。ちなみに史実では咸臨丸は修理などに時間を要して、約一ケ月間停泊していたようである。

焦るQちゃんと正ちゃんだったが、仲間と合流したキッドがボロンパを捕まえて、首を吊られようとしている場面に遭遇してしまい、最初は見捨てようとも思った二人だったが、武士として卑怯な態度だったと思い直し、助けることにする。

思いの外強い正右衛門とオバQも大奮闘して、キッド一味を一網打尽。ボロンパの星も取り返して上げるのだが、相変わらず感じの悪いボロンパは、キッドを逃がしたのは君だからと言って感謝の言葉を発しない。

そればかりか、咸臨丸なら昨日日本に向けて出発したと告げて、正ちゃんたちはショックで泣き出してしまう。


ところが、本質的にツンデレのドロンパ、いやボロンパは、汽車に乗ればいいと二人にアドバイスする。汽車に乗ってワシントンに行けば、新見正興一行の遣米使節が来てるので、そこに合流できるという。そうなれば、アメリカ海軍のポーハタン号で帰国できるというのだ。

元々咸臨丸はポーハタン号の護衛と言うことで出航していたので、ほぼ同時期にアメリカに停泊していた。歴史的な事実を踏まえた、ご都合主義になっていない構成なのである。


汽車に乗ってワシントンを目指す二人と、同行してくれているボロンパ。するとトンネルの中に入り、煙に包まれてしまう。咳き込むQちゃん。

・・・屋根の上で煙突から出てきた煙でむせて、Qちゃんが目を覚ます。どうやら現代に戻ってきたようである。それとも夢から覚めただけなのかも。

そこへ、正ちゃんが歴史の先生の見解を聞き取って帰ってくる。万延元年には咸臨丸がアメリカに行ったので、正右衛門も同船していたのではないかというのだ。

それはQちゃんが先ほど体験したことと一緒。Qちゃんが夢で見たことを正ちゃんに解説する。なぜそんなことを知っているのか不思議がる正ちゃん。Qちゃんの体験は、やっぱり単なる夢ではなかったのだろうか?

通りがかったドロンパに、「ボロンパ、一言くらいお礼をいったらどう」とQちゃんが話しかける。当然、意味がさっぱりわからないドロンパなのであった。


夢かうつつか、転生か。SF(すこし不思議)な、大変に印象深いオバQ特別編である。



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