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地球は再生する。みどりの力を借りて。『みどりの守り神』後編/世界は破滅する④

『みどりの守り神』
「マンガ少年」1979年9月創刊号/大全集「少年SF」2巻

数ある藤子F先生のSF短編の中でも、最高傑作と位置付けられている超大作『みどりの守り神』

タイトルにある「みどり」とは、植物のみどりと主人公の名前のみどりの二つが掛かっている。すなわち、『みどりの守り神』とは、ミドリ色の守り神という意味合いと、主人公みどりの守り神という意味が込められている。

前稿では物語の導入と、旅の初日のサバイバルをたっぷりと見てきた。本稿はその続きとなる。


前稿で触れたが、本作のテーマは大きく二つある。

① 世界の異変についての謎
② 過酷な環境下での人間の醜悪

飛行機事故を生き延びた男女二人が世界の異変を体験し、その謎がどんどんと深まっていく。それと同時に、旅の同行者坂口五郎の、絶望下における醜悪な性格にみどりが苦しめられていくというストーリーラインが描かれていく。

優れたサバイバルものでは、例えば名作「LOST」がそうだったように、世界の謎を解き明かす流れを軸にして、主人公たちの追い詰められていく精神状態を描き出すのが通例となっている。

本作はそうしたサバイバル作品の王道のような構成となっているのである。


では二人の旅の続きを見ていこう。

朝、みどりが目覚めると、部屋が緑っぽく見える。一晩のうちに緑色のコケが部屋中に生えていて、気がつくとみどりが痛めていた足が完治している。みどりは思わず「神さま、ありがとうございます!!」と感謝の言葉を述べる。

パートナーである坂口の姿がない。昨晩はみどりに対して怒っていたので、一人で行ってしまったのかと思いきや、川っぺりでイカダを組み立てている。これで川を一気に下ってしまえば、時間も短縮し足が痛まないだろういう考えである。

カナヅチのみどりは渓流下りに対して怖いと躊躇するが、坂口は再び暴君ぶりを発揮し、「置いて行かれたくなければ乗るんだっ」と大声を出す。しかも支度してくるというみどりに対して、「一分でも早く川を下ろう」と言って、いきなり旅を再開させてしまう。

後でわかるが、みどりは最低限の食料や水の準備をしようと考えていたのだ。しかし、思い立ったら言うことを聞かなくなる坂口は、強引にイカダに乗せてしまう。この妙なせっかちさが、坂口の大いなる欠点だと言えよう。


イカダでの川下りは、序盤は順調そのもの。坂口は調子に乗って、「僕の言う通りにしていれば間違いない。これからも素直にしたまえ。君には僕しか頼れるものがないんだから」などと、みどりに畳みかける。

このように相手に都合の良いレッテルを貼りながらパートナーの自由意志を奪っていくやり方は、まるでDV男の手口そのもの。このようなサバイバルな環境において、主従関係を作って相手を支配しようとする坂口は、かなりの問題児と言えるだろう。


川幅は広がり流れも緩やかになる。しかし行けども行けども、両岸はジャングルで、しかも気候は完全に夏。お地蔵さんの山道や日本家屋の集落を見てきたので、ここが日本であることは明らかだが、周囲を見渡せばここはまるでアマゾン地帯のようだ。

水の中には魚もいない。鳥が飛んでいるように一瞬思えたが、やはり何も見えない。そうこうしているうちにお腹が減ってきて、坂口がキレだす。

「君の責任だっ。食べ物の準備は女の役目じゃないか!! 木の実の一つも積み込んでおかないなんて、このウスボンヤリ!!」

いきなり出発を命じたのは坂口だし、そもそも食べ物の準備は女の役割だという強烈な男尊女卑の考えが見て取れる。本来、原始時代であれば食料の確保は男の役目だったわけで、このようなサバイバルな環境で女の子を責めるのは間違っている。

みどりは「支度しようと思ったが坂口が急き立てるから」と反論すると、さらにブチ切れして、「この僕に口答えする気か!?僕に逆らうのか!?」と、暴力を振るわんばかりに興奮する。

さらに最悪なことに、イカダ操作に必要な竿を蹴飛ばしてしまい、川へと流してしまう。これをみどりのせいにして、「君のせいだぞ!!バカ!!トンマ!!死んじまえ!!」と酷い暴言を連発する。完全に言葉の暴力である。


しばらくして、「言い過ぎたよ」と反省を口にする坂口。しかし「腹が減ると気が立ってくるものだ」と言い訳もする。お腹が減っているのはお互い様であって、一方がそれを理由にキレるのはおかしい。このあたり、坂口の幼稚さが目に余る。

すると、進行方向の川の中央に、一艘の大きな船が浅瀬に乗り上げて座礁している。竿を失ってコントロールの効かないイカダは、そのままなすすべなく船体に激突してしまう。

イカダは大破し、二人は水の中へと落とされる。カナヅチだと言っていたみどりは「助けて・・」と声を上げるが、何と坂口もこの期に及んで、「実は自分も泳げないんだ」と言い出して、二人とも溺れてしまう。

深く、深く、川底へ沈んでいく二人・・・。それにしても、何から何まで坂口はどうしようもない男だ。


気がつくと、二人は川辺に立つ植物のツルに巻かれて、空中にぶら下がっている。生きていることが信じられない二人。みどりは「ツルが水面まで伸びて、自分たちに絡まったのかしら」と、ありもしないことを想像する。

偶然なのか、それとも誰かが助けてくれたのか。過酷な環境ではあるが、何者かが二人を守ってくれているように思えてくる


川幅はとてつもなく広く、河口は近いはずだが、町一つ見当たらない。ここは一体どこなのか。今夜の宿を探すべく、二人はさらに先に進んでいく。彼らは気が付かないが、近くには植物に覆われた車が止まっている。先ほどの船と言い、文明の気配がしてくる。

みどりは気がつく。高く茂った木の上にそびえ立つビルを。・・・ビルは一棟ではない、何棟もの超高層ビルが林立している。二人は事態を把握し、叫ぶ。

「ここは東京だ。東京がジャングルになっているんだ!!」

単行本版ではここで見開き2頁を使って、おそらく新宿西口と思われる風景がジャングル化している様子が描かれている。この圧倒感は、映画「猿の惑星」でのラストシーンを彷彿とさせる。


近くのビルに入り、みどりは大量の缶詰を発見したらしく、もう食べ物の心配はいらないと喜んでいる。ところが、坂口は静かに新聞を読み耽ったあと、みどりの言葉も耳に入らずにフラフラしている。

坂口は、過去の新聞を読み返して今二人が置かれている状況を把握したのだった。坂口は、語り始める。

「細菌だったよ。全滅の原因は。4月17日以後の新聞だ。世界各地に奇病発生、爆発的感染力、細胞を溶かし感染後一週間以内に死亡、予防治療に決めてなし」

本作はコロナ禍において、たびたび話題になる作品で、細菌(ウイルス)によって世界が破滅するという展開が、しばしば引き合いに出されていた。

僕自身も、コロナの爆発的な広がりを見て、本作と小松左京の「復活の日」を思い出したことを付け加えておく。


細菌はどこかの国が秘密兵器として培養し、何かのはずみで外部に漏れたと予測されている。その威力は開発者たちの想像を遥かに超えて広がり、全地球上の虫一匹も見逃さず全滅させてしまったのだという。

坂口は事態を説明しながら、どんどんと正気を失っていく。町にさえ出れば助かると信じていたのに、それが裏切られたショック。たった二人きりしかこの世にいないという絶望感。

みどりはきっとまだ誰かが生き残っているはずと勇気づけるが、もはや聞く耳を持たない坂口は「無責任な気休めは止めろっ」と言って、みどりを張り倒す。そして、

「おしまいなんだ。何もかも、もうおしまいなんだ」

と呟く坂口の顔は明らかに常軌を逸している。目が血走り、口からは涎がこぼれている。そして「ウフフフヘヘヘ・・」と笑いだし、ついには「ギャヒョー」と完全に発狂し、ジャングルへと突っ走って行ってしまう。

あれだけ俺についてこい宣言をしておきながら、絶望から神経を壊してしまう坂口。ことここに至ると、もはや悲哀の目でしか彼を見ることはできない。


さて、ついにたった一人になったみどり。彼女は翌朝、高速道路だった場所を歩いて、自宅へと向かう。廃墟と化した大都会をトボトボと歩く姿は、「アイ・アム・レジェンド」のウィル・スミスを彷彿とさせる。

みどりの行程では、お腹が空くと必ず目の前に食べ物があることに気がつく。それはまるで誰かが導いてくれているように思える。川の水は澄んでおり、都会のものとは思えない。

どうやらこの世界は、破滅してからかなりの日数が立っているように見える。


やがて、みどりは自宅に到着する。木々に覆われているが、家の中に入ると、何もかもが出発した時のままのよう。家族3人が写った写真立てに「ただいま」と声を掛ける。大好きだったぬいぐるみのクマちゃんにも帰宅したことを告げる。

みどりは家族写真に向かって言う。「これから母さんたちのそばに行く」と。独りぼっちで生きていくなんて、できないと思うみどり。人間の根源的な絶望とは、たった一人でいるという孤独なのかもしれない。


みどりは服がボロボロで、体中は泥だらけ。このままではあまりにみじめだということで、クローゼットからお気に入りの服を取り出し、水浴びをしに外へ出る。水道が出ないので自宅のお風呂が使えないのだ。(初出ではシャワーが出ていたらしいが・・)

大自然の中で、裸になって明るい陽の光を浴びるみどり。体を綺麗にして、服を着替えて自宅に戻る。すると、部屋の中にはさっきまでなかった草花が生い茂っている。みどりはまるで草花が自分を慰めているように思える。


けれどみどりの決意は固い。大好きだったオルゴールを開き、くまちゃんを傍に置き、カミソリを手首に当てる。血が滴り、絨毯に広がっていく。みどりはそのまま倒れて気を失ってしまう。

暗転。

ベッドの上でみどりは目を覚ます。脇には見知らぬ男性が座っている。男性は「まだ口を聞いちゃいけない。安心して眠りなさい」と声を掛ける。そして一言、

「みどりの守り神がついててくれるよ」

みどりは再び目を閉じて、眠りにつく。


日が変わり、みどりの体調は戻りつつある。男性が「樹液」を飲ませてくれる。牛乳みたいな味で、もっと栄養があるという。

そして男性は自己紹介する。名前は白河貴志。P・B・PテレビのAD。27歳だったと言うべきと。

そして白河は彼が確認できている世界の謎について語り始める。
・みどりを助けたのはみどりのカビ
・偶然かどうかわからないが、不思議に足が向いてみどりを発見した
・白河も谷川岳で大雪崩にあったが、カビによって生き返らせてもらった
・世界を破滅させた伝染病菌は低温には弱かったらしい
・白河やみどりは、体だけずっと冷凍保存されてきた

そして、さらに衝撃的な事実を添える。

「おそらく何百年も」


さて、ここからは白河の考える世界の理についての解説が始まる。藤子先生の本作におけるアイディアの核となる部分である。ポイントをかいつまんでおこう。


見慣れない植物が多いのは進化の結果だが、普通は数百年ではそこまで進化するものではない。あるきっかけから連続的な突然変異が促された。


炭酸同化作用、すなわち植物が空気中から炭酸ガスを取り入れ、代わりに酸素をはき出す働きのこと、が関係している。


植物とは逆に、動物は酸素を吸って炭酸ガスを出す。動物と植物は互いに助け合って何億年の間良好な関係だった。


動物がいなくなった世界では炭酸ガスが不足してしまう。植物にとっては動物のカムバックが必要である。


その必要性から植物の進化を生み出した。運動性を得て、意思を持ち、比較的保存の良い動物の細胞を再生させるという進化である。


みどりのカビはそうした進化の果てに生み出された生命体である。


こうした思考の流れを分かり易く解説する白河。当然この説明はみどりと共に、読者に向けられたものだ。

その結果、読者もみどりも同時に気がつくことになる。世界中には植物に助けられて再生された人々が他にもいるのではないかと。


こうした可能性を信じて、白河は北の方へと探検旅行を計画していた。みどりもその話に乗って、すぐにで出発しようと賛同する。なぜ北の方かと言えば、気温の低い地方に細菌の難を逃れた人々がいる可能性があるからだ。


こうして二人は旅立っていく。絶望的な下山の旅と異なり、未来に向けた前向きな旅である。

途中で狂ってしまった坂口も探し出そうと白河は言う。おそらく、世の中の道理がわかり、温厚で知的な白河が帯同すれば、坂口は以前のような暴君にはなるまい。

比較的二人が軽装なのは、食べ物の心配が要らないからである。おそらくは、空腹と同時に木の実が目の前に現れてくれるはずだ。


空を見上げると、東京タワーが立っている。そしてみどりが叫ぶ。

「鳥が!!」

東京タワーの遥か上を、鳥たちが群れを成して飛んでいるのが見える。鳥もまた、植物の力で再生したのだろう。思えば、みどりが坂口との旅の途中で何度か鳥を見たような気がしたが、それはきっと気のせいではなかったに違いない。


動物と植物が共存する社会。それは新しい人類社会の幕開けである。

人間は自らの科学力を誤って使い、自分たちを含めた全生物を地球上から滅ぼしてしまった。新しい世界では、もう二度と同じ過ちを繰り返してはならない。

本作は「UTOPIA 最後の世界大戦」の流れを汲む人間の愚かさを描いた作品であり、輝かしい人間の新世界を描いた作品でもある。

是非ともこの超大作を是非とも実写で映画化してもらいたい。誰かお金出してくれる人はいませんか~。


SF短編を全て語ります。


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