誰か映画化してくれ!!最高傑作サバイバル『みどりの守り神』前編/世界は破滅する③
藤子F作品にのめり込むパターンは、ほぼ決まっている。
まずは「ドラえもん」のアニメやコミックから入り、「パーマン」や「キテレツ大百科」「エスパー魔美」などに広がっていき、その後「SF短編集」に出会うという黄金パターンである。
「SF短編集」は小学校高学年以上を対象とした「少年SF短編」と、ターゲットを大人向けに振り切った「異色SF短編」に大別される。
SF短編は「ドラえもん」などと同じ絵柄だが、表現は「ドラえもん」ほど優しくはない。というよりも、ある種のストッパーを外しており、かなりエグイ描写も散見される。
直接的に殺人などの暴力描写や自殺なども描かれ、作品によっては性描写も取り入れられている。得体の知れない不気味さや人間の恐ろしさ、醜さも容赦せずに表現する。
そうしたSF短編に触れてしまった読者は必ず思うことになる。これが「ドラえもん」を描いた人と同じ作者の作品なのか!?と。そう思ったら最後、藤子F作品の深淵にどんどんとのめり込んでいくことになる。
僕の場合、それはやっぱり「SF短編」だった。
4歳の時に大山のぶ代版の「ドラえもん」の放送が始まり、すぐに虜になった僕は、てんとう虫コミックスも買ってもらい、テレビ放送も釘付けになった。映画にも連れて行ってもらい、「ドラえもん」以外の作品のアニメやコミックを貪っていった。
当時は藤子不二雄は完全に二人で合作していたと思っていたので、F作品A作品関係なく読んでいたのだが、その中で例えば「魔太郎がくる」といったブラックな安孫子作品を読んだりすると、その作風の幅に驚いたものだった。
そんな時、9歳か10歳の頃発売された単行本が「藤子不二雄少年SF短編集」の第1巻であった。
このうちのリードタイトル『ひとりぼっちの宇宙戦争』は、正直度肝を抜かれた作品だった。地球人代表としていきなり決闘の舞台に立たされる主人公。感情の無いクローンの自分と一騎打ちをするが、すぐに劣勢に立たされてしまう。
「ドラえもん」と同じようなテイストかと思っていると、その一歩踏み込んだ容赦の無さが、ズシンと心に響くのである。
ちなみに記事がこちら。
こうして、藤子F先生の深淵に触れてしまった僕は、この後SF短編集を大人になるまでずっと読み漁っていくことになる。今では整理されて111本の短編があることが知られているが、子供の頃の僕はどれほどの作品数があるのかさっぱりわからなかった。深淵は恐ろしく深かったのである。
そんな中、いくつかのずば抜けてお気に入りのSF短編があるのだが、本作『みどりの守り神』はその一本となる。
まずそのスケールの大きさに驚かされる。ディザスター作品としても完成度が高いし、登場人物たちの人間的な弱さ・醜さも容赦なく、読みたくないのに読んでしまう力強さもある。ラストは一筋の明るい未来も提示されており、読後感も抜群。ともかくも完璧な作品なのである。
本作は初出時から膨大な加筆修正が行われおり、現在読める大全集版は48ページの大作となっている。そこで本作については、たっぷりと全貌を語るために、二本の記事に分けて完全解説を行いたい。
朝日ソノラマが発刊した「マンガ少年」は、かつての「漫画少年」と読み方は一緒だが、あまり関係性のない雑誌である。しかし、「漫画少年」で育てられたと自覚している藤子先生は、本誌からの依頼に何かの縁を感じて快諾したという。
本作はそんな「マンガ少年」の創刊号で描かれた大作である。何を書いても良いという発注だったとされ、藤子先生はとてつもなくスケールの大きいディザスター作品を完成させた。
冒頭からいきなりクライマックス。上空高くを飛んでいるジェット機のエンジンが火を噴いている。客室内では父親と母親とその間に座っている女性の3人家族が体を寄せ合って、恐怖に耐えている。
旅客機はそのまま標高の高そうな雪山へとぶつかり、雪か氷のような場所に埋もれてしまう。そして、そのまま世界は暗転する。
本作を読む限り、墜落した飛行機がどこからどこへと向かっていたのか、国際線なのか国内線なのかも不明。ただし、本作を映像化したOVAがあり、そこでは東京から沖縄へ向かう飛行機で、主人公は家族旅行目的で搭乗していたことが描かれている。
本作の主人公みどりが目を覚ます。とても大きな木の根元に寄り掛かるように眠っていたようだ。みどりの苗字と年齢は作中では明らかにされないが、OVA版では深見みどり、高校二年生という設定となっている。
みどりは頭がボウっとしているようで、今何をしているのかよく思い出せない。・・・そこで飛行機に同乗していたお父さん、お母さんがいないことに気がつく。
たまらず「おかあさん」と何度も叫びながら、辺りを走り回るみどり。すると一人の男性が後から走ってきて、みどりを捕まえる。「放してっ」と振りほどこうとするみどりに、青年が「落ち着きなさい、みどりさん」と声をかける。青年はみどりのことを既に知っているようだ。
みどりはこの青年の顔を見ても誰かわからず、「あなた、どなた?」と尋ねると、青年は「まだ意識がはっきり回復してないんだな」とひとり納得して、自己紹介を始める。
青年の名は坂口五郎、墜落した飛行機に乗り合わせた学生だという。飛行機の機体は見るも無残な姿となり、生き残った乗客はみどりと坂口のたった二人きり。両親が亡くなったことを知って、みどりは昨日も泣き通しだったようだが、また今日も泣いてしまう。
坂口はかなりのおしゃべりのようで、昨日起こったことをベラベラと語っていく。
ここで二人の目的がはっきりとする。救助を求めて下山しようというのだ。坂口は日のあるうちに麓に着きたいということで、出発を促す。みどりにとって、過酷な辛い旅が、ここから始まっていくのである・・・。
ここまでが本作の導入部。ここからの旅では主に二つのテーマが描かれていく。その一つ目が、「世界の異変」についての謎である。
低い方へと進めば麓に辿り着くだろうと歩き出すが、現在地はさっぱりわからない。山頂には万年雪があったのでかなりの高山だということは分かる。墜落したのは4月16日だったのだが、もう真夏のような暑さである。
雪の上の緑のコケの話といい、この世界では何かとてつもない異変が起きていることが徐々に分かっていく。
みどりの靴は普通の革靴のようで、歩き出すとすぐに痛みを覚える。靴擦れが酷くなって思わず倒れ込むみどり。するとそれを見た坂口は、イライラした口調で、
と、まるでみどりを労わろうとしない。昨日から何も食べていないので早く麓に辿り着きたいのは分かるが、「僕だって苦しいから君も我慢してくれなきゃ」と、発言が冷たいのである。
ここではっきりするのが、本作二つ目のテーマ、「過酷な環境下での人間の醜悪」である。
みどりを引っ張っていく坂口五郎は、一見頼もしそうな男性だが、人を労わる気持ちが薄い人間である。元来は優しくリーダーシップのあるタイプだったのかもしれないが、こと厳しい環境下においては、自分本位な態度が露悪し、他者に対しての攻撃性も露わとなっていく。
この後も細かく見ていくが、今の時代の観点から坂口を見ると、いわゆる典型的なDV男なのである。こうしたタイプを主人公のパートナーに据えるという展開が、二人旅のヒリヒリした感触をより高めていくことになる。
みどりは一生懸命に歩くのだが、もう足は限界に近づいている。坂口がペラペラと話しかけてくるが、もはやまともに反応することができない。倒れ込むみどりに、坂口はイライラを隠さずに、「靴が山歩きに向いてないんだよ」と言って、靴を脱がせて放り投げてしまう。
さらには「たった一人の道づれが足腰の弱い女の子だなんてついてないよ」などと言い出し、「面倒はみるけど君も甘えてないで・・・」などと説教を垂れる。
ところが意識の限界となったみどりは、フラフラと道を外れていく。そして気がつくと、目の前に見たこともない木の実が生っている。坂口も彼女を見つけて近づいてきて、木の実にかぶりつくと、「うまい!!」と声を上げる。
味はクリームのようで、体中に力が付いてくる感じがする。二人は満腹となり、一度は壊れかけた関係が修復される。自分も空腹だとイライラしてくるタイプなので、このあたりの坂口の気持ちは分からないでもない。
さて、思えばこの森には小鳥のさえずりが聞こえてこない。坂口は鳥どころか虫一匹も見かけないという。坂口はこの状況から、核戦争が起きたのではないかと推察する。核弾頭ミサイルが飛び交って地球上の動物が全滅し、二人だけが生き残った・・・。
坂口は「せめてもの慰めは僕の相手が君みたいにカワイイ女の子だったことさ」と続けるのだが、生存者は二人だけという指摘に衝撃を受けたみどりはそこで失神してしまう。
日が暮れる。トボトボと付いてくるみどりに、坂口は悪態を吐く。「さっさと歩けよ、のろま!!」「他の人間ならとっくに放り出している」などと、当たり散らす。
責められることに我慢できなくなったみどりは、「先に行ってください」と坂口に告げる。坂口は恩着せがましく「僕が助けてやらなきゃ君なんか」と言ってくるが、しまいにはキレて「じゃあそうする!」と、去って行ってしまう。みどりはもう限界とばかりに、地面に座り込んでしまう。
坂口はイライラした時にそれを隠せない人間で、途端に思いやりのない悪態を吐いてしまう。ところが、ずっと性悪なわけでもなく、気持ちが落ち着いたり、急に労わりの気持ちや正義感が戻ってくることもあるようだ。
なので、一度はみどりを見放した坂口だったが、引き返してきて、みどりの足のケガを確認し、背中を貸して再び歩き出す。するとお地蔵様が立っている道に出る。整備された道があるということは、近くに人家もあるはずだ。
急に希望が湧いた二人。そして農村集落を見つけ、救助を求めて走り出す。ところが、集落の民家をいくつか訪ねて回ってみるが、誰もいない。
囲炉裏を借りて夕食を採る二人。坂口は自分の悪い冗談が当たったみたいだと言う。核戦争が起これば世界は焼け野原になるはずだとみどりが指摘すると、「中性子爆弾」があると坂口は答える。放射能のシャワーによって、生物が息絶えたのでは、という仮説を唱える。
みどりはもっと大きな町に出れば誰かいるはず、明日朝早くに出発しようと前向きに提案するのだが、自分の意見を否定された坂口は機嫌を損ねて、「その足でか!?偉そうに言うな」とまたも暴言を吐く。
一人囲炉裏の部屋に残ったみどりは
と、気を落とす。
性格の良いみどりは、それでも自らを言い聞かすように、「坂口さんを恨んではいけない、お荷物になっているのは確かだから」と呟く。「せめて明日までにこの足が良くなってくれるといいけど」と祈るように眠りにつくのであった。
さて、本稿ではここまで。
みどりの過酷な旅はまだまだ続く。厳しい現実がさらに明らかとなっていき、旅のパートナー坂口は、正気を失っていく。絶望的な状況は深まっていくが、果たしてこの先にどのような運命が待ち受けるのか?
次回完結!
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