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ドラえもんの最大タブーに迫る!?『雪山遭難を助けろ』/雪とスキーと遭難と③

突然だが、「ドラえもん」の最大のタブーをご存じだろうか。

それは、未来からやってきたドラえもんが、マスコミなどに取り上げられて、一般に認知されてしまうことである。

タイムマシンやタケコプターなど、ドラえもんのポケットから取りだされる未来の道具は、まさしく「ひみつ道具」なのである。


ドラえもんの存在は秘密なのにも関わらず、どうしても守ろうという切実感は、「ドラえもん」を読んでいてもほとんど感じられない。ドラえもんの存在が認知されれば、それは世の中を揺るがす大事件に発展するはずだが、それほど警戒している様には見えないのだ。

このあたりの塩梅が絶妙で、あくまで「ドラえもん」はギャグ漫画という立て付けにして、ドラえもんの存在を世間的に曖昧にしているのである。よって、のび太の町で起こる不可解な出来事(ネコ型ロボットがうろついていたり、タケコプターでのび太が空を飛んだり)は、見て見ぬふりをされるのである。


その一方で、ドラえもんたちの側から、身内以外で困っている人たちを積極的に助けるとか、何かの事件を解決するといった動きを見せることもない。ドラえもんには、困っている赤の他人を助けなきゃといった、世の中への関心がまるで感じられないのである。

つまりは、世間がドラえもんに気づくこともないし、ドラえもんが世間の事件を解決したりはしない。そんな、互いに不干渉というのが「ドラえもん」世界の大原則なのである。


さらに言えば、「ドラえもん」において、こうした世間との相互不干渉のルールがあることすら、ほとんど描かれていないのが特徴的である。

これはなぜかと言えば、相互不干渉のルールに迫るお話を描いてしまうと、「なぜドラえもんは困った人を助けないのか」「なぜドラえもんの存在をマスコミが嗅ぎつけないのか」と言ったテーマへと踏み込まざるを得なくなってしまう。下手をすれば漫画の質が変わってしまう可能性もある。

あくまでギャグマンガとして、ファンタジーとしての世界観を守るために、リアリスティックな視点からは、敢えて逸らしていると考えて良いかと思う。


ちなみにこの考え方の逆になっているのが、「エスパー魔美」である。魔美は超能力を世の中に対して秘密にしている。世間にバレれば好奇な目で見られて、やがて魔女狩りに遭うだろうという認識を持たせている。

魔美は、積極的に世の中の事件を解決するのだが、エスパーであることはあくまで内緒。世間と魔美とが互いに干渉しあう形が、「エスパー魔美」の大前提なのである。


さて、そんな不干渉ルールのドラえもんだが、今回紹介するお話は、何とそのルールの存在を明示してしまうエピソードとなる。先ほど、リアリスティックな視点は、「ドラえもん」という漫画の質を変えてしまいかねないと指摘したが、なんと本作はそこに踏み込んでいる。

それはどんな作品なのか、じっくりとご紹介しよう。


『雪山遭難を助けろ』(単行本未収録)
「小学四年生」1973年8月号/大全集3巻

本作を一言で説明してしまうと、ドラえもんとのび太が雪山で遭難している男二人を救助するお話となっている。男二人はのび太たちの知り合いでもなく、テレビで報道されている一般人だ。ドラえもんが、報道で知った事件・事故を解決に向かう話は、ほとんど存在していないので、かなり珍しい一本となっている。


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冒頭、既に白雪山で遭難者が出ているニュースが知れ渡っているところから始まる。のび太はドラえもんに「どこでもドア」で助けに行こうと言うのだが、ドラえもんは「困るんだよ」と言って逃げ回る。

その困る理由とは、もし遭難者を未来の道具で救えば、大評判となってしまう。マスコミが押しかけてくる。未来の秘密はやたらに漏らすわけにはいかないのだと言う。のび太は納得できないが、ドラえもんは捜索隊が出てるから大丈夫だよと落ち着かせる。

ドラえもんとのび太が、「未来の存在を知られてはいけない」とやりとりするのは、非常に珍しい。


ところが、ドラえもんの目論見は外れ、夜のニュースでは遭難した二人は行方不明となって5日目だが、まだ見つからないと報道される。このニュースを聞いたのび太はドラえもんに一言。

「みんな心配してるんだよな。ドラえもんは平気だろうけど」

これはドラえもんのタブーに触れてしまっている発言で、それに対してドラえもんは、

「嫌なこと言うなあ」

と答えるしかない。聞いてはいけない質問なのだ。

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ドラえもんは「そっと様子を見るだけならいいよ」と重い腰を上げて、「どこでもドア」で雪山へと向かう。二人がうろついていると、のび太が穴でビバークしている遭難者の一人に見られてしまい、

「君っ、なんて格好でうろついているんだ。遭難するぞ。山をバカにしちゃいかん。山は怖い」

と注意される。

見られるのはご法度だったのだが、遭難者たちは自分たちで「丸二日何も食べてないのでおかしくなったのか」と思ってくれて、事無きを得る。

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空腹の遭難者二人は、もう駄目だよと弱音を吐き、「温かいラーメンが食いたいな」と力なく話す。これを聞いたドラえもんたちは、家へと戻りラーメンを作って、二人に届けることにする。作っている最中に、ママに見つかるが、「どうしてもいるんだから」と押し切っている。

突然、目の前にラーメンが現われ、とても現実の出来事とは思えない遭難者二人。しかしここでも、自分たちはおかしくなったらしい、と言い聞かせるようにして、ラーメンを美味しくいただくのであった。


ドラえもんたちができる干渉はここまでだが、果たして二人は救助されたのか。残念ながら翌日は天候が悪化して、捜索も打ち切りになってしまう。こうなってはグズグズ言っていられない。のび太たちは再び雪山へと向かう。

するとビバークしていた穴には遭難者の姿はない。二人は我慢しきれず山を降り始めたのである。そして、猛吹雪の中を下山していたが、ついに二人とも力尽きて倒れてしまう。

ドラえもんたちは倒れた二人を見つけるが、何とか自力で助かってもらうということで、「夢遊ぼう」という道具を出す。この棒を当てると、寝ながら動けるという代物。

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さっそく夢遊ぼうを使って一人を起こし、もう一人を背負わせて、雪道を走るミニカーと紐で結わえて、引っ張らせる。歩いていく最中、背負われていた男が一瞬目を覚まし、「すまないなあ」と感謝の気持ちを抱く。

やがて、歩いていた男が力尽きて倒れ込んでしまう。そこで背負う側の選手交代。もう一方が歩き出すと、背負われている方がうっすら目を覚まし、自分を負ぶってくれていると感激する。

そうして、山小屋へとたどり着く二人なのであった。


翌日、二人は救助され、双方が自分を背負って歩いてくれたと感謝を述べ合う。二人をインタビューするアナウンサーは、「まあどっちにしてもおめでとうございました」とその辺をウヤムヤにしてまとめ上げる。

ニュースを聞いているドラえもんとのび太は

「ほんとだ、僕らも怪しまれずに済んだしね」

と嬉しそうにアイスを舐めるのであった。

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本作はドラえもんの存在がバレてはいけないという設定をテーマとした異色な展開を持つ作品である。

「5~6日遭難しているので、幻が見えてしまう」という理由によって、ドラえもんの干渉を誤魔化す仕掛けとなっているが、個人的には結構危ない橋を渡っている印象を受ける。

本稿の冒頭でも触れたが、ドラえもんと世間とは相互不干渉が原則なので、本作のようなお話は、そう何度も作れないのである。


そんなことがあってか、本作は「てんとう虫コミック」には未収録となっている。藤子先生は、本作に内包された危険性を自覚していたので、収録に踏み切らなかったのではないかと僕は考えている。


ちなみに、雪山遭難救助と言えば、「パーマン」に『雪山救助』というお話がある。以前記事にもしているが、文字通り遭難するのは、一般の人である。

実は次稿で準備している記事で取り上げるの「エスパー魔美」の『雪の中の少女』も、魔美が一般の遭難者を救うお話だ。

「パーマン」も「エスパー魔美」も、積極的に一般の事件に関与して、困った人を助けるヒーロー(ヒロイン)マンガである。


その一方で「ドラえもん」は世間と関わり合いのない、日常系ファンタジーとジャンル分けするのが良いように思うのである。


「ドラえもん」考察たくさんやっています。


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