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デマはいつの時代も拡散する『うそ×うそ=?』/藤子Fの嘘つき物語②

前回の記事で、ウソについての考察を行った。ま、考察というにはお粗末な内容ではあるが、ウソは物語を発展させる良き材料になる、といった話である。

藤子作品でも「ウソ」を主題とした印象的な話がいくつかあるので、それらを「藤子Fの嘘つき物語」と題して、シリーズで紹介していく。本稿は二本目の記事となる。


前稿では「ドラえもん」の中でも高い認知度を誇る「うそつきかがみ」について取り上げた。見聞きして気持ち良くなれるウソは、とっても病みつきになるといった教訓を含んだお話だった。

ただ冷静になってみると、「うそつきかがみ」の存在理由はいまだ理解できない。世界で一番美しいなどと調子のよいウソを言って虜にさせるわけだが、なぜそんなことをする道具が作られたのだろうか? 未来のジョークグッズなのだろうか?


さて、本稿では「エスパー魔美」の中から、ずばりウソをテーマとした作品があるのでこちらをご紹介する。感動的なお話が多い「魔美」だが、本作は基本的にギャグ篇。再読して、思わず声に出して笑ってしまうほどだ。


「エスパー魔美」『うそ×うそ=?』
「まんがくん」1977年17号

作品に入る前に、事前情報を頭に入れておこう。

まずは本作の真の主人公である「カマイタチ」について。カマイタチとは、もちろんお笑いコンビのことではない。妖怪の一種の名称である。

つむじ風に乗って姿を現わし、鎌(かま)で切ったような鋭い傷をつけると言われている。動きが早く、基本的に見ることはできない。江戸の文献などでは、鎌の手を持ったイタチとして描かれているが、本来は「構え太刀(かまえたち)」の訛りという説も有力だ。

「妖怪」は、昔の人では説明ができない自然現象を語るために便宜的に生み出されたという考え方がある。かまいたちは、突然皮膚に刃物で切られたような傷ができる現象を説明するべく誕生した妖怪であるようだ。


本編の中でも「かまいたち」について、以下のように説明がされている。

「空想の動物。気圧の関係で部分的な真空ができて、そこへ皮膚が触れると毛細管が破れる。その現象を昔の人は・・・」

今では科学的に説明できる現象も、科学という言葉すらなかった時代の人々は単なる人知を超えた妖怪の仕業だと考えて、辻褄を合わせたのである。


さてもう一点。作中に出てくる「キージェ中尉」について。これも大体の説明が作中で行われているが、一応補足情報だけ。

作者はプロコフィエフ。「キージェ中尉」という映画のサントラとして発注された楽曲を元に、交響組曲として作られた。全5曲で演奏時間は18分ほど。

帝政ロシア時代、パーヴェル一世(在位1762~1801)の治世時におけるウソをテーマとした喜劇である。実在しないキージェ中尉を仕立てあげた家来たちが、本当はいなかったことを隠すために、そのまま死んだことにしてしまう。

これはそのまま本作のストーリーラインと重なっている。他愛のないウソから大きく広がってしまったカマイタチの噂を打ち消すために、一度は存在していることにしてから、それを殺す。もともといないものを死んだことにするという皮肉めいたお話となっている。


さて本編。

ウソは些細なことから始まる。テレキネシスで靴を動かしていたところをママに見られてしまい、とっさに犬がくわえてきたのだと魔美は誤魔化す。ちょうど窓が開いていたので、「素早い犬だったのだ」で、この話は終わるはずだったのだが、そうはいかない。

パパが夕飯のおかずをつまみ食いして、鍋を落としてしまう。ママに責められたので、パパは「犬の仕業だ」と言い逃れするが、今度は窓も開いていないので、ママにはウソだとバレバレ。

ところが、ここで魔美が機転を利かせて、ママが所有するキツネの襟巻をテレキネシスで高速で動かして、ママとパパに実際に犬がいると目撃させる。魔美としては、パパを助けるつもりだったのが、これが余計なお世話だったようで・・。


魔美が襟巻を片付けようとすると、ピンが刺さっていて、これが魔美の首筋を切ってしまい出血してしまう。慌てて絆創膏を取りにいくと、案の定両親に心配される。そこで魔美は、犬に引っ掛かれたのだと、嘘をつく。

また犬か!!

と両親は驚く。

こうやって既成事実化したウソは、この後、世の中に急速に拡散していく。これは今のネット社会でのデマ拡散を、先んじて描いているようにも思える。

金色の犬の話題をしていると、そこへ隣人の細矢さんが回覧板を持ってくる。この細矢さんという女性は、実は「オバケのQ太郎」にも登場している「放送屋」というあだ名の、噂話大好きおばちゃんである。

魔美の傷口をみて、これはカマイタチだと声を上げる。魔美のパパは、それは迷信だと話すのだが、細矢さんは納得していない様子。


そして5日後。二学期の始業式。魔美が登校すると、カマイタチと遭遇したという噂話が瞬く間に広がっている。

・首を嚙み切られたんだって?
・嚙み殺されたと聞いたけど

噂に尾ひれがしっかりと付いている。そして、噂で盛り上がる面々の中には、高畑の姿もある。


この手の嘘くさい話に対して、いつもの高畑君だったら冷静な視点を持っているはずだが、今回のカマイタチの件は、なぜか大乗り気

放課後、魔美を自宅に連れて行って、魔美にカマイタチの目撃情報の一部始終を、鉛筆ナメナメ聞こうとしてくる。

魔美は何かの間違いだと、やんわり否定するのだが、高畑は絶滅したという首長竜さえいるとか騒がれる時代だと言って、逆にカマイタチを肯定する

ちなみにこの話にある「首長竜」とは、ネス湖のネッシーや、屈斜路湖のクッシーなどを念頭に置いている。


魔美は、いたずらだったのだと高畑に告白しようとするのだが、既に高感度フィルムのカメラを用意したりして盛り上がり、魔美の話を聞こうとしない。

そればかりか、家に動物の足あとを見つけて、カマイタチに違いないと大はしゃぎ。もちろん、その正体不明の足あとは、究極の雑種犬コンポコによるものであったのだが・・。


魔美は結局、そのまま帰宅。すると、日本新聞社科学部の記者が取材に現れる。魔美の目撃情報を聞きに来たのだ。魔美は「自分はカマイタチは信じない」と答えると、記者は驚く。新聞社には、カマイタチの目撃情報の電話がジャンジャン掛かってきているのだという。

デマの拡散が既に取り返しのつかない局面まできているようだ。


魔美は最後のチャンスとばかりに、実はウソだったと話しかけるのだが、そこへ他の新聞社やテレビの人間が大挙押し寄せてくる。「冗談じゃないわ!」と魔美は衝撃を受けて、家からテレポートで逃げ出してしまう。


町へ出ると、カマイタチを探す子供、猟銃で仕留めようとしている男、カマイタチに給料袋を取られたと言い訳する夫、カマイタチに睨まれたと迫真のウソをつくスネ夫・・・など、カマイタチの話題で持ちっきりなのである。

こんな時に頼りになる高畑も、今回ばかりは話にならない。一人孤独に公園のベンチに佇む魔美・・。

そこへ、もう一人のクラスメートが声を掛けてくる。それはいつも魔美をレコードを聞くよう誘ってくる富山君である。

富山は高畑より先に第一話で登場する男の子で、レコード鑑賞が趣味で、魔美に聞いてもらいたいといつも思っている。だからといって、魔美を特別好きということでもなさそうで、単純にコレクションのレコードを聞いてもらいたいらしい。変わった男である。


富山の、「気休めにレコードでも」、という申し出が魅力的に聞こえた魔美は、「たまにはいいわね」と答えたものだから、富山は大喜びとなって魔美を部屋へと連れていく。

そして、そこで聞いた曲が「キージェ中尉」だったのである。


魔美は曲のストーリーから、カマイタチを衆人の前に登場させて、そのまま皆が見ている前で海に飛び込ませて死んだように思わせようと画策する。カマイタチ「不在」のままでは、噂は広がるばかり。そこで「存在」をチラつかせて「殺す」ことで、噂を収れんさせようという作戦である。


この後、自宅に詰め寄っている報道陣の前に、テレキネシスで襟巻を登場させて、追跡させる。そのまま東京湾に沈める計画だったのだが、何と海岸で誰かに猟銃を撃ち込まれてしまい、キリキリ舞いする形で海へと襟巻は落ちていく。

最後は想定外ではあったが、一応これで死んだことにする作戦は成功するのだった。


カマイタチが死んだことを受けて、テレビでは世紀の大発見を台無しになったと大騒ぎ。

「せっかくの珍獣を追い回して、ついに殺してしまうとは。二十世紀最大の生物学上の発見だったのに・・。特に許せないのは、猟銃をぶっ放したバカ男ですな」

と解説者は怒り心頭。

テレビを見ている高畑も、「そうだよ、そうだよ。どうしてくれるんだ!!」と、いつになく取り乱している。高畑は、超能力だったり、未知の生物だったりが本当に好きなのだ。


そして魔美。ウソの一件は解決したが、エリマキには弾丸の痕。ママにどう言い訳したらいいのか分からず泣いてしまう。自業自得とはいえ、少し可哀そうな魔美ちゃんなのであった。


軽いウソもどんどん拡散していって、手が付けられなくなる。ウソのような話って、人にしゃべりたくなるからなのだろうか。



「エスパー魔美」考察もやっています。


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