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才能煌めく21歳の大作!『バラとゆびわ』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介!!③

『バラとゆびわ』
「少女クラブ」1955年お正月増刊号付録/初期少女・幼年作品

上京しトキワ荘に入居した藤子不二雄両先生。「漫画少年」を主戦場に執筆をしていたが、力があることは一気に業界に知れ渡り、オファーが殺到する。その中で初めての少女漫画、しかも別冊64ページという大型発注がくる。

このあたりの経緯は安孫子先生の「まんが道」に描かれているが、今まで経験したことのない仕事量を抱え込んだようで、締め切りギリギリの作業となった挙句、本作の担当編集者が責任を取って外される、という事態にも陥った。

もちろんやり遂げたので無事出版されたわけだが、本作を含めた強行軍を乗り切った達成感からか、この直後、大量の原稿落とし事件を引き起こしてしまう。そんな大作を、簡単ではあるが紹介しておきたい。

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本作が別冊に付いた「少女クラブ」は、講談社が戦前から発行していた少女向け雑誌で、「フレンド」へと継承されていく歴史ある媒体となる。手塚先生の『リボンの騎士』を連載していたことで知られ、藤子先生にとっても、大手からの原稿依頼はとても嬉しいものだったと想像される。

本作には原作があり、ディケンズと並び称されたとされるサッカレイ(サッカレー)の児童向け小説で、1854年に執筆されたが、日本には戦後まもなく紹介された。岩波少年文庫版は、宮崎駿氏の推薦ということで復刊もされていて、入手も可能かと思われる。

原作は未読なのでどのように脚色されているのか詳しくは分からないのだが、「まんが道」での創作過程を見る限り、マンガ独自のアイディアも盛り込まれているようだ。

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本作、一読しただけだと人物関係が把握できないものとなっており、これは脚色の問題というよりは、原作自体が児童文学にしては複雑なお話だからだろう。

まずは登場人物と簡単な設定を書き出したい。
主人公はベチンダという王女のこしもと(侍女)と、バフラゴニア国の王子でギグリオの二人。舞台はバフラゴニア国と隣国のクリム国となる。

ベチルダは汚い服を着て森にいたところを拾われて育てられ、今は侍女としてアンジェリカ王女に仕える身。身寄りがなく、アンジェリカのお守り役であるガミガミ伯夫人にいつも辛い目に遭わされている。性格は清く美しい女性である。

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ギグリオは皇位継承者だがその自覚に欠け、遊び好きの勉強嫌い。現在の王ボロロソはおじに当たるが、自らの王位を娘に譲りたいため、疎まれている。ギグリオも生まれてすぐに父と母(王と妃)を失っている身で、孤独な生い立ちではある。

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そして、この物語の三悪人と紹介されているのが、バロロソ王とガミガミ伯夫人と、隣国クリム国のバデラ王で、彼は正統な王位継承者からその資格を奪っている男である。バデラが最終的な悪役となる。

さらに主要な人物が二人。
バロロソ王の娘・アンジェリカは、指輪の力を得て周囲に魅力的に映る存在だが、そのせいで自惚れの強い性格となっている。
クリム国のバデラ王の息子バルボ王子は、バラの力でやはり魅力的な男性として見られている。こちらもそのため自惚れた性格となっている。
このバラとゆびわについては、後ほど説明する。

登場人物の構図としては、
主人公ベチンダ・ギグリオが不幸な生い立ちの苦労人。
アンジェリカとバルボは、それぞれ恵まれた境遇の上、バラとゆびわの力で魅力を増していて、逆にそのせいで自惚れた性格となっている。

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持ち主を美しく見せるバラとゆびわ。原作では持ち主がどんどん変わっていくようだが、藤子版ではあまり移動しない。バラの持ち主はバルボで、母から譲り受けてずっと身につけている。原作ではバルボが結婚するアンジェリカに渡るようだが、本作では描かれずいつの間にかバラは姿を消す

ゆびわは、母の形見としてギグリオが持っていたが、子供の頃アンジェリカに渡していた。ところが作中、バルボとの結婚が決まったことから、アンジェリカはこの指輪をギグリオに放り投げるように返してしまう。指輪を手放したアンジェリカは、美しさを失い、バルボに「どなた?」と聞かれる始末。

ギグリアに戻った指輪は、親しくなったベチルダに上げるのだが、ベチルダは元々指輪の魅力がなくとも十分に美しいので、その効果はいま一つ発揮されないまま、指輪の話題も途中から無くなってしまう。

つまり、「バラとゆびわ」とタイトルにはなっているが、それほど本作では活躍しないのである。

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物語は
・侍女だったヒロインが実は王女だった。
・出来の悪い王子が立派な王となる。
・そして二人は結ばれる。
とそんな風に簡単に語ることができる。

ただ、本作はベチルダが王女ロサルバであることが判明してからも紆余曲折がある。王女になる前、なった後の二部構成と考えてもらえばよいだろう。


ベチルダは、ギグリオから指輪を譲り受けた後、王に反抗したという罪で逃亡者となったギグリオを庇ったとされ、国外追放の憂き目にあう。吹雪の中、何とか森の奥に家を見つけて身を寄せると、偶然にもそこはかつて隣国クリム国に仕えていたレイノルズ侯爵の隠れ家であった。クリム国は10年前に今の王であるバデラによる謀反があり、王は殺され、王女は行方不明となってしまったのだった。ベチルダは持っていた古いボロ服によって、実はクリム国の王女・ロサルバであることが判明する。このあたりは急展開

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一方、逃亡者となったギグリオは、魔女・黒杖の導きによって、大学で勉強することになる。賢くなって王位を取り戻し、良い政治をするためである。

ちなみにこの魔女・黒杖と、その使いであるパックは、原作では色々な動きをしているようだが、本作では常にベチルダとギグリオを助けてくれる完全なる味方として、ちょいちょい登場してくる。

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と、ここで一年が経過する。ここからが後半戦だ。
ベチルダはロサルバ女王となり、パデラと長い戦争を続けている。しかし、パフラゴニア国のバロロソ王がパデラ側に立つことが決まり、劣勢に陥ってしまう。ロサルバは自分の身を捧げて、戦争を終わりにしようと考える

ギグリオは大学で一年勉強し、優等生として卒業を迎える。そして黒杖に、剣も槍も通さない魔法の鎧を渡され、ベチルダ(ロサルバ)救出へと向かう。


囚われたロサルバはパデラ王に妃になるよう求められるが、それを拒否し処刑されることになる。その方法とは、ライオンに生きたまま食べさせるという残虐なもの。このパターンは、ずっと後の「ドラえもん のび太の恐竜」で踏襲されている。

ライオンに襲われるその瞬間、実はこのライオンはロサルバの友だちであったことが判明し、彼女は助かる。「のび太の恐竜」でも、同じような展開だった。

ただ、「のび太の恐竜」と違って、ロサルバとライオンが旧知の仲であったという伏線は無く、突如「あっ思い出したわ」と、なっている。ややご都合主義にも思えるが、全体的に構成よりはその時々の面白さを優先しているので、大きな失点にはなっていない。

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そこにギグリアが兵を率いて救助に現れる。追い詰められたパデラ王はロサルバを人質に逃亡。数ページの格闘の後、パデラは死に、ロサルバはギグリアに救い出される。

そしてその翌朝。山奥で一面のバラの野原を見つける二人。そこに、ロサルバが良く知っているバラの歌が聞こえてきて・・・。ハッピーエンド。

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最後はやや駆け足に終わるが、孤独だった二人が結ばれる大団円となっている。本作では途中で消えてしまったアンジェリカとバルボも、原作では結婚して幸せになったという。


「まんが道」で「バラとゆびわ」の創作は、トキワ荘入居後の最大難関として描かれ、実際に本作の原稿もマンガの中で登場する。なので、藤子ファンは本作の絵柄には馴染みがあり、そしていつかは全体を読んでみたいと待望されていた。

今回記事を書くにあたり、幾度も精読したが、複雑な原作をうまく整理していると思いつつ、まだまだ不完全な脚色という感触は残されいる。ただ、絵柄はとにかく読みやすく、可愛く、人懐っこい

F先生は、本作の執筆時、まだなんと21歳。デビュー間もない時期にこのような大作を任され、この完成度で書き上げているだけで、とんでもない才能であることがわかる。

原稿を大量に落として一度は仕事の多くを失ったようだが、やはり漫画界はこの才能を放っておけなかったのだ。なぜすぐにカムバックを果たしたのか、良くわかる一作と言えるだろう。

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本作を始めとするF作品の考察を着々と記事にしています。ご興味持った方は是非下の目次からリンクに飛んで貰えますと幸いです。


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