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気軽に「転生」してみたところ・・・『クレオパトラだぞ』/藤子Fの「転生」人語②

輪廻転生の考え方は、とても魅力的である、と思う。

前世がどうだったかと考えることはもちろん、後世がどのようになるかと思いを巡らすのも一興である。

今の生活は辛いけど、生まれ変われば良い人生を歩めるかもしれないと、そんな夢想するのも良いだろう。かつて自分が信長で、猛々しい性格はそこから受け継がれてきたと思い込むのもありだ。

「今とは別の人生があるのかも」と想像を広げることが、ある種の現実逃避にもなるし、クリエイター気質の人だったら、それをネタに何か小説などを書いても良いかも知れない。


ただ、そうした「転生」ものを描くときに注意したいのは、何でもありにしないことだと思っている。転生するにも、作中でルールを定めておかないと、物語が何でもありになってしまうからだ。

藤子作品では「輪廻転生」をテーマとした作品はいくつかあるのだが、そこには何でもありにならないような仕掛けや、ルールがきちんと定められていることが多い。

そもそもSFは想像力によって、この現実とは全く異なる世界を描けるわけだが、そこに科学的な裏付けだったり、何かしらのリアリティが必要である。


また、転生ものは書きやすい反面、アイディアが陳腐になりがちでもある。例えば、クレオパトラに転生するお話となると、現実世界の能力を活かしながらクレオパトラとなってエジプトの治世をする、みたいなストーリーになる。それでは面白くない。

つまり、転生ものは、何でもありにしないためのリアリティと、陳腐にならないための新しいアイディアが必要と言う訳なのだ。


藤子先生は、SFを主戦場にしていたからこそ、そうしたリアリティとアイディアを出すのに注力した作家である。前回の記事でも同じようなことを書いたので、是非こちらも読んでいただきたい。


『クレオパトラだぞ』
「ビッグコミック特別編集ビッグゴールド」No.6(1980年9月30日発行)
/大全集「SF異色短編」2巻

さて、本作はうだつの上がらない中年男性が、自分が前世でクレオパトラだった時のことを夢に見る、というお話になっている。ここだけ聞くと、新しさは感じられないのだが、もちろん、わざわざ短編を書くだけの新しいコンセプトが盛り込まれている。その点にも注目して読み進めていただきたい。


まずはクレオパトラとはどういう人物だったのかを簡単に。

クレオパトラは、古代エジプトの女王・王女のことで、実は歴史上何人ものクレオパトラが存在する。ただし、私たちが一般的に認知しているクレオパトラとは、クレオパトラ7世のことを指す。

紀元前69年生まれ、そして紀元前30年、39歳の時に自殺をしてしまう。誰が定義をしたか、「世界三大美女」とされる美貌を持ったとされ、ローマの英雄ユリウス・カエサルとの恋愛や、マルクス・アントニウスと結婚などの恋沙汰が有名である。

華麗なる王女ということで、派手なイメージがあるが、周辺国との戦争や不幸な自殺を遂げたとされ、決して幸福な人生を歩んだわけではなさそうだ。

なお、クレオパトラと関連度は薄まるが、塩野七生の「ローマ人の物語」のカエサルの部分はかなり白熱するので、是非こちらでカエサルとクレオパトラ、ローマとエジプトの物語を堪能してもらいたい。


本作は、クレオパトラ目線で幕を開ける。夕食の時間となるが、クレオパトラが指示したクジャク料理ではなく、カモのオリーブ蒸しが出されて、激怒。皿を従者に投げつけて、「この者を死刑にせよ!!」と叱りつける。

そこで、夢から覚める男。部屋はクレオパトラの宮殿とは比べ物にならないくらい狭く、ゴミやたばこの吸い殻が散乱している。食事は粗末なパンで、「カモでもよかったのに」と呟く。夢と現実の乖離が凄いのである。

この男の名は、楽悟四郎。階段を歩けば滑って転び、手紙が届けば料金未納でお金がかかり、封を開けると直近で受けた就職試験の不合格の通知であった。たった数コマで、うだつが上がらず、運も無さそうなことがわかる。


楽悟は部屋に戻って、自死を考える。既にひと瓶飲めば確実に死ねる毒薬のようなものを入手済みだが、また心残りもあるということで、今回の自殺は踏みとどまる。

外出し、喫茶店へ向かう。ポケットの中の小銭を数えてから入店する。お金にはかなり苦労していそうである。

喫茶店の席に座り、ミーちゃんという店員の女性に声を掛ける。休日に遊びに行こうと誘うのだが、「ブラブラしている男には気をつけろと故郷の母親に言われている」と返され、楽悟の誘いをあっさりと拒否。

さらに追い打ちをかけるように、ミーちゃんは別のキザな男性にデートに誘われ、すぐにOKをしている。楽悟の心残りと思しき恋愛も、どうやら全くうまくいっていないようである。


再び、クレオパトラ目線の夢。アントニウスがローマから帰国し、抱かれることに。ユリウスとどっちが逞しいかと尋ねられ、「それはもちろんアントニウス様・・・」としゃべっている内に、楽悟は目を覚ます。

喫茶店で寝てしまっていた楽悟は、ミーちゃんに「変な寝言を言わないでくれ」と注意される。夢では相手に不自由しないクレオパトラだが、現実の楽悟は好きな子に全く相手にされないでいる、というわけだ。


楽悟はこれまでの人生を振り返る。生まれてこの方、ずーっとろくなことがなかった。「生まれ直しができるものなら・・」と夢想する。

なお、この時、生まれつき運がいい/悪いが決まっていたら不公平だと楽悟が思うのだが、「生まれついての不運」は後の重要なテーマとなってくるので、このシーンは何気に重要である。

風呂でも入るかとポケットに手を入れるが残額は10円。これでは銭湯に入ることはできない。もう何日も入っていないということで、風呂にも困るかなりの貧困生活であることが強調される。

そして、公園で寝そべると、今度もクレオパトラになった夢を見る。牛乳の湯舟に浸かった後、ナイル川に浮かべた船舶での宴に臨む。風呂にも宴にも縁のない楽悟とは、まるで雲泥の差がある。


寝ていた楽悟に男が声を掛ける。楽悟とは旧知の仲の、漫画家である。楽悟がクレオパトラの夢を見ることを既に知っているので、何度か話をしているのだろう。

楽悟はクレオパトラの夢は、現実感がありすぎる、というような話をする。楽悟は「自分がクレオパトラの生まれ変わりであり、何かのはずみで前世の記憶が蘇りつつある」という考えを伝える。

漫画家の友人は、楽悟のクレオパトラのネタを次の作品に使わせてもらうと言い出す。掲載は大学館発行の超一流雑誌「ビックリコミック」とのことで、それを聞いた楽悟は、「あの漫画界のNHKと言われる!?」と驚く。

一応補足をしておくと、本作が掲載されたのは小学館発行のビックコミックである。漫画界のNHKではなかったと思われる。。


漫画家の友人は、自分のアイディアを披露する。「クレオパトラだぞ」というタイトルの、輪廻転生の物語だという。主人公のモデルは楽悟ではないといいつつ、だいぶ彼の半生に寄せたお話であるようだ。

具体的には・・・

・主人公は酷く運の悪い男
・ぐうたらで飽きっぽくて転職ばかりしている
・男に突然前世の記憶が甦る
・男はやがて霊魂の不滅を確信
肉体は滅びても魂は別の人格となって生まれ変わる
・このシステムを利用して、一つの人生に失敗したらさっさと振りだしに戻って新たな人生を踏み出そうと考える
転職するみたいに転生しようとする

転生ものの骨格だが、死んでも主人公が別の人格で甦ることができると知ってしまったので、気軽に死んで人生を再生しようというアイディアが斬新である。

楽悟はこのプロットを聞いて、「モデル料を寄こせ、さしあたり飯を奢れ」と友人に迫る。まだこの先のストーリーがあるということだが、ひとまずスシでも取ろうということで、電話を掛けに部屋を出ていく。


お湯を沸かして友人を待っていると、大家さんがやってくる。さっき留守にしている間に、ウキウキローンという会社(サラ金)の人間数名が、楽悟の部屋を訪ねてきたという。ガラが悪く、ドアをガンガンと叩いていたという。

この話を聞いて、身震いする楽悟。なんと元利合わせて650万もの借金を組んでしまっているのだ。相手は半分暴力団、下手をすれば殺されてしまう・・・! 

すると、楽悟は先ほどの漫画家の友人の話を念頭に、自殺をすればいいのではないかと思いつく。死んで転生すれば、前がクレオパトラなのだから、次はアラブの王様になれるかも知れない。

入手していた薬をひと瓶ごとザラザラ・・と口へ流し込む。そして、

「今より悪くなるってことはないだろう。駄目ならまた生まれ直せばいいや。輝かしい未来が開けるぞ!!」

と、晴れやかな気持ちになるのであった。


意識が朦朧としてきたのか、楽悟は部屋で寝転がると、「特上三人前を頼んできた」と言いながら、友人が戻ってくる。そして、さっきの続きを語り出す。内容は・・・

・主人公は気軽に死んでしまう
・死んだ途端、生まれ変わりの全記憶がよみがえる
・中生代の哺乳類型爬虫類となり、ティラノサウルスの餌食となる
・原人だった時は凶暴な他種族に喰われる
・クレオパトラとなり一瞬栄華を極めるが、アントニウス没落の巻き添えを食って自殺する
・その後も乞食やら奴隷やら・・・
・彼の魂そのものが悪い星を背負っていた

つまり、転生をしようと死んだとしても、次の生命においても不幸な生い立ちとなってしまうということだ。死んでも不幸から逃れられないとすれば、これほどに絶望的なことはなかろう。


楽悟は大きないびきをかいて眠ってしまう。漫画家の友人は、一人しゃべっているのが馬鹿らしくなって、部屋から出て行ってしまう。しばらくして、楽悟はこと切れる・・・。

暗い時空のトンネルに堕ちていく楽悟。暗闇に吸い込まれた先に、「オギャー」と赤ちゃんの産声が聞こえる。新しい生命体に「転生」したようである。

取り上げれられた子は、「かわいそうな子・・・」と声を掛けられる。その世界は荒れ果てていて、赤ちゃんを抱っこする男性の衣服や、出産したばかりで寝ている女性の布団がボロボロとなっている。

男はしみじみと言う。

「この子が、地球最後の人間になるんだな・・・」

悪い星を背負った魂は、その星の最期の人類にたどり着いたというわけである。不運な人間は、死んだ次の人生でも不運。何とも最大限に絶望的な、転生譚なのであった。



SF短編、全作品の解説を目指しております


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