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ライオンに殺され、転生したらカバみたいな男だった件。『影男』/藤子Fの「転生」人語①

輪廻転生(りんねてんしょう)。

古代インドのサンスクリット語の「サンサーラ」を由来とする言葉で、命ある者は何度もこの世に転生するという考え。人間から他の生き物にも生まれ変わり得る、とされる。

ヒンドゥー教だけでなく、仏教でも輪廻の考え方は導入されており、現代の私たちにおいても、「生まれ変わり」を信じている人は多い。


何者かに生まれ変わるというアイディアは、従来からのSFで描かれていたが、昨今のラノベ・コミック界隈において、一大創作ジャンルとなっている。いわゆる「転生」ものとか「なろう系」と呼ばれるものだが、昨年もスライムに転生するアニメ映画が大ヒットを飛ばしたりしている。

「転生」ネタは、厳密なSF的設定が必要ではないので、わりと創作の自由度が高く、むしろ何でもありの様相を呈している。アイディア次第でまだまだ作りようのあるジャンルともいえそうだ。


SF(すこし不思議)作家の藤子先生も、輪廻転生を題材にした作品をいくつか描いている。本稿と次稿にて、代表的な2作をご紹介していきたい。

先ほど「転生」ものには厳密なSF設定は必要ないと書いたが、藤子作品では、そこに何らかのリアリティが持ち込まれており、何でもありなジャンルに現実感をもたらせている。

また、「転生」ものはアイディア次第で面白い作品はまだまだ生み出せるということも書いたが、藤子作品のアイディアは文句なしに抜群である。

是非とも昨今の転生ジャンルに挑戦している新進気鋭の作家たちにも、藤子作品を読んで発奮を受けて欲しいと思う。


『影男』
「マンガ少年」1979年2月号/大全集「少年SF短編」2巻

まず一作目は「少年SF短編」の一本として描かれた『影男』という作品から。こちらはわりと実験的な作品も多かった「マンガ少年」に掲載された。

本作では、何でもありの転生ジャンルにおいて、①リアリティと②新規のアイディアをきちんと入れ込んでおり、非常に個性的、かつあと引く読後感の傑作となっている。


主人公は中学生の倫子。マンガが好きで勉強がそれほど好きではなく、少し頑固な側面も持つ。倫子と言うの名は、輪廻(りんね)から取られているものと思われる。

そして、もう一人の主人公が、倫子の幼馴染みで超常現象など少し不思議なことが大好きな青木君。

最近、倫子の隣の空き家に、少し怪しげな風貌の初老の男性が引っ越してくる。いつも窓の外を眺めており、倫子は自分がいつも監視されているような気がしている。

本作はこの3人が、意外な形で絡み合い、怒涛のラストへと向かうことになる・・・。


冒頭、本作のテーマである輪廻転生(リーインカーネーション)について、青木が倫子に説明するところから始まる。

藤子先生のSF短編では、テーマとなる不思議な題材については、わりと早い段階で説明されることが多い。この説明は、なるべく現実に起こった出来事などを交えるなどして、リアリティを持たせている。突拍子もない話を、読者に本当っぽく思わせておく、藤子流テクニックである。


一応ここでも作中の輪廻転生の説明を箇条書きしておこう。

・輪廻転生=生まれ変わりの思想
・霊魂は不滅で身体はその時々の仮の姿
・昔から世界中で考えられていた
・催眠術を使うと意識の奥底にある古い記憶を呼び起こすことができるが、年齢を対抗させていくと、生まれてくる以前の記憶にまで遡れる
・実例は無数。古い話ではピタゴラスが自分のことをトロイ戦争の兵士の生まれ変わりと主張していた
・当人が知らない古い人物や外国の言葉を話すことも

転生の定義、歴史、催眠術を使った証拠の提示など、全く無駄のない説明で、この2ページで、読者は「そんなこともあるかもな」と思ってしまう。見事な導入である。


転生について、倫子と青木がバカ話を続ける。倫子が「自分が紫式部とかクレオパトラとかの生まれ変わりじゃないか」と軽口を叩くと、青木が「人間じゃなくてパンダとか七面鳥とかオケラとか」とジョークで返している。

この他愛のない会話も非常に大事で、転生は人間だけではない、虫や動物など色々なパターンがありえるという、この後の展開の伏線になっているのである。


続けて倫子の家の前で、隣の空き家に引っ越してきた男の話となる。老朽化して取り壊しが決まっていたのに、数日前に突然引っ越してきたという。倫子は自分が見張られているような気がすると言うと、青木は「いやなじいさんだ」と言って憤る。


二人は別れ、倫子は部屋で夕食まで、明日のテストに向けて勉強をすることにする。しかし読みかけのマンガが気になってしまい、そっちに夢中に。すると、見ず知らずの男の声で電話が掛かってきて、いきなり「勉強はすぐやった方がいい、今やっておかないと困ったことになる」と忠言してくる。

「どなた」と聞いてもそれには答えない。倫子はこれを怪電話だと位置付けるが、隣に引っ越していた老人の仕業ではないかと考える。そして、意地になって漫画を読み続けてしまうのであった。


この後、いとこが急に泊まりに来て、勉強することができず、翌日のテストは散々な結果となる。つまり、電話での忠告が当たってしまったということだ。

隣りのおじさんを怪しむと同時に、どうやって勉強をしていないことや、翌日のテストの結果までわかっていたのか疑問に思う倫子。・・・少し不思議な現象の始まりである。


さらにこの日、昨日のおじさんからの電話が掛かってくる。今度の忠告は、「一週間以内に父親が旅行するので、絶対に連れて行ってもらえ」というもの。ますます気味悪がる倫子だったが、その予言は的中する。

父親が、九州に住む兄から親父が顔を見たがっているという連絡があり、久しぶりに帰ろうと思うと言い出すのだ。金曜の夜行でたつので、倫子も土曜だけ学校を休めばついていける。けれども、怪電話の言いなりはシャクだと考え、同行を拒否してしまう。


隣のおじさんは、家の外に出て、倫子の部屋を見ている・・・ように思える。気持ち悪さが増していく。そしてさらに、倫子の母親に、この家を3億円で売ってくれと提案してくる。

ただ、家の購入には妙な条件が付いていると言う。それは「月曜まで家を空けるように」というものだ。父親と一緒に旅行に出かけろと電話もしていたので、何か切実な理由で土日に倫子に家に居て欲しくないようである。


そして金曜日。父親だけ九州に行く予定が、おじいちゃんの容態が悪くなったので、母親も同行することになる。倫子一人で二晩過ごさなくてはならない。隣のじいさんが危惧している展開となっているようだが・・・。

その晩、枕元にじいさんが現れる。ビビる倫子に、一言警告に来たと言う。それは、

「明日の晩、この家を空けなさい。言う通りにしないと恐ろしいことになる。鋭い牙が君を狙っている。噛み裂かれたくなかったら逃げることだ」

というかなり物騒な忠告である。土曜の夜に、何か猛獣でも現れるのであろうか・・・。倫子はそのまま恐ろしさの余り、気絶してしまう。


この話を聞いた青木は、嫌がらせにしても酷すぎると憤り、こちらから隣家へと押しかけることを決意する。ここで、主人公が倫子から青木へとバトンタッチされる。


青木は家が留守と分かりつつ、じいさんの家へと入っていく。外見はボロかったが、家の中は清潔に整えられている。そして、居間に入ると、テーブルの下にごっそりと札束が積まれているのが見える。3億で家を買おうと提案するだけのことはある・・。

そこへじいさんが帰ってくる。青木が慌てると、「是非君と話をしたいと思っていた」とおじさんが言う。なぜ僕のことを知っているのかと尋ねると、「幼馴染みだからな」と答える。・・・年の離れたおじさんのセリフとは思えず、さっぱり意味がわからない。


そしてここから、おじさんが、驚くべきことを話し出す。この驚きこそが、本作の描きたかった部分なので、内容を列記しておこう。

・おじさんの目的は土曜の夜、倫子をあの家から引き離すことだった。さもないと惨たらしい目に遭う。
・これは予知ではなく「体験」である。
・おじさんも、青木と同じく「転生」に興味を持ち、事業の傍らその種の本を読み漁った
・自分の前世を知りたくなって、世界でも一流の催眠術師に実験してもらった
・おじさんの前世は、なんと倫子であった。

転生に興味があり、半ば信じてもいる青木だが、目の前のおじさんの前世が倫子と聞いて、全く合点がいかない。死なないうちに生まれ変わることなど聞いたことがないと青木は反論する。

するとじいさんは答える。ここも非常に大事なポイントだ。

「時の流れは絶対じゃない。時にもつれたり絡んだりするのだ。特に霊の世界では」

転生する先は、時代を選ばない。場合によっては同時代もありうるということである。

この部分こそが、本作において藤子先生が描きたかったアイディアであろう。そして、「そんなのありか」と思われないように、事前に転生する先は人間ではない可能性もあるという話題を主人公たちにさせている。実に周到な構成なのである。


じいさんは転生の事実を語った上で、本題を切り出す。おじさんは倫子の惨たらしい最期を経験したのだという。悲惨な運命を免れさせようとしたがうまくいかない。青木の協力が必要というのだ。

しかし青木がその死に方とはどんなふうか尋ねると、ライオンの牙に掛かって殺されたという。都会のど真ん中でライオン・・・。非現実的な方向に進み、途端に白けた青木は、呆れて出ていこうとする。

そんな青木を呼び止め、自分が倫子だったことを証明しようと言い出す。それは、本人しか知る由もないこと、右の尻にホクロがあるのだという。確かめてみて信じたら、力ずくでも倫子を家から出せと告げるおじさんであった。


ところで、倫子が死ななかった場合、生まれ変わりであるじいさんはどうなってしまうのか。じいさんは、まだ生まれていないことになり、消えるだろうと考えているようだ。

生まれ変わった人物が、生まれ変わる前の人間を助けると、自分の存在が消えてしまう。・・・考え出すと頭がこんがらがるが、つまりおじさんの存在がそのままである限り、倫子は救われていないということになるだろうか。


おじさんとのやりとりを、倫子に伝える青木。すると、「あんなカバみたいな人に生まれ変わってるなんて!」と全否定。青木は念のため、右のお尻にホクロがあるのは本当か尋ねると、これまた倫子は大泣きしながら全否定する。

じいさんの話はどうやら嘘だったようだ。倫子はライオンが動物園から逃げ出したというニュース速報が流れるのでは、とテレビを深夜まで見ていたが、全くのなしのつぶて。

これで安心と寝室に向かう倫子であったが、一応気になって、自分のお尻にホクロがあるか確認してから寝ようと考える。そして、お尻を鏡台に向けて見てみると・・・、血の気が引く倫子。


右のお尻にはホクロがあった。倫子から青木に連絡が入り、青木が家に向かう。じいさんの嘘みたいな話は全部本当だったのか・・。倫子の部屋に入ってしばらくすると、庭で物音がする。

二階の窓から庭を見てみると・・・ライオンがガルル・・と呻っている。なんと、街中にいるはずもない猛獣が、本当に倫子の家に現れたのである。

「こんなことは絶対にありえない、全く持って信じがたい」が、目の前に起こっている事態には対処をしなくてはならない。


ここから数ページにわたり、ライオンとの格闘が描かれる。最近記事にもした「エスパー魔美」の『オロチが夜くる』にちょっと似ている展開である。また、あり得ないのにライオンが現れるパターンとしては、「ドラえもん」の『イイナリキャップ』など、類似作も多い。


バリケード食い破って、倫子たちのいる二階へ迫るライオン。絶体絶命のピンチに際して、じいさんが声を出して、ライオンの注意を引く。庭に出て、隣の家との間の塀の上に立つじいさんが、おびき寄せる。

ライオンは一声吠えて、じいさんに飛び掛かる。「あ!」という叫び声が響く。果たしてじいさんとライオンはどうなったのか・・・?


数日後。倫子と青木があの晩のことを回想する。倫子はまだこうして生きているのは夢のようだと語る。ライオンはペットとして飼われていたもので、飼い主も気付かぬうちに逃げ出したとのこと。

そして青木がとある疑問を投げかけるのだが、ここが非常に興味深いところ。

「なぜかライオンが、急に隣の空き家に向かって・・・駆けつけた飼い主や警官たちに捕まったからよかったけど。それにしても、その人たちに電話をしてくれたの、誰だろう」

青木のセリフをそのまま受け取ると、彼らは隣のじいさんがライオンを呼んでくれたことを忘れてしまっているようだ。まるで隣のじいさんなど最初からいなかったような態度に見える。

で、思い出したいのは、倫子が生き延びた場合、倫子が転生した先である自分自身は消えてしまうだろうという、じいさんの予測である。

ライオンがじいさんに飛び掛かったコマでは、じいさんはまるで消えてしまったかのように見える。じいさんが倫子の身代わりになってライオンに襲われ、代わりに倫子は死なずに済んだ。そして、死なないと分かったところで、じいさんの姿は消えた。おそらくそういう流れだと思われる。


じいさんは自分が消えることを前提に、あらかじめ警官や飼い主に電話をしたのだろう。そしてその後自らの体を差し出して、倫子を救ったのだ。じいさんの存在が消えて、青木や倫子もじいさんのことを知らない状態に戻ったというわけだ。

ラスト一コマ。倫子は言う。

「お隣ずーっと空き家だったけど、取り壊されて新しい家が建つんですって」

ずーっと空き家だったという発言から、じいさんが最近引っ越してきた事実は、消えていることがわかるのである。


「転生した人間」と「転生する人間」が同時代に生きるというアイディアが秀逸だが、さらに一歩話を進めて、前世の人間の死の運命を、後世の人間が救ったらどうなるのか、というタイムパラドックスにも通じるような思考実験も行っている。

何でもありになりがちな「転生」ものではあるが、本作は、実存の不思議エピソードを加味してリアリティを出したり、非常に緻密なSF設定(パラドックス)を取り込んでもいる。

さすがはF先生、単なる転生ものではない、非常にオリジナリティに優れた傑作ではないかと思う。


「SF短編」も絶賛、考察中!


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