見出し画像

5000字超! 史上最高に『イヤな イヤな イヤな奴』/藤子Fの嘘つき物語⑤

『殺され屋』に続き、ウソをつく商売シリーズ第二弾? 本稿では『イヤなイヤなイヤな奴』を取り上げる。

『殺され屋』の記事はこちらから。

【殺されたと見せかけてくれる職業=殺され屋】という、ウソか本当か分からない職業のセールストークを聞くというお話だった。


今回は宇宙船の中という閉塞空間を舞台とした、ガチSF設定の物語。とってもイヤな乗組員が、ある重大なウソをついていて・・・というストーリーである。

閉鎖空間における人間関係のギスギスを克明に描いた、読んでいて非常にイライラするお話だ。しかし、当然のこと、イライラだけでは終わらない・・。


『イヤなイヤなイヤな奴』
「ビックコミック」1973年4月10日号/大全集1巻

まずは掲載誌のことを軽く。「ビックコミック」は1968年に創刊された小学館発行の大人向け漫画誌で、藤子先生は編集長に口説き落とされる形で、ほぼ初めて大人向けの作品を発表した雑誌である。

一番最初の作品は伝説的な名作『ミノタウロスの皿』で、こちらに手応えを覚えたF先生は、その後本誌を中心に意欲的な大人向けSF作品を連打していく。

そのあたりの経緯については、詳しく記事にしているのでご興味あればご一読下さい。


本作の直前に『劇画オバQ』というトンデモない作品を生み出したF先生は、この「劇画タッチ」による妙なリアル感を出す手法を、続けて本作でも採用している。

舞台となるのは、レビアタン号という恒星間を往来する巨大タンカー船。ゼム油という資源を地球に運んでいる帰り道で、一年半に及ぶ旅が間もなく終わろうとしている。


乗組員は全部で6人とプラスアルファ。名前と職務を記しておこう。

①機関主任 ヒノ
②機関助手 ドイ
③航宙士 キヤマ
④通信士 キンダイチ
⑤整備士 ミズモリ
⑥船長
+アルタイル犬・ムック

冒頭、トランプ賭博をしているシーンから、数ページ読んでいくと、①ヒノと②ドイが機関士のコンビということで懇意にしていること、③キヤマと④キンダイチも気脈を通じていること、⑤ミズモリは得体の知れない一匹狼であること、などが分かってくる。

①ヒノと③キヤマは既に険悪の仲となっており、それぞれ②ドイと④キンダイチを仲間に引き込んでおり、①ヒノは④キンダイチに③キヤマの腰巾着だと罵倒している。

ムックは④キンダイチのペットだが、①ヒノに噛みついたりして、トラブルの火種となっている。⑥船長は群れてはいないが、③キヤマを片腕と考えているようだ。

他の乗務員を達観したような立場で見ているのが、⑤ミズモリで、この後怪しいアクションを次々と起こしていく。彼には何かある・・。


冒頭の二派に分かれたカード賭博での騒動を見ていたミズモリは、船長に状況をチクりにいく。船長は「三次元クロスワード」という、本当に存在していそうなパズルに夢中だ。

ミズモリがノックもせずに船長室に入ってきたので、船長はイラつく。そして勝手に部屋にあった葉巻を吸い出し、ドヤされる。ミズモリは、船長に対しても遠慮のないイヤな奴であるようだ。


ともかくも、船長がカードで揉めていたところに割って入り、騒動は収まる。そして船長はキヤマを呼び出して説教をする。カードのような揉め事の種は一切困るのだという。

ここで思い出すのが大ヒットコミック「宇宙兄弟」だ(映画もアニメも)。僕は実写映画とコミックの初期しか読んでいないが、宇宙パイロットという職業は、いかに人間性が重んじられるかがよく分かるお話だった。

周囲は宇宙空間なので逃げ場もなく、かつ、かなりの狭小空間で人と人との距離感が近い。そんな中で、協調性や人間性が欠ける乗組員が一人でもいれば、致命的なトラブルが発生しかねない。

事故が生命に直結する命がけの職場であるからこそ、「手に職」の部分だけでなく、人間性そのものが、絶対的に必要なのである。


本作のように、民間人も次々と宇宙に出かけていくような時代となると、人間性の部分が、だんだん重視されなくなっていくのは、必然かもしれない。

船長は、キヤマに説教するが、この部分は、後の宇宙時代をきちんと想像した藤子先生のリアリティが込められている。この後の本作のテーマにも通じるので、全文抜粋しておこう。

「閉ざされた環境で、限られた人員が顔つきあわせて長期間暮らすんだ。異常な精神状態になるのは避けられん。君も知っているだろ、長距離宇宙船につきものみたいになってる悲劇を・・・。仲間割れ、反乱、暴動・・・」

船長の言う事はその通りなのだが、一方でキヤマに対して、二度とこんなことがあれば、航宙士不適格だと本社に報告すると脅している。船長も知ってか知らずか、トラブルの種となるような物言いをしてしまっているのだ。


他の3人がミズモリに詰め寄っている。船長にカードのことをなぜしゃべったのかと。自分もカード仲間だろう、という怒りである。

しかしミズモリは、「賭博の結果、みんなに対して多額の貸しが発生している、それを払ってくれるのか心配だ」と、逆襲。イヤな奴っぷりがはっきりしてきた。


ヒノが管制室に入り当直をしていると、部下のドイが入ってくる。ヒノが退屈なので話し相手に呼んだのだ。適当な会話をしていると、ヒノは思い出したように激怒する。キヤマに対して抑えきれないほどの怒りを覚えている様子だ。ドイも同調する。

この二人の会話を隠し集音マイクで聞いている男がいる。ミズモリである。ミズモリは自分の悪口も聞こえてきたところで、ニヤリと笑う。続けてキヤマの私室の音を拾う。あちこちに盗聴マイクを仕掛けているようである。

キヤマはキンダイチを部屋に入れて、ヒノのことを癇癪持ちだとバカにしている。そして、「ミズモリが油断ならん人物だ」と会話をしている。キンダイチも「得体が知れない」と評している。そして、出発した時はみんな気持ちのいい人だと思ったと不満を述べるのであった。


二組の愚痴を盗聴したミズモリは、何やら謎めいたことを呟く。

「旅も終わりに近づいてやっと荒れてきたようだな・・・。これからが俺の本当の仕事だ」

ミズモリはただの整備士ではないようだ。本当の仕事とは??


宇宙船は最終ワープに入ろうとしていた。居住区から管制区まで移動となるが、なんと一キロも通路が続いている。ここで船長を除く5人が集結し、運動不足解消も含めて、賭け競争をしようとミズモリが切り出す。

反対の人間もいたが、「もう負ける気になっているの?」とミズモリが挑発し、結局5人で徒競走をすることに。ところが、用意ドンと走り出した瞬間、キンダイチのペット・ムックがヒノの足に絡みつき、転倒してしまう。

ずっとムックに対してイラついているヒノは、「檻に閉じ込めておけっ!!」と大激怒。そこにミズモリが割って入り、

「だから俺、いつも言っているだろ。アルタイル犬の試食会をやろうって」

と、斜め上からの発言をかまして、皆ドン引き。・・・これによって、不穏な対立は解消したようだが・・。


ワープによって、最後の超空間に入る。

船内では、まるで高原のような場所で、乗組員たちが休んでいる。これは、「環境浴」という実体感映画で、地球の風景を再現する娯楽施設であるという。

思い思い休んでいると、ドイがシーシーと歯を鳴らしていて、それをキヤマが気に留める。そして「前から気になっていたのでその癖を止めてくれ」と強く注意する。

すると離れていた場所からヒノが近づいてきて、「止めることはない」とドイに言葉をかける。そして、「誰かさんの貧乏ゆすりの方がよっぽど目障りだ」と、キヤマに対しての敵対心を露わにする。

またまた一触即発の空気となるヒノとキヤマ。そこへ、ミズモリが「フェーッヘッヘッヘヘ」といかにも腹の立つ笑い声をあげる。すると、対立していた二組ともから、「その笑い方止めろ!!」と叱責される。

ここでも、ミズモリの万人共通なイヤな奴っぷりで対立はウヤムヤとなったようだ。


ワープは続く。二組の対立はさらに深まっていく。

キヤマはキンダイチに、「ヒノの自分に対する目つきが憎しみに燃えている、殺意と言っていい」と語る。流血ざたは避けたいと言いつつ、護身用に銃を用意していることを明らかにする。

一方のヒノは「重力ジム」に入り浸り。重力ジムとは、重力の少ない船内生活での体の衰えを留めるための強化施設のこと。「環境浴」といい、ちょっとしたSF的リアリティが埋め込まれているのが、本作の素晴らしいところ。

ヒノは「キヤマの畜生!」と連呼しながらサンドバックを叩き続けている。「好んで喧嘩したくはないが、向こうがその気なら受けて立たなきゃ男じゃねえ」と、交戦意欲まんまんなのである。

この二組の様子を盗聴していたミズモリは、表情を変える。

「どうもな・・・。今までのやり方じゃ手ぬるいか・・・」

やはり、ミズモリには、何か別の任務を帯びているようである。


ミズモリが、イヤな奴っぷりを爆発させる。

賭博の取り分を確保するために、本社の経理に連絡して給料から差し引いてくれとお願いしたと言い出す。船内賭博は重大な服務規程違反で、このままではメンバーは罰せられる事態となる。

さらにキンダイチのムックが見当たらなくなっているのだが、なんとミズモリがついに食べてしまったのだと言う。「うまかったなあ・・」と全く悪びれていない。

そして船長の唯一の楽しみのクロスワードを全部解いてしまった奴がいる。船長が怒鳴り込んでくると、「あまりに手こずっているようなのでコンピューターに解かせた」とミズモリがあっさりと答える。

船長含め、乗組員全員が溜め込んでいたストレスを発散するかの如く、怒りを爆発させ、「やっちまえ」とミズモリを袋叩きにする。「こんなことしていいのか」というミズモリの発言を無視してリンチを続ける。


すると、隙を見てミズモリが脱走。「抵抗すれば射殺も可」だと船長が檄を飛ばし、皆船内を探し回る。「前から気に食わん奴だった」と、対立していたヒノとキヤマが同調する。

ミズモリは機関室に潜り込み、原子炉の制御弁を握り締めている。これを引っ張るとロケットが吹っ飛ぶという代物である。ミズモリを捕まえようとしていたメンバーたちは慌てて引き下がる。

地球着まであと5日。何とかスキを見て取り押さえるしかない。船長たちはここで対ミズモリで一致団結する。


ところが3日経ってもミズモリは鼻唄などを歌っている。冷却水パイプに穴を開けて水は確保しているようだが、食べ物はないし、この間一睡もしていない。

そしてさらに2日後、ミズモリが動きを止める。キヤマがこっそりと機関室への梯子を上って、ミズモリを撃ちに向かう。しかし、梯子の上では意識のあるミズモリが、「3つ数えるうちに降りろ」と脅してくる。

慌てて梯子を降りるキヤマだが、思わず足を踏み外し、高所から落下してしまう。すると、「危ない!!」とヒノがキヤマの体を受け止める。

「恩に着るよ」「なあに」

もう、殺し合おうという空気だった二人の姿はない。そして、「フェーッヘッヘヘッヘ」とあざ笑うミズモリであった。


翌日。地球に帰還するレビアタン号。トーキョースペースポートに着陸し、通報を受けた警察が飛び込んでくる。ミズモリは6日間不眠のまま制御弁を握っていたのであった。


そして、場所は変わって、「ニホン宙運トーキョー本社」。札束がミズモリの前に積まれ、重役のような人間が「納めてくれたまえ」と手渡す。何かの報酬であるらしい。

「いい稼ぎだねえ」と言われてミズモリは、「でもありませんよ」と答える。

「体を張っての命がけの仕事ですからね」

重役は「おかげで積荷が無事届いた」と満足気。そして人事部では新しい契約が待っていると告げる。

ミズモリは思い出したように、「これをキンダイチって坊やに返してくれませんか」と言って、箱を取り出す。中から「キンキン」と鳴くアルタイル犬のムックが出てくる。ミズモリが美味しく頂いたわけではなさそうだ。


ラスト一コマ。ミズモリの本当の仕事が明かされる。・・まあ、大体予想は付いていたところだろうが・・

<にくまれ屋>
人間は、共通の敵の前で、もっとも強く結束する。この習性に目を付けた、宇宙時代のビジネス。


憎まれ役、なんていう言葉もあるが、それをビジネス化させたということだろう。特に宇宙空間という生命の危機が間近にある環境では、憎まれるだけでは済まずに、本作のようなリンチにだって発展しかねない。

であれば、憎まれて怪我をするリスクの代わりに、高額な報酬を要求するのは理にかなっている。

旅の間、わざとイヤな奴だと他のメンバーを騙し続ける仕事。。「殺され屋」といい、「憎まれ屋」といい、藤子先生の考案する仕事はなかなかエグイものばかりである。


「SF短編」多数紹介・考察しています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?