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ペテン師か?本物か?『殺され屋』/藤子Fの嘘つき物語③

それは嘘なのか、本当なのか。

いかにも嘘っぽく聞こえるけれど、もしかしたら本当のことかも知れない。そんな風に考えながら読むことのできる物語は、なかなかお目にかからない。

最後に「全部ウソだったのか!」とどんでん返しをするお話は時々あるのだが、ウソか本当かを行ったり来たりしながら読めるサスペンス感のある作品は作るのが難しいようだ。

そんな中、本稿で紹介する『殺され屋』は、「ウソか本当かどっちだろう?」 と、楽しみながら読めることのできる稀有なる例である。


『殺され屋』
「COMIC モーニング」1983年1月13日号/大全集4巻

タイトルとなっている「殺され屋」とは、聞きなれない職業である。自分の代わりに殺されてくれるといことなのだろうか? でも、そんな仕事が成り立つのだろうか? そんな疑問を持たせるタイトルである。


冒頭、大きな屋敷に一人の男が入っていく。屋敷内は、広々としていて人気がない。寝室に入ると、布団が一枚敷いてあるが、そこには誰も眠っていない。

男は「やはりお留守でしたか」と呟く。そして布団に手を当てて、まだ人の温もりがあることを確信する。

「ということは、吉良上野介どのはこのあたりの炭小屋に・・・」

そして、隣の部屋に通じる襖を引こうとすると、ガラッと別の男が姿を現わし、ガギューンと拳銃を一発撃ち込んでくる。胸に弾丸を撃ち込まれ、血飛沫をあげて倒れ込む男・・。

ちなみに男のセリフにある吉良上野介うんぬんは、「忠臣蔵」で赤穂浪士が討ち入りしてきた際に炭小屋に隠れていたことを指している。


拳銃をぶっ放した男は、仁侠組の元大親分だったと名乗る。そして家に入ってきた男は極道会のチンピラだろう、と推測する。

そして、元親分は、独り言で状況を説明してくれる。
・仁侠組は解散させられた
・極道会は積年の恨みがあり親分を狙っている
・チンピラを撃ち殺したので殴り込み掛けられてしまう
・頼りになる身内は散り散りとなっている

ひと言で言えば、この元親分は命を狙われているのである。

そこでブラジルにでも逃げるしかないと金庫からお金を持ち出す。ブラジルの名前がやや唐突だが、現役中に何かの取引で行ったことがあるのだろうか。そして、先ほど殺した死体を隠して時間稼ぎをしようと考える。ところが、死体が忽然と消えている


ミシミシと遠くから、先ほど殺した男がソロリソロリと近づいてくる。驚きの声を上げる親分。そして男は近づきながら、

「あんなことでいちいち死んでちゃ、殺され屋は務まりませんよ」

と自己紹介する。


男は座り込んで親分に「殺され屋」の説明を始める。男は「被害者請負株式会社」に所属するプロの殺され屋で、親分のように殺し屋から狙われている人を救済するのが仕事だという。

果たして、そんな嘘くさい職業があるのだろうか?

続けて仕事の段取りについて説明する。
①お客様そっくりに変装する
②その姿で殺し屋に殺されたように見せかける
③お客様は外国で安全に暮らす

殺し屋は目的を果たし、お客様は命が助かり、殺され屋は儲かるという三方得のシステムだという。


親分はまず「変装」に疑いを持つ。殺され屋は、ハリウッド仕込みのメイクアップ技術でそれは可能だと答える。もはや作れない顔はないという。ここで映画の「ハウリング」や「キャットピープル」を引き合いに出している。

親分は知らなかったようなので解説しておくと、「ハウリング」は1981年に公開された「狼男」もので、1982年には早くもテレビ放映となった作品。人間から狼男に変身するシーンで、最新のメイクアップ技術が駆使されたことで話題となった。(その後シリーズ化される)

「キャットピープル」は古典的な「化け猫」ものだが、1982年にポール・シュレイダーの手でリメイクされた。こちらも特殊技術を駆使した変身シーンが注目された作品である。


まだ親分は信じ切れない。これはもちろん読者も同じだ。

すると突然雨戸が外れた音がする。ビビりまくる親分に対して、殺され屋は「落ち着いて下さい」と言って、パトカーの警笛に似たブザーを取り出して鳴らす。そして、もう逃げたでしょうと言って、廊下に出ると、雨戸が破られている。

どうやら本当に極道会は親分の命を狙いに来ているらしい。


親分は少しずつ男を頼り始めて、お茶を出す。先ほど殺され屋が喉が渇いたと言っていたことを踏まえたもてなしである。

殺され屋にとって、お茶を出してもらうことに実は意味があった。錠剤を取り出し、大きい粒を自分のお茶に、小さい粒を親分に入れる。「プレヒドラドキシン」という錠剤だという。それっぽい名前だが、プレヒドラというドキシン錠は実際には存在しない。

「プレヒドラドキシン」は、本作においては毒薬のこと。親分が飲んだのは微量なので、作用は一過性だという。殺され屋は致死量を飲んだのだが、CIAが開発したというゼリーをあらかじめ口に含んでおいたので大丈夫。ゼリーが毒を包んで体外に排出してくれるのだという。


「殺され屋」の存在は、まだ胡散臭さを感じるのは事実。読者と親分の気持ちを捉えるかの如く、ここから「殺され」テクニックを次々と畳みかけて紹介していく。

・あらかじめ飲んでおくと外傷を受けた時に筋肉が極度に収縮して傷口を塞ぎ、同時に血圧を低下させて無用の出血を防ぐ薬
・仮死を装う沖縄の体術「喪心技」
「強制(フォース)」と呼ばれる奇術を使い、かなりの確度で殺され方や時と場所を操作できる

どれもこれも嘘くさいが、どこかもっともにも聞こえる。ちなみに喪心技という技は沖縄には存在していない・・。


親分はそんなことでは騙されないと、銃口を男に向ける。「もう一度殺して見せるので、生き返ったら信用してやる」と脅す。すると、「あんたこそハジキを捨てな」、と別のヤクザが背後から銃を突き付けてくる。

極道会の人間かと思いきや、これは殺され屋の仲間で、「相棒と組んで臨機応変に状況を演出しているのだ」と親分に言い放つ。


殺され屋のセールストークに、いよいよ真実味が帯びる。男は親分に一億円の料金を提示、ついにこれを受諾する。

「後のことは任せて下さい」と、二人に見送られて、親分はブラジルへと向かう。そして親分を乗せたタクシーが走り去った後、二人はニヤリと笑う。そして男はモゾモゾと防弾チョッキを脱ぎだす。

何のことはない、最初に親分に撃たれた時、防弾チョッキで身を守っていたのである。簡単なトリックだが、奇抜な薬のおかげだという強引な説明のインパクトがによって、単純な事実を覆い隠していたのだ。

男の本職は奇術師。もう一人の男に言わせると、「二流」らしいが、ペテン師としては一流だと持ち上げられる。男は、ワンステージ1億円の大奇術だと誇らしげ。そして、次なるカモを探しに夜明けの町を走り出すのであった。


あまりに嘘くさい「殺され屋」という職業を、あることないことを散りばめながら、少しずつ説得力を獲得していく。最初のメイクアップまでは真実だが、その後の薬だったりCIAのチューブだったり、沖縄の体術などはまるで嘘。

奇術で殺される場所を操れると誇っていたが、それはつまり、親分に対してもウソを操ってますよ、と言っているにも近い。かなり危ういテクニックを駆使している。

嘘のような話を本当のように語る物語。これはアイディアとしてはありがちだが、いざ説得力のある物語として作り上げるのはかなりの難易度だ。ペテンのテクニックを勉強しなくてはならないし、さもありなんの事実を集めてこなくてはならない。

割と軽やかに読めるお話なのだが、その背景にはかなりの努力とテクニックが必要である。これこそ、藤子先生の大奇術だと言えるのではないだろうか。


「SF短編集」もたくさん考察しています。


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