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Dr.本田徹のひとりごと【アーカイブ版含む】

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シェアの代表本田徹のひとりつぶやきのアーカイブ版(2004年~)を含む記事です。
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記事一覧

ガザ戦争と古居みずえ監督作品「ぼくたちは見た」―パレスチナはいま何を私たちに問う…

1. ヨシュア記とイスラエル人入植者  旧約聖書 「ヨシュア記」 を書いたとされる、英雄ヨ…

本を読む:山村淳平著 「入管解体新書 外国人収容所、その闇の奥」 《Dr.本田徹の…

1.  すべての人は唯一無二の存在で、それぞれの人格、尊厳、自由や人権は尊重されなければな…

1980年 タイカンボジア国境 難民支援医療バス 「飯舘号」 《Dr.本田徹のひと…

 NGOシェアはこの8月に40歳となりましたが、原点は1980年(昭和55年)に始まったタ…

名著紹介 『学ぶことは変わること ― 自分と地域の力を引き出すアイディアブック』…

 『学ぶことは変わること ― 自分と地域の力を引き出すアイディアブック』 (アジア保健研…

林製作所とフィリピンからの女性労働者たち《Dr.本田徹のひとりごと(84)2022.11.17…

1.林製作所訪問まで  本来農業や畜産の村として発展してきた飯舘村は、ほかにも地場産業と…

疾走する魂の戦士 ― 長純一さんへ 《Dr.本田徹のひとりごと(83)2022.…

士 ― 長純一さんへ     本田 徹 君はいつも全力で走り続けてきた。 重い病を得た今も…

「女の平和」とウクライナ戦争 ― ペロポネソス戦争を鏡として ー 《Dr.本田徹のひとりごと(82)2022.4.20》

「女の平和」とウクライナ戦争       ― ペロポネソス戦争を鏡として  1.不幸で、不当な戦争の始まり  プーチン大統領の声明により、ウクライナ戦争(彼は「特別軍事作戦」と呼び、「戦争」という表現をロシア国内で禁じています)が始まった2月24日から、この文章を書き始めた4月12日時点で、すでに一カ月半以上が経過し、戦争は国外避難民だけで、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)よると430万人以上を生み、第二次大戦後のヨーロッパで起きた最大級の悲劇となりました。これに、

タイ国HSF(Heatlh SHARE Foundation) からのうれしい便り 《Dr.本田徹のひとりごと…

タイ国HSF(Heatlh SHARE Foundation) からのうれしい便り A happy update from our sister or…

「海城発電」と日清戦争期の人道活動の試練 《Dr.本田徹のひとりごと(80)2021.6.24…

「海城発電」と日清戦争期の人道活動の試練         ― 新作劇の発表に寄せて 1.…

斉藤龍一郎を悼む 《Dr.本田徹のひとりごと(79)2020.12.23》

さようなら斉藤さん、  あなたは温かくて、とにかく面白く、まためっぽう人を面白がらせる人…

ダン先生、さようなら -大きく、温かい心をもつ、卓越した医師 《Dr.本田徹のひとり…

ダニエル・マーフィ医師(1944年9月23日―2020年4月14日) 彼の御霊が、東ティモールの人びと…

Dr.本田徹のひとりごと(76)2020.2.19

新型コロナウイルスの感染拡大に冷静に向き合う — 病院内、医療者間感染の予防のために デフ…

Dr.本田徹のひとりごと(75)2019.11.22

カンボジア:トンレサップ湖に浮かぶクリニック ― UHC (すべての人が安心してよい医療へアク…

Dr.本田徹のひとりごと(74)2019.4.5

シエラ・マドレからの手紙(Letter from the Sierra Madre) Dr.本田のひとりごと(番外編)  デビッド・ワーナーさんが主宰するNGO・Healthwrightsのニュースレター最新号で特集された、タイのHSF(Health and Share Foundation)によるバディ・ホーム・ケア(Buddy Home Care)に関する最新報告の翻訳です。一部、デビッドの記憶違い(写真1.の取られた場所が佐久の松原湖でなく、名古屋になっていたり、私