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Dr.本田徹のひとりごと(74)2019.4.5

シエラ・マドレからの手紙(Letter from the Sierra Madre)


Dr.本田のひとりごと(番外編)

 デビッド・ワーナーさんが主宰するNGO・Healthwrightsのニュースレター最新号で特集された、タイのHSF(Health and Share Foundation)によるバディ・ホーム・ケア(Buddy Home Care)に関する最新報告の翻訳です。一部、デビッドの記憶違い(写真1.の取られた場所が佐久の松原湖でなく、名古屋になっていたり、私のことを過大に評価してくださっているところは、少し訂正したり、言葉を補っています。ご了承ください。

 それにしても、「紐の力」(The Power of String)という、チェリーさんたちHSFチームの独創的な参加型ミニ・ドラマが、アメリカや日本のような、子どもの自殺やいじめ、虐待の問題に悩む国にとっても普遍性をもち、ほんとうのケアリング・コミュニティとは何かを、考えさせるよい糧となっていることを、皆さんにもぜひ味わっていただきたいと思います。)


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シエラ・マドレからの手紙(Letter from the Sierra Madre) #84 2019年3月

NGO・Healthwrights

▼homepage:http://www.healthwrights.org

もっとも疎外されている人たちといっしょに生きること

(インクルージョンとは)


「紐(ひも)の力」

バディ・ホーム・ケアの新しい動き ウボン県タイ国
報告者:デビッド・ワーナー


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 私(デビッド)が行なった、2017年5月のタイへの訪問については、私たちのニュースレター「シエラ・マドレからの手紙 81号で書きました。

Newsletter #81 HEALTH SERVICES IN A LAND OF CONTRADICTIONS: Innovations in Thailand to meet health needs of the most vulnerable.

>>>ニュースレター「シエラ・マドレからの手紙 81号<<<

 その時、私デビッドが、最も革新的・独創的な保健活動として紹介したのが、いわゆる「バディ・ホーム・ケア(Buddy Home Care)でした。これは、HSF(Health Share Foundation)という現地の草の根組織が始めた活動です。今号のニュースレター#84ではこの、有望な試みの最新情報を皆さんにお伝えします。

 ニュースレター81号で書きましたように、ウボン県の現地財団HSFによる活動は、もともとは日本のNGOシェアによって始められたものでした。いまやHSFはシェアからは完全に独立し、志あるタイ人たちの共同の事業として運営されています。

 HSFは、親団体だったシェア同様に、堅実な平等主義の精神に基づき、「もっとも不利な人たちを先にしてあげよう」との哲学で活動しています。HSFとシェアの関係は、依然として親密なものです。

 NGOシェアは、本田徹医師たちによって設立されました。彼は包括的なプライマリ・ヘルス・ケアの一人のパイオニアで、アジアやアフリカのいくつかの国々で地域保健活動を続けてきました。

 トオルと私は、さまざまな保健、人権、虐げられた人たちの擁護などの面で、同じ考え方を共有しています。過去20年にわたり、シェアは私を東ティモール、タイ、日本などで開催された、さまざまなワークショップ、セミナー、助言活動などに、招いてくれました。過去に、シェアも参加した翻訳グループが、私とデビッド・サンダースによる「いのち・開発・NGO」(新評論刊・原題 Questioning the Solution, the Politics of Primary Health Care and Child Survival)を日本語で出版しています。そして、今年(2018)シェアは、今やほぼ100ヶ国語に訳されている私の農村ヘルス・ケア手引書 であるWhere There Is No Doctor(邦題 医者のいないところで)の新しい版を翻訳・上梓してくれました。

人びとを中心に置くプライマリ・ヘルス・ケアの活動者・本田徹医師が長野県の佐久・松原湖で私と一緒に並んで立つ(2009年)。彼の手に掲げるのは、同年に翻訳・出版された「医者のいないところで」。

 東北タイ(イサーン地方)における地域保健活動は、1990年にシェアの工藤芙美子らによって、包括的なPHCとして開始されました。このプログラムでは、下痢などの、主として貧困から生じる普通の病気の予防と治療に、焦点が当てられました。しかし、3年ほどすると、村人たちの要請もあり、当時もっとも恐れられていた保健問題であるHIV/AIDSに重点が移されていきます。・・・それ以降は、一番疎外され、スティグマ(偏見・烙印)を負わされた住民グループのニーズに応え、彼らのインクルージョン(包摂)そして、エンパワメントの実現に、活動は注力していきます。

 こうしたスティグマを負わされたグループには、例えば、ゲイ、トランスジェンダーの人たち、ストリートチルドレン、セックスワーカー、そして、貧しいラオスや近隣諸国からの移民者が含まれています。これらのグループに属する人たち自身が、今ではプログラムの中で、中心的な役割を果たしています。

さて、バディ・ホーム・ケア活動は、2016年にHSFによって、二種類の、立場の弱いグループへの支援を目的として開始されました。1)困難な状況に置かれた子どもたち、2)慢性的な病気や障害を持つお年寄り、です。バディ・ホーム・ケア活動の狙いは、病気や障害で不利な立場にある人びとのニーズに対して、子どもたちが、地域のケアギバー(介護者としての訓練を受けた保健ボランティア)のバディ(相棒)となって家庭訪問を一緒に行う中で、応えていくというところにあります。

 「バディ」であるケアギバーと一緒に、この子どもたちは、定期的に近隣の高齢で、体の弱った病人の家を定期訪問し、助けてあげています。このプロセスの中で、高齢者と子どもはしばしば親密で互いに支えあうような絆を結ぶようになっていくのです。こうして、自ら弱い立場にある子どもが、ケアギバーと、さらには介助を必要とするお年寄りと、互いに支え合う同志、または「バディ」となっていく。これは、三者のウインーウインーウインの関係ということもできるでしょう。

 私(デビッド)が前回1年半前にタイを訪れてから以降、バディ・ホーム・ケアのプロジェクトはその活動範囲を広げ、気づきを高めていくような参加型の方法で、より多様な地域の人たちにアウトリーチ(接近)していくようになりました。これは、地域住民が互いに気遣いを共有し、インクルージョンを進めていった結果です。

 私は最近、トオルからもらった手紙で(彼は2017年5月の私のウボンへの旅行に同行してくれ、その後2018年8月にフォローアップの現地視察をしてくれたのです)、バディ・ホーム・ケアの新しい展開について知ることができました。

本田徹医師(写真右手)が、彼の最近のタイ訪問(2018年8月16日)で、HSFのスタッフ、トム(Thom)と並んで、新設のケマラート病院保健活動トレーニングセンターの建物前に立っている。トムはすぐれた教育者であるとともに活動家であり、バディ・ホーム・ケアのワークショップの運営責任者となったり、このニュースレターで紹介するロールプレイの企画や実施を助けてくれたりしている。

私への手紙の中で、トオルは、HSFによる新しい、人びとの気づきを高める活動を紹介してくれています。それは、「紐の力(The Power of String)」という、すこし謎めいた名前のロールプレイ(役割劇)です。トオル医師は、HSFの代表であるMs.チェリーによって作られたこのロールプレイの筋書きを、写真とともに私に送ってくれました。以下のような観察記事は、トオルの手紙、チェリーから届いた補足を合わせ、私がまとめあげたものです。

 「紐の力」というロールプレイを始める前に、「見あげて話す、見おろして話す」というアイスブレィキング(座を和ませる)の余興が司会ニーナさんの導きで行われました。このゲームでは、全参加者がペアになります。それぞれのペアのうち、一人が床に座り、もう一人が彼女・彼を見おろすように立ち、ペアはお互いに話し始めます。こうして、一人が見あげるようにして話し、他の一人が見おろすように話します。次に二人ともが床に腰をおろして、話し続けるように勧められます。つまり、今度は同じ目線の高さでペアは話し合います。それが終わると、まとめの全体討論があり、参加者が座位と立位という違った位置でどう気分の差を感じたか、また話す時の姿勢の動力学的変化(dynamic)が、実際の生活の場での、平等・不平等の感覚の違いと対応するのかどうかなど、グループで討論します。この練習が、次のロールプレイへの舞台を準備することになります。

アイスブレイキングの練習「見あげて話す、見おろして話す」において、参加者はペアを組み、一人は立ち、相手は座る。立った人は見おろすように話し、座った人は見あげるように話すことになる。次に二人ともが座って、同じ目線で話し合う。これに引き続くグループ討論の中で司会者は、「この話す時の立ち位置の違いは、実際の生活での人間関係をどう反映するのか考えてください。」と問いかける。

 「紐の力」のロールプレイは、10代の妊娠について考えるものです。
このワークショップに参加する人たち(保健分野や福祉分野のワーカーたち、ホームケアのバディたち)は、コミュニティのさまざま異なったメンバーの役を演じます。それらの役には、保健ボランティア、村長、保健・医療機関のスタッフ、教師など、村において、子どもたちに対してある期間、影響力を及ぼす立場の人が含まれます。このワークショップでは、「バディ」たちに、スティグマ(社会的偏見・烙印)がどのように、その烙印を押された人を苦しめるか、を知ってもらうことが目的となります。


 私はトオルから送られてきた、「紐の力」のロールプレイの報告をもとに、それを少し編集して以下に示してみます。

 「このたび私(トオル)は、ケマラート郡で、バディ・ホーム・ケアのワークショップを見学する機会をもちました。テーマと目的は、ティーン(10代)の若者たちの激怒、いじめ、薬物嗜癖・乱用、スマホ依存、そして妊娠などの問題に対して親の気づきを促そうというものでした。こうした問題は、タイだけでなく、アメリカでも日本でも蔓延している、共通のものと私は思います。このワークショップで演じられた、非常に興味深いロールプレイは、まさにティーンの妊娠を扱った、ミニ演劇でした。

 このロールプレイに主演する役者は若者グループのリーダーですが、妊娠した中学校の女生徒役に扮して、大きな輪の中心に座らされています。彼女を取り囲んでいるのは、(参加者でも役者でもある)20名ほどの村人たちです。ドラマの中での彼らの職業や女生徒との関係は多岐にわたり、村長、彼女の父親、母親、祖母、祖父、姉妹たち、兄弟たち、伯母、学校の先生、福祉局の役人、ヘルス・センターの職員などなどです。

 第一場では、少女を囲む面々は非常に彼女に対して批判的で、「お前は村にとっても、家族にとっても、学校にとっても恥さらしだ。」と言った発言が飛び交います。一人がこうした不親切で、凍りつくような発言を投げかけるごとに、少女の体は、ビニールの紐で巻かれ、非難者の手に紐の端が握られます。最終的には、彼女の体は20本以上の紐でがんじがらめにされてしまいます。

 少女の顔は、いくら芝居の上とは言え、緊張で引きつり、絶望的な表情のように見えます。

ロールプレイの第一場では、妊娠した女子生徒に対して、少女を取り囲む全員が批判的である。誰かが彼女に残酷で叱責するような言葉を投げかけるたびに、少女の体に紐が巻かれ、批難した人の手に紐の端が握られる。最後には20本以上もの紐で彼女の体はぐるぐると巻きつけられてしまう。

 ところが、第二場では、人びとは少しずつ心を和らげていきます。彼らの言葉も、チェリーの表現によると「ネガテイブからポジテイブへ」と変化していくのです。

 ……彼女を取り巻く人びとの態度も、穏やかで受容的なものになっていく。例えば、「もし赤ちゃんが生まれた後、学校に戻りたければ、大丈夫よ。」(学校の先生)とか、「妊婦健診のクリニックにいらっしゃいね。」(保健センターの助産師)などの言葉をかけてあげるようになります。

ロールプレイの第二場では、妊娠した中学生を取り囲む人びとはだんだん理解をもち、親切になっていく。一人がやさしい言葉をかけてあげると、そのたびに紐が一本取り除かれていく。

すべての紐が取り除かれた後で、少女と「村人たち」(ワークショップの参加者がそれぞれ演じている)は集まって、第一場を演じて互いに心に感じたことを話し合い、次に第二場を演じてどのように彼らの心持ちが変化したかを語り合った。

ロールプレイのまとめに、参加者はそこから学んだことを話し合い、各グループで模造紙に結論を書いた。(写真に出ている模造紙を囲む4人の若者は皆このプロジェクトの「バディ」である)

トオル医師は以下のように語っています。

 「私にとってこのロールプレイの鑑賞は、本当に心から感動すべき体験だったのです。私のぎこちない英語が、このミニ・ドラマの香りをすこしでも伝えているとよいのですが。・・・」

 一方チェリーは、今回の活動のサマリーとして、次のような結論を書き送ってくれました。

 「この活動は村の人たちに、ティーンの妊娠について、ときに否定的であったり、ときに支援的であったりして揺れている、彼らの真の気持ちを自由に表現してもらうよい機会になったと思います。」

 「彼らが吐くむごい言葉は、少女を傷つけ、安らぎを与えません。こうした態度は、ゆっくり聴いてあげる態度に戸を閉(た)ててしまい、子どもらと一緒に問題を解決していくことをむずかしくします。こうして、参加者は否定的な気持ちを肯定的な気持ちと比べてみて、後者のほうが少女にとっても、自分たちにとっても、より受け入れやすいものであることを悟ります。」

 「ティーン世代に対してより多くの否定的な感情のあるところでは、より多くのスティグマ(偏見)と差別が生まれ、最悪の場合、彼らを自殺に追い込むのです。」

これら底意地の悪い言葉すべてが、家族や先生や福祉カウンセラー、村長などから一斉に投げかけられると、若者リーダ-のように、ただ妊娠した中学生役を演じているだけの女性でも、みじめで、心かき乱される状態になってしまうものなのだ。

こうした子どもたちの問題を解決していくためには、HSFは近隣のコミュティにまで、働きかけをしていかねばならないのでしょう。

 バディ・ホーム・ケアに従事する、大人のケアギバー(保健ボランティア)と子どもの相棒は、彼らの支援を必要としている、立場の弱い人たちに対して、裁くことなく、支援的な態度で接し、スティグマや差別を生む言葉に対して、鋭敏でなければならないのでしょう。否定的な態度は、妊娠した少女に対して、彼女にとって必要な保健サービスを受けることを、拒ませてしまう結果を生じやすいのです。

 結論として、私(デービッド)はこう考えます。「紐の力」の活動は、一人の人間の健康と福祉は、その人自身の身体と精神の健康状態だけに依存しているのではなく、彼女を取り巻く周囲の人びとの態度や接し方によるところが大きいのだということを、如実に私たちに気づかせてくれるのです。

 よいヘルス・ケアを提供するためには、ケアリング・コミュニティ(気づかい合う地域)が必要です。HSFチームの活動は、さまざまな意味において、こうした支えあいのケアリング・コミュニティを創っていくための助けとなることでしょう。


(2019.4.5 翻訳・文責 本田 徹)


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