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別に仕事で自己実現しなくてもいいんじゃないかと思い始めています

昨年夫の会社を退職して、現在まで10ヶ月ほど無職です。

とは言え、退職後も夫の会社から業務を請け負っているので、完全に無職というわけでもありません。
ただ、業務量的には「ワーママ」とか「兼業主婦」とか名乗るのははばかられる程度で、家のことも適当にしかしていないので「主婦です!」と言い切るのも申し訳ない。

じゃあ「モラトリアム」かと言うと、それも違う。
見えない未来への判断を先延ばしにするような気持ちの不安定さがあるわけでもないのです。

そんな中で「サバティカル」という表現に出会い、ああ今の私はこれかな、と思いました。


「サバティカル(休暇)」とは、組織に長期間所属している者が、いっとき職務を離れて取る長期の休暇のことだそうです。

「長らくおつとめご苦労様でしたね。ここらでゆっくりと体を休めて、充電して、また休みが明けたらがんばってくださいね」
みたいな意味合いがあります。

(私の場合は既に退職しているため「いずれ職務に戻る」という条件を満たしておらず、正確には「サバティカル休暇」とは言えないのですが)

38年間バーッっとがむしゃらに走ってきた私に
「まぁそろそろ休んどけよ」
って神様的なひとにぽんぽん後ろから肩を叩かれたような気がしていて、その「頑張った後のしばしの充電期間」的な感覚が私にとっては「サバティカル」なのです。

実は、仕事を辞めた理由は
「子どもたちともっとラブラブキャッキャする時間を増やしたいな♡」
くらいのものでした。
どうしても辞めざるを得ないような大きな出来事もなかったし、何かを勉強するとか挑戦するとか、かっこいい大義名分があったわけでもなくて。

けれど私は、子どもとの時間にフォーカスすることこそが当時自分に最も重要なことだと感じ、「無職」に引け目を感じないように努めていました。

それが結果的に、長年自分の中に溜め込んでいた心の荷物(表現がダサい)を点検・整理する精神的/時間的余裕につながりました。

※その辺詳しくはこちらに。↓

一方で、長く休むからには何らかの気づきを得たいという下心もあり、
「半年くらいしたら自然と自分が本当にやりたいことが見つかって、そんで事業化して独立までできたら最高だな」
なんて思っていました...。

で、半年どころか早10ヶ月が経った今、「そんな風まかせな考えで都合よくやりたいことなんか見つかるわけないわな」と気づいたところです(笑)。


けれどやっぱり働くことは好きで、仕事なんて結局なんでもいいんだと思いました。

それこそ学生の頃から今に至るまでずっと「私が本当にやりたいことってなんだろう?」って悩んできたのだけど、自己実現と仕事は、無理に結びつけなくてもいいんじゃないかと思い始めています。
「自己実現」ってなんとも甘い悪魔のささやきのようなもので、実態不明だけど素晴らしく見える桃源郷のようなもの。
それに囚われて「やりたい仕事も見つからない私は一人前じゃないんだ!」なんて自己肯定感を下げてしまったら元も子もないのかな、と思います。


しかしながら!
そう言いつつも今私は「自分が本当にやりたいこと」を本気で探すためにコーチングを受けています。(どっちやねん)

でもそれは、「これを見つけなきゃ私はダメなんだ」っていう焦りや劣等感ではなく、人生をよりよく生きたいというシンプルな欲求から来ているようです。

思えば、我が子と過ごす時間を増やしたことも、健康や美容に気を使ってみることも、夫の仕事を下請けしていることも、時間に追われる生活を離れて自然と自分の内側から沸き起こった欲求でした。

ならば、自分の内面をもっと掘り下げてみたら、自分でも気付いていなかった新しい発見があるんじゃないか?
そんな好奇心に突き動かされています。


当初思い描いていた形ではないけれど、これが私のサバティカル休暇がもたらした気づきです。
この先の自分が一体どうなるのか依然として見えていませんが、今しばらくこの境遇に甘えてみようと思います。



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