3分で読める短編:女の幽霊

 最寄り駅の近くに居酒屋がたくさんあるせいで、俺が金曜の夜にアルバイトを終えてアパートに帰る帰り道は、いつも酔っ払って馬鹿騒ぎしている大学生でいっぱいだ。俺はこういう馬鹿な大学生のことを心底見下している。馬鹿な男と馬鹿な女、セックスと酒のことしか頭にないくせに、どいつもこいつも自分が物語の主人公だ、みたいな顔をして笑っている。

 そういう奴らを見下しながら帰路に着くのも最初の方は悪くはなかった。しかし最近は奴らとすれ違うだけでも苛ついて仕方がないので、金曜の夜はわざわざ人通りの少ない暗い道を選んで、音楽でも聴きながら帰ることにしている。最近ハマっているこのバンド、流行りのバンドの逆を行っている感じが気に入った。

 そんな帰り道、高架下の、電灯の光がちょうど届かないところに何か見えた。女だ。俺は今まで霊感なんかを馬鹿にして生きてきたが、そんな俺にも、そこに立っている女が所謂幽霊であるということは直感的に理解できた。その日は流石に怖くなって、大通りに引き返した。

 次の週の金曜も、女の霊はそこにいた。不思議と先週ほどの恐怖はなかった。その日の俺は大胆にも、女のいる前を通り過ぎて帰ることに決めた。だんだんと近づいていく。女のいるあたりがはっきりと見えるくらいまで近づいても、なんだかその姿はぼんやりとしたままで、ある意味幽霊らしく消えてしまいそうに弱々しかった。結局、その女の霊の前を足早に通り過ぎても彼女は動くこともなく幽かに揺れているのみだった。

 その日から、俺は毎週金曜の夜はその道を通って、そこに女がいることを確認した。確認せずにはいられなかった。たまに俺以外の人がその道を歩いていることもあったが、どうやら彼らには女の霊は見えていないようだった。なぜ俺にだけ?と考えたこともあったが、考えても無駄なことだった。俺にだけに見えていて、他の奴には見えていない。それだけでよかった。

 しかし、この前女の前を通ったとき、少し気になることがあった。なんだかいつもより少しだけ、女の体が透けているような気がしたのだ。それに、いつもより存在の輪郭がはっきりしていない。いつにも増して、消えてしまいそうに弱々しい。

 その日から俺は、馬鹿な大学生でごった返す大通りを通って帰ることにした。もちろん嫌だったが、仕方がなかった。もし次あの道を通った時に、女が完全に消えてしまっていたら...。いま俺を主人公たらしめているものは、まだ、幽かにだが揺れている、ぼんやりとしたそれ以外になかった。

 




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