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24時間テレビの是非
こんばんは。みなさんいかがお過ごしですか。
土曜日の夜で、楽しんでいる人も、仕事や勉強している人もいるかと思います。黒いカラスは東へ西へ飛んでいます。
さて、今日は、黄色いTシャツでおなじみ、毎年夏に放送されるチャリティー番組の「24時間テレビ」について話したいと思います。
放送の第一回は1978年だそうで、今年で43回目を迎えるというかなりの長寿番組(年一回でそういえるのかどうか不明ですが)ですね。
1.必要? or 不要?
近年、この番組に対して、批判もいろいろとでてきました。
「感動ポルノ」という表現や、チャリティー番組とうたっていながら、出演するタレントやミュージシャン、名物のマラソンランナー等にギャラが支払われており、欧米のチャリティーとはだいぶかけはなれている、とか言われていますね。
みなさんは、この番組が必要か不要かどちらだと思いますか?
好きな人は、必要でしょうし、嫌いな人は不要でやめてほしい、と思うかと思います。
果たして、10年後や20年後に、この番組があったほうがいいのか、なくしてしまったほうがいいのか。
2.チャリティー番組
この24時間テレビは、元々アメリカのラスベガスのチャリティー番組をみたテレビプロデューサーが、日本のテレビでやりたいと始めたのがきっかけだそうです。
第一回のメインテーマは、「寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバスと車椅子を!」だそうで、1989年の十二回は「アジア・アフリカの
子どもたちに海外援助を!」、2005年の二十八回は「生きる」とわずか3文字まで短縮され、今年はとうとう「動く」だそうです。
名物のマラソンがはじまったのは、1992年の十五回で、ランナーは間寛平さんでした。
いかにも日本らしいアイディアで、欧米では、何が楽しいの?みたいな印象で、あり得ない企画でしょうね。
マラソンの他にも、登山とか、海峡を遠泳とか、いろいろなチャレンジを行っていますね。
3.問題点
近年騒がれている点について話したいと思います。
先の「感動ポルノ」という表現ですが、この番組で障がい者の方がでてきて、その様子を紹介したりするのに対し、悪く表現しているのですが、社会に変化が起きているのかもしれません。
また、タレントに支払われるギャラについても、以前はあまり問題視していなかったのが、欧米みたいに、タレントもノーギャラにして、その分を寄付しろみたいな風潮になってきているようです。
まずSNSの普及により、匿名性のあるツールで、人を攻撃するのが簡単になったことがあげられます。追い込まれた方は、最悪、死に至るという恐ろしい環境です。
次に、世の中(日本)が便利になりすぎて、ちょっとでも自分の思い通りにいかないとキレてしまったり、自分ばかり大事にし、他者(特に弱者)を受け入れる寛容さがなくなってきているのではないでしょうか。
その弱者にフォーカスを与えて、24時間たっぷり流すもんだから、苦痛というか違和感を感じ、上記の酷い表現に至ったのではないでしょうか。
ギャラについても、日本には寄付の文化が昔からなく、他方欧米にはあり、寄付の大事さが教育されているので、ノーギャラのイベントが多くありますが、24時間テレビは、そんな中で独自に確立された「日本風チャリティー」であり、果たして欧米に合わす必要があるのか、疑問な気がします。
4. 寛容できる社会
ネットやSNS等も盛んになり、テレビ自体を見ない人も増えてきているようです。特に若い方は見ない方が多いとか。それがいいとか、悪いとかは、ありません。
僕は思うんですけど、ある人たちにフォーカスし、誰かがマラソンしたり(熱中症に気を付ける必要ありますが)、サライを歌ったり、武道館に市民が豚の貯金箱を持参したり、徳光さんや羽鳥さんがやたらと号泣したり、という海外に輸出不可能な純日本風チャリティー番組を年1回流しても、いいんじゃないですか。
それがどうしても嫌というなら、その間、海外旅行に行くとかでもいいと思いますし。
内容も形式も全く違いますが、時代というか、許容できずに追い出された番組の例が「笑っていいとも!」ですかね。
批判があっても、番組関係者が辛抱強く続けてもらうことを祈ります。
それでは、また。
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