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話を聞くということ(倍速で)、本を読むということ(ファスト教養として)|ひよこ家の読書交換日記⑥

ひよこ家夫婦の読書交換日記も6冊目。妻は5冊目でも遅延ペナルティを発動(14ページしかない話にしてあげたのに!)。このシリーズも三日坊主ならぬ3ターン坊主が危惧されたが、何とか首の皮一枚つながっている。

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課題図書⑤の感想

今回は、昭和を代表する文芸評論家、小林秀雄の随筆集からの一編「喋ることと書くこと」を取り上げる。

小林秀雄曰く、世の中は「喋ること」≒「書くこと」な「大散文時代」に突入したと嘆いている。本来、言葉を用いて思想や空想を表現する時には大きく二つの方法があると説いている。

  • 喋る(講演):聴衆に向け口語体で語ること。講演者は場の雰囲気・話題をコントロールして聴衆に自分の時間を与えない。聴衆者が「講演を楽しもう」とする集団心理の協力のもとに成り立つ表現方法

  • 書く(文筆):読者に向け文語体で語ること。読者は自分の好きな時間で読み、時には同じ個所を何度も読み直したりする。「自ら自由に感じ考えることができる成熟した読者」に向けて成り立つ表現方法

受け取られ方が全く違うので、小林秀雄が講演録を作るときは、口語の内容を文語に直し、聴衆のリアクションや間を排しても読み物と成立するように気を付けていると。それが、最近は口語体で喋るように文章が書かれた小説など、文筆の自由な表現力をセンセーショナルに悪用した「節制のない散文」が多く出回り、文語体・口語体があいまいな世の中で困ったもんだ、と嘆いている。

さて、昭和も遠くなりにけり、今は令和の時代である。現在は、言葉を使った表現スタイルも多様で、誰もが言葉で情報を発信できる時代になった。この「喋る」と「書く」の違いがどこまで通用するのだろうか。

  • 令和の「喋る」:巷ではYouTubeやインスタライブ、Tiktokで自由に語り実況することがエンタメの一つになりつつある。講演者が場の雰囲気・話題を一方的にコントロールすることは忌避されて、コメントを読んで話題を返すような疑似対話式の双方向配信が人気だ。あるいは、ライブでない投稿動画は、短くてインパクトあるショート動画が人気であり、長尺動画は視聴者が倍速で見たりして「聴衆に自分の時間を与えない」という状況は成立しなくなっている

  • 令和の「書く」:文語体を意識して書く人はもはや少数派だ。全人類の全細胞の数より、世の中に溢れる文字数の方が多くなった今、文章を読める人たちが必ずしも「自ら自由に感じ考えることができる成熟した読者」ではない。読む力・書く力不足の人たちが文字で不完全なコミュニケーションを起こすが故の炎上が起きている。あるいは、筆者の意のままに受け身で文章を読む”未成熟な読者”であるフォロワーを想定してものを書くインフルエンサーが大手を振るい、「書物を読んで自由に感じ考える」時間を放棄して「要するに何が書いてあったか」という知識だけを得たい読者に向けて、過去の名著や名言を切り貼りして虎の威を借りつつファスト教養的な書を生み出すライター達がいる

正直、今、小林秀雄がご存命なら目を剥いて泡を吹いて倒れるのではないだろうか。誰でもどこでも即時的に自由に情報が発信できるようになった今、端的にインパクト狙いで書かれた「書き物」が多く出回り、読者の自由に感じ考える力を奪っていて、逆に、視聴者の好きな時間で自由に感じ考えられるように工夫された「喋り物」が人気、という逆転現象が現代には起きている。

ただし、小林秀雄はこの話の中盤、プラトンを引き合いに出して、こんなことを言っている。

プラトンは、書物というものをはっきり軽蔑していたそうです。彼の考えによれば、書物を何度開けてみたって、同じ言葉が書いてある。(中略)人を見て法を説けという事があるが、書物は人を見るわけにはいかない。だからそれをいゝ事にして、馬鹿者どもは、生齧りの知識を振り廻して得意にもなるのである。プラトンは、そういう考えを持っていたから、書くという事を重んじなかった。
小林秀雄「栗の樹 現代日本のエッセイ」講談社文芸文庫 1990 117p

おお、プラトン、一周回って今の世を叩き斬ってる!ギリシャ哲学やっぱすげぇわ。ただ、当時の学問は、賢人と賢人が人格を賭した「対話」によって知性が生み出されるという時代だったので、喋ることが学問の主流だったという事情もあるのだが。

なーんて批評チックなことを、小市民の私がnoteで発信できてしまうのが令和なのだ。生齧りの教養で雑談配信するYouTuberやら、人生映えまくりのインフルエンサーでガッポガッポ稼げたら楽でいいなーとやっかみを覚えつつ、喋ることと書くことが誰でも簡単にできるようになった今、改めていろいろと考えさせられる一編であった。

課題図書⑥

14ページの小説でも読むのに苦労するとなると、次の課題は何がいいだろう。もはや提出物の遅い生徒へ、必死で楽しい宿題を考えてあげる国語の先生の気分だ。では、これならどうだろう。

作家・脚本家である向田邦子の対談集。ほぼ初対面の文化人達相手に、短い対談の中ですっかり惚れさせてしまう向田邦子のヒトタラシっぷりが炸裂。お好きな対談一つを選んで課題図書とする(もちろん全編通しての感想でも可)。おすすめは、谷川俊太郎、吉行淳之介、阿川弘之、和田誠の回。

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