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『置いてきた夏休み』作:小耳鋏うさみ【5分シナリオ】

「置いてきた夏休み」
作:小耳鋏うさみ(こみみはさみうさみ)


【主な登場人物】
松島竜吾(11)     小学生
ミノリ(38) 竜吾の母
おじさん(46)サラリーマン

○松島家・リビング(夜)
8月の壁掛けカレンダー。
8月31日が土曜日、9月1日の日曜日が薄く記されている。
ローテーブルには、広げられたままの宿題。ドリル、絵日記など。
松島竜吾(11)、横になってテレビを見ている。

アナウンサーの声「さあ、8月最終日です。本日8月31日。今日の気温は──」

奥から母親のミノリ(41)の声。
ミノリ「竜吾、宿題終わったー?」

竜吾「んーおおよそ終わった」

ミノリ「終わってんの?終わってないの?明日で夏休み最後だよ」

竜吾「へーい」

ミノリがやってきて、宿題を見る。
絵日記は8月31日だけ書かれていない。ドリルも最後のページだけ白紙。

ミノリ「これ気持ち悪くないの? 今日やっちゃいなさいよー」

竜吾「明日やるってば。もう少し夏休み気分でいさせてくれよ。あー夏休み続いてほしいなあ」

ミノリ、呆れて去っていく。
 

◯同・竜吾の部屋(朝)
ピピピと目覚まし時計の音。
竜吾は目覚めて、だるそうに部屋を出ていく。

 
◯同・リビング(朝)
竜吾「母さんごはんー」

竜吾、寝ぼけ眼で階段から降りてくる。誰もいないリビング。

竜吾「母さーん、父さーん?」


と、壁掛けカレンダーが8月のままになっていることに気がつく。
竜吾、走り寄って

竜吾「ベリベリチャンス!」

勢いよくカレンダーを引き剥がそうとする。

が、ピッタリとくっついたまま剥がれない。

テレビをつける。

アナウンサーの声「さあ、8月最終日です。本日8月32日。今日の気温は──」

竜吾、慌ててカレンダーを見る。
9月1日のはずのマス目には、『8月32日』の日付が記載されている。


竜吾「夏休みのびたってこと……? よっしゃあ!」


竜吾、急いで家を出る。
 

○松島家〜飯田家前(朝)
玄関から小走りで出てくる竜吾。
隣の隣の家に走って向かう。

ピンポンを押しながら、

竜吾「おい一太! 夏休みのびてる! 一太―! 遊ぼうぜ!」

返事のないインターホン。
一太の部屋のカーテンは閉まったまま。

竜吾「一太! 聞こえてるんでしょ。一太! おーい! 一太……」

竜吾、諦めて歩き出す。

 
○町内
誰もいない道。人の気配がない。
竜吾は普段の日曜日の様子を思い出す。

犬の散歩をしている伊藤さん、ランニングをする佐藤のおじさん。
その辺でおしゃべりしている近所のおばちゃんたち。

今は静かすぎる通り。

竜吾「誰かーだれかいませんかー!」

怖くなった竜吾は走り出す。

 
◯公園・中
竜吾、ブランコに揺られている。
泣きそうになるが、涙を堪えている。


と、公園の隣のアパートから

おじさんの声「ぶえっくしょん!」


くしゃみの声が聞こえた。

 
○アパートのベランダ前
竜吾、窓に向かって叫ぶ。

竜吾「だ、だれかいるの!? 助けて!」

シーンとする公園。

竜吾「今くしゃみしたよね! 俺竜吾! 返事してください!」



おじさんの声「誰もいませーん」


竜吾、声が聞こえた窓に近寄り、
網戸をガラッと開ける。


そこには、タンクトップに短パン、カップラーメンを食べているおじさんがいた。

おじさんは「チッ」と舌打ち。
リモコンで配信ドラマを止める。

おじさん「あーあ、いいとこだったのに」

竜吾「入ってもいい?」

おじさん「やだよ」

竜吾、勝手に窓の淵に腰掛ける。


竜吾「おじさん、何してるの?」

おじさん「ドラマ一気見してんだよ。今な、最終回のいいとこ」

竜吾「おじさんってむしょく?」

おじさん「夏休み中だ」

竜吾「俺も……夏休み中。明日で終わるはずだったのに。なんで誰もいなくなっちゃったんだろ」

おじさん「いいじゃねえか、ずっと夏休みだぞ」

竜吾「こんな夏休みなら楽しくない……(おじさんを眺めながら)おじさんしかいない夏休みなんて嫌だああ(気が抜ける)」

竜吾、泣いてしまう。
おじさん、やれやれという感じでいなくなる。


戻ってきたおじさん、冷えたみかんゼリーを竜吾に渡す。

おじさん「たまに来るんだよ、あんたみないな子供。俺はこんな夏休みでもこっちのがいいんだよ。それ食ったら帰れ」

× × ×

ゼリーを食べ終わった竜吾。

竜吾「みんなに会いたい」

おじさん「子供は学校行くか友達と遊んどけ」

竜吾「どうすれば帰れる?」

おじさん「知らねえよ。家帰って風呂入って寝ろ。明日学校行きたいって思えばいい」

 
○松島家・リビング(夜)
誰もいない部屋。
竜吾、やりかけの宿題をしている。

 
○同・竜吾の部屋(夜)
手を組んで祈る竜吾。

× × ×

夜が明け、カーテンの外が明るい。

 
○同・リビング
竜吾が勢いよく階段を降りてくる。

竜吾「おはよう!」

元気に挨拶するが、返事はない。
昨日と同じ誰もいないリビング。
竜吾、泣きそうになる。


と、
ミノリ「めずらしい、早いじゃない。朝から元気ねー」

キッチンへ向かうミノリ。

竜吾「夏休みがのびたのに、うれしくなかった!」

ミノリ「何言ってんの。宿題終わったの?」

竜吾「終わった!」


テレビの前の机に出しっぱなしの宿題。
絵日記の最後のページ。タンクトップとみかんゼリーの絵。
おじさんとゼリーを食べた話が描かれている。


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