#267 アンパンマン、正義の原点

2013年に亡くなったアンパンマンの原作者のやなせたかしさん。
自身で「世界一弱いヒーロー」と語るアンパンマンには、やなせさんの正義感である「自己犠牲」の精神が込められていた。

アンパンマンは、アンパンでできた顔が汚れたり、濡れたりするだけで弱ってしまう。そして、自分の力が出せなくなることが分かってながら、顔のアンパンを困っている人にちぎって分け与える。

世界一弱いヒーローが生まれた背景には、やなせさんが歩んできた人生が大きく影響している。

やなせさんは1919年生まれ、1939年に東京高等工芸学校卒業後、製薬会社の宣伝部に就職する。

しかし、1941年に徴兵によって陸軍に入隊。
中国戦線に従軍し、主に暗号の作成・解読の任務にあたった。
宣撫(せんぶ=占領地で占領の目的や方針を知らせる任務)にもあたり、現地の村で紙芝居を行うこともあったという。
そのため、やなせさん自身が敵に向かって銃を撃つことはなかった。

やなせさんの所属する部隊が上海決戦に備えるなか、日本は敗戦をむかえた。復員船で日本へ引き上げ、高知県の実家に戻ると、家族から弟の戦死を告げられたという。

やなせさんは、戦後日本の変化を次のように記述している。

 軍国主義から民主主義へ。しかし、デモクラシーというのが本当はまだ誰にも解っていなくて、右往左往していた。雑誌がやたらに創刊され、出版されれば必らず売れた。長い間活字に飢えていたのだ。そして漫画もまた、盛大に復活しつつあった。
 ぼくは優れた知性の人間ではない。何をやらせても中ぐらいで、むつかしいことは理解できない。子供の時から忠君愛国の思想で育てられ、天皇は神で、日本の戦争は聖戦で、正義の戦いと言われればそのとおりと思っていた。正義のために戦うのだから声明をすてるのも仕方がないと思った。
 しかし、正義のための戦いなんてどこにもないのだ。
 正義は或る日突然逆転する。
 正義は信じがたい。
 ぼくは骨身に徹してこのことを知った。これが戦後のぼくの思想の基本になる。
 逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること。これがアンパンマンの原点になるのだが、まだアンパンマンは影もかたちもない。

やなせたかし『アンパンマンの遺書』岩波現代文庫,2013,70頁

 戦争への従軍と、戦後日本の軍国主義から民主主義への価値観の転換、人々の変容を目の当たりにしたやなせさんは、「逆転しない正義とは献身と愛だ」と語る。

 アンパンマンが自己を犠牲にしてもお腹が減っている人にパンを与えるという行動の原点は、「逆転しない正義とは献身と愛だ」とする、やなせさんの正義の哲学にあったのである。

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【参考】


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