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珈琲の大霊師294

「加減はしてあげましょう。どんな精霊も、風の前には無力であることを教えてあげます」

 リング上に立つウィンが手を振ると、それだけで突風が起こる。そして、ウィンの側に風の精霊の姿は見えない。

「・・・風の寵児か・・・」

 ジョージは、ウィンの正体に少しだけ心当たりがあった。ウィンは、良く知っている誰かに良く似た特性があると言えた。

「モカナちゃん、無理、しないで」

 そう心配そうに声を上げるカルディ。そのカルディと、ウィンを見比べる。過去の泥の王たるカルディにも、一度も精霊の姿を見た事がなかった。

 ならば、ウィンとは・・・。

「始めぇい!!」

 タウロスの怒号と共に、モカナがドロシーを前に出す。モカナの数倍はあろうかという巨大な水の体だ。殴られればひとたまりもない。

 が、それは殴れればの話だ。

「読めてますよ」

 ウィンが全身で風を送り出すような動作をすると、鋭い突風が巻き起こり、ドロシーをざくざくと切り裂いていった。

「あ~~~ぎゃ~~~」

 所々を切り飛ばされたドロシーは、次第に削られ、姿を保てなくなっていった。

 そしてついには、ドロシーを貫通し、モカナに風が通る。

「うあっ!!」

 モカナが尻餅をついた時、ドロシーはただの水溜りになってしまっていたのだった。

「・・・そんなものですか。やはり、風の精霊こそが全ての精霊の中で最も優秀なようですね」

 勝利が当然であるかのように見下ろすウィン。その顔を見て、モカナが予定通りに呟く。

「・・・伏せて」

 じわり

「?まあ、まだ戦意は無くなっていないようですし。君が戦意を喪失するまで、趣味じゃないイジメをしなければなりませんね」

 ウィンが手を振ると、風がモカナを包囲する。身を切るその風が、モカナを中心にして徐々に狭まっていく。

「契約を解除するしかないですよ?それとも、全身が傷だらけになるまで耐えるつもりですか?」

 モカナは、ウィンの言葉を聴かない。ただ、その風の壁が狭まっていくその境界線を見つめていた。

 そして、モカナの服に風が届いたその瞬間、モカナは俯きながら呟いた。

「ゆるめ」

 次の瞬間、ウィンは足元に違和感を感じて下を向く。足元が、いつのまにか柔らかい泥になって、足が沈んでしまっていたのだ。

「なっ!?」

「たっち」

 足を引き抜こうとしても、持ち上がらない。そのウィンの眼の前で、モカナが呟いたのと同時に、茶色の水が下から吹き上がった。それは見る見るうちに巨大な人型をとり、ウィンの前に立ちはだかる。

「!!」

 ウィンは全力で腕を振るい、鋭い風が茶色の巨大なドロシーをまた細かく刻むかに見えた。

 が、泥を大量に含んだドロシーの体はもはや水とは別物の重量と固さを誇っていた。その手が、ゆっくりと持ち上がった。

「どーん!!!」

「あぎゃー!!どーーーーん!!!」

「わ・・・・うわぁぁああああああ!?」

 モカナの叫び声に続いて、ドロシーの茶色の腕が振り下ろされた。それは一瞬風の壁に当たって激しく弾けるようにも見えたが、風はその重量を支えきれずに破れ、茶色の腕はモロにウィンの胴体を地面に叩き伏せたのだった。

「なっ・・・・・・」

 タウロスは絶句する。

 なんという情けない負け方なのか・・・。最初から本気を出していれば勝てた戦いを、油断と簡単な戦術だけでひっくり返されるとは・・・。

「・・・戦術は、単純な方が強力なもんだ。速く単純な戦術をタイミング良く行う。そのシンプルな事が、意外と難しいんだぜ?・・・で、2勝したんだが?あんた、文句無くこの勝負降りられそうかい?」

「・・・・・・ぐっ・・・」

 つい呻く。眼下の小さな男は、これを見越し、計画していたのだろう。元々仕掛けられた試合なのだ。準備の1つもしていないはずがない。

 だが、勝負方法はこちらが決めている。有利なのは、こちらのはずなのだ。

 それが・・・、恐らく勝負方法まで予測済みで、手を打ってきているのだろう。いずれにせよ、このままでは納得できるはずもない。

「心技体。最後の心にて、決着をつけよう。前哨戦はお前の勝ちだ。だが、次で俺が勝てば、最初の条件どおり、従ってもらう」

 なんという恥かしさだ。村人達がニヤニヤと笑っているのが浮かぶ。

「だよな。いいのさ、それで。あんたが不満を持ったままじゃあ、足元がおぼつかなくて困る」

 と、男は不敵に笑う。この男に・・・勝てる試合を選ばなければ。

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