珈琲の大霊師292
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第35章
心・技・体!三番勝負
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「ごめんなさい、ジョージさん。・・・珈琲、まだ飲めるのは無かったです・・・」
申し訳なさそうに俯くモカナに、ジョージは胸が締め付けられるような想いだった。
モカナは、何よりも最初にジョージが美味しいと感動したこの里の珈琲を手に入れる為に、夜の森を歩いていたのだと分かったから。
「・・・サンキューな。珈琲の木はあったんだろ?なら、また収穫して加工するまで待つさ。そしたら、また2人で飲むか。思い出の珈琲だもんな」
モカナの頭を撫でながら、ジョージも思い返す。
水宮で、初めて飲んだ珈琲の味を。全ての感覚が没入してしまう程の味の広がりを。その奥深さを。
目を瞑って、一瞬一瞬の味の変化に気を配り、味わい尽くす。あの感覚が、今手の届く場所にある。
「今度は、皆で飲みましょう!」
「・・・ああ、そうだな!」
くしゃっと笑って、くしゃっと髪を撫でて、ジョージはモカナの頭を自分の胸に押し付ける。
「ふぇぁ・・・」
モカナは驚いたようだったが、ジョージは万感の想いを篭めてその頭を抱きしめた。
珈琲のルーツに手が届く。その為に、明日、全てを決すると心に決めたのだった。
明朝。少し早めの朝食を食べ、珈琲を飲む一行の姿があった。
「ジョージさん、大丈夫、ですか?」
カルディが心配そうに見つめると、ジョージは口角を上げて答えた。
「さてな。勝てない戦はしない主義だが、他はともかくタウロスの実力はイマイチ分からないからな。だが、仕掛けたのはこっちだ。基本的にこっちが優位。負けるわけにゃあいかねえな」
「ちなみに、負けたらどうなるさ?」
と、口の中にパンを放り込みながらルビーが尋ねる。が、他人事のようにしか聞こえなかった。
「まあ、その時ゃお前らはあの風の寵児のハーレム入りで、俺は労働者?」
「げげっ。冗談じゃないさ!ま、どんな力持ちだろうと近づいて負ける気はしないさ。心技体の体、あたいに任せておくさ!あたいを連れてきて良かったって言わせてやるさね」
ニッと笑い、ルビーはジョージに親指を立てて見せるのだった。
――中央広場。
重々しい足取りで、勝利への決意を瞳に燃やしたタウロスが、一歩広場に踏み入れ・・・己が目を疑った。
中央広場の中心には、いつの間にか即席の土でできたリングが用意され、円形の広場の外縁部には昨日奪われたばかりの食材を露店で振舞っており、美味そうな匂いが立ち篭めていた。
見れば、露店で料理をしているのは改革派の人間で、並んで雑談しながら食べているのは保守派の人間だった。
タウロスは、自分の頭がおかしくなったのかと思った。
「なにが・・・起きている・・・」
「よう、来たか大将」
不意に、上から声がした。気付いた時には、背中に軽い衝撃。乗られたのだと、すぐに理解が及んだ。
「貴様っ!!」
人間に背に乗られたのは何百年ぶりだった。自分の意思で乗せたことはあっても、乗られた事などなかったのだ。
「おっと。そのくらいじゃ剥がれねーのよこれが」
背中に乗った人間の足元に、ぞわっと土が盛り上がり、その足と接触しているタウロスの背中を固めて繋げる。
「上から失礼。おっと、腕なんて振るうなよ?話が長くなるだけで、意味無いからな。俺はジョージ=アレクセント。早い話が今回の黒幕ってわけだ。さすがに、改革派の連中がここまでやるとは思ってなかっただろ?人間舐めすぎなんだよ。あんた。今日は、この公衆の面前でぽっきり負けてもらうぜ?後の為にもなぁ」
ニヤリと妙に凄味のある笑みを浮かべるジョージ。
土の精霊使いに背中を取られる。それが、本来であれば命に関わる事を思い出したタウロスは、苦々しく拳を握り締めた。
「・・・この里の者ではないな。これは、どういうつもりだ?」
と、タウロスは広場を指差す。そこでは、タウロスに気付いた村人達がにこやかに手を振っていた。
「今日この決闘で全てが決まるなら、この里を二つに分けてた争いも今日までだろ?なら、決着に関係無い村の連中は、もう仲直りしたっていいわけだ。わかるか?どっちにしても勝った方に従うんだからよ。なら、いっその事お祭り騒ぎにしちまって、今後の為にもこれまでのわだかまりを流しておいた方が良いだろうが。その為にゃ、日頃の節制なんて取っ払って、美味いもんを作って食えばいいのさ。美味いもんを食って仏頂面の奴もいねえよ。相手が笑えば、心も開く。心が開けばまた笑う。人間ってな、そういうもんだろ?」
ニッと笑うジョージに、タウロスは金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。そんな考え方は知らなかったからだ。
「そんな先の事を考えているのかお前は・・・」
「・・・おいおい、しっかりしてくれよ?あんたにゃ、俺の相手をしてもらおうと思ってんだからよ」
「貴様の相手だと?どういうことだ?」
「この決闘は、心技体で決着をつける。俺は最後の心。ま、いわゆる頭脳勝負に出る。この里で一番博識で頭が回るのは、あんたなんだろう?俺が大将だ。あんたも大将だろう?決着をつけようぜ?」
と、ジョージはニカッと笑った。
気持ちの良い男だ、とタウロスは思った。敵であるのに、この接し方は何だ?面白い奴だ。と素直に思った。
「・・・良いだろう。伊達に長生きはしていない。ルールはどう決めるつもりだ?」
「条件はこっちが決めたんだ。何を使うか、どうしたら勝ちかはあんたが決めていいぜ?ま、ルールが互いに同じように適用されるならな。それでも、俺が勝つ。」
「!!貴様・・・その言葉、忘れるなよ?降りろ」
「はいよ。じゃ、最後の決闘でな」
ひらりと降りたジョージは、片手をひらひらさせて立ち去っていった。
「・・・・上々。だな」
その肩で、ネスレがひひひと笑った。ジョージも声こそ出さないものの、悪い顔をして口の端を吊り上げている。
露店の片隅では、モカナとドロシーが長蛇の列に珈琲を淹れて配っていたのだった。
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