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珈琲の大霊師168

 1週間で準備を終えたジョージだったが、問題となるのは旅に同行する者の選定だった。

 水宮の一室では、ジョージ、モカナ、リフレール、ユルの4人が

「ジョージさんとモカナちゃんは確定として、さすがに2人だけでは心配ですね……。ジョージさん、武力では頼りになりませんし」

「悪いな。まぁ、前回は途中までリフレールに任せっきりだったからなぁ」

「ジョージさんがついていれば、そもそも争いになる事は少ないと思いますが、やはりいざという時の戦力は欲しい所ですね」

「ふむ。ツェツェから帰ってこない例の豪傑がいれば、そいつに任せる所だが……」

「ああ、ゴウの奴か。あいつ、帰ってこないよなぁ~」

 戦闘民族であるツェツェに、生ける闘神やら、砂漠の狼やら、鋼の鎧やらと武の道を目指した者なら憧れの存在と心行くまで手合わせできるよう、リフレールは手配したのだ。そうそう帰ってこない事は目に見えている。

 その頃、ゴウはクルドと剣を交えていた。

 素早い身のこなしでゴウの背中に回りこんだクルドを、振り返りざま一閃するゴウ。その剣を静かに反らして、クルドの切っ先がゴウの首元に突きつけられた。

「ぐっ!!」

 降参の印として、ゴウが剣を手放すと、クルドも剣を引いて汗を拭いた。

「大分反応が良くなったな。だが、まだまだだ。俺に勝てないようでは、エルサール王と手合わせなど無謀だ。まぁ、当分はここで腕を磨くと良い」

「有り難い……が、エルサール王は、本当にあんたより強いのか?もう随分高齢のはずだが」

「……俺もそう思っていた。この間までな。王も随分長い間監禁されていたし、現役最強のはずの俺が負けるはずが無いとな。久し振りに稽古をつけてやろうなどと言われて、手加減せねばなどと考えていた俺が今は恥かしい。もうな、攻める先に必ず切っ先があるんだ。完全に読まれていた。力押しで攻めようとすればすかさず急所を突いてくる、剣を弾こうと思ったら避わされる。俺は、エルサール王を一歩も動かせずに負けたぞ」

「……何だその剣聖。だがまぁ、一対一の決闘ならいざ知らず戦場ならあんたの剣の方が戦えるだろう」

「同じ言葉でエルサール王に慰められたよ。だがな、俺は全盛期の王に従軍した事があるんだぞ?あの王はな、決闘と戦場で戦い方を変えるんだ。さすがに、戦場での剣ならば若い俺に分があるかもしれないが、そんなもの勝った内に入るか!」

「世の中広いな……。マルクに居た頃は、俺の相手になる奴なんていなくてな。始めてツェツェの剛剣に触れた時も衝撃だったが、まだまだ武の道は長そうだ」

「そうだな、ゴウの腕ならば一介の兵士では相手にならないだろう。俺の部下にも、ゴウ程の腕を持った奴はいない。サラクで言えば師団長レベルだな。……サラク軍に入る話は受けてもらえないのか?」

「すまないな。俺には帰る場所がある。自分の限界に納得したら、守りたい人がいるんだ」

「全くもったいない話だ。正直、お前がいてくれて助かってる。もう部下じゃまるで相手にならなくてな。最近ではヒヤリとさせられる事も増えたし、俺の腕もまだ磨ける」

「そいつは光栄だ。さて、もう一本いこうか」

 と、剣を携え身構える。

 その脳裏に、少しだけ引っかかるものがあった。

(……モカナの珈琲、また飲んでみたいなぁ)

 そのチャンスを棒に振っていたとは、知る由も無かったのであった。

 そんなわけで、白羽の矢が刺さったのが、ルビーだった。

「はぁ?あたいが、護衛役ぅ!?なんであたいが?」

「私は今、国政から外れる事ができない時期ですから。あなた、暇でしょう?」

「暇ってひどいさ!親父には、あんたの護衛してろって言われて……」

「それは口実でしょう?ハーベン王には、未来のツェツェの為にあなたに広い世界を見て来て欲しいと言われたのではありませんか?」

 図星を突かれてのけぞるルビー。

「げっ、な、なんでそれを知ってるさ!」

「お喋りな精霊さんが教えてくれましたから」

「ツァーリィィ!!」

 ボッとバツの悪そうな顔をしてそっぽを向くルビーの火精霊。元々唯我独尊的な性格だったこの火精霊は、若干一名だけには聞かれてない事まで話すスピーカーと化している。その若干一名とは、無論リフレールの水精霊、サウロの事だ。

「知ってますよ。あなたが、ここに来てからも私達以外とはあまり交流を持てていないこと」

 冷たく刺すような視線に貫かれて、ルビーは思わず視線を反らしてしまった。

「ぐっ、べ、別に、困ってなんかないさ!」

「ツェツェは、確かにサラクという強大な盟友と、珈琲という有望な特産物を手に入れました。しかし、盟友を続けるにも、珈琲を売り物にするにも外交は付き物です。失礼ですが、ツェツェには現在そういった人材は皆無に等しいと言えます」

「うぐっ」

 そうなのだ。そもそも戦闘民族で、力任せの交渉ばかりしてきたツェツェにはそもそもまともな外交という概念が無い。現王ハーベンは、一族の中でも他国に眼を開いている方だが、基本的に戦士だからいざ交渉ともなれば力任せになってしまう所が多々ある。

 そこで、ハーベンは子供達の中で最も若く、柔軟な思考ができるルビーに外交能力をつけてもらいたいと考えていたのだった。

「あなたは、ハーベン王の期待を裏切るつもりなんですか?」

「そんなわけないさ!!あたいだって、あたい……だって、そのつもりだったさ……でも、あいつら……あたいを影で……」

 ルビーの全身には、部族特有の刺青が彫られている。ツェツェの人間は、殆どその領土から出てこない為、明らかに浮いてしまうのだ。そんなルビーが、水宮や外でどう扱われているかはリフレールも小耳に挟んでいた。が、同情する気にはなれない。

「私は、敵国であるマルクに単身潜入しましたよ?あなたはどうですか?私や、モカナちゃん、ジョージさんといった友人が既にいるのですから、何故頼らなかったのですか?」

「……悔しいじゃないさ……」

「どうせそんな事だろうと思いました。そんな事では、ツェツェの未来も暗澹としていますね」

「な、何さ!!あたいは、剣だったら、戦いだったら負けないさ!!ずっと、そればっかりやって来たさ!今更、何であたいが外交なんて……。あんたみたいに、何でもやってきた奴とは違うさ……あたいには、できないよ……」

「だから、あなたの為にもジョージさんに着いて行きなさい。本当は私が行きたいんですよ?でも、ジョージさんとモカナちゃんと安心して任せられるのは、今は貴方しかいません。それに、ジョージさんなら、きっと貴方を外交上手にしてくれます」

「あいつがぁ~?うーん……確かに、あいつ良く分からないけど人丸め込むのは上手いさね」

「それは一面でしかありませんよ。私は、ジョージさんが居なかったら今頃生きていなかったと思います。このマルクで、私がここまで受け入れられているのは、ジョージさんの外交力があってこそなんです」

「へぇ?そういや、あいつについて聞いた事なかったさ」

「そういえば、そうですね。いいでしょう。今夜は私の部屋で寝ましょう。ここまでのジョージさんの活躍を、余すところ無く語らせて頂きます」

「……それって、のろけって言うんじゃ……」

 ルビーのツッコミは無視された。そして、リフレールのジョージ語りは夜が明けるまで続き、いつの間にかルビーはジョージとモカナと旅に出るのも悪くないと思うようになっていた。

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