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珈琲の大霊師082

 
 リルケは、自分の体が、暗い炎に内側から灯されるのを感じた。

 ジョージは、青い空間の中でリルケとドロシーを見つけた。ドロシーだけは、この空間に干渉できるらしかった。そうでもなければ、ジョージはモカナを見つける事はできないだろう。
 
 ドロシーの前に立ってこっちを向いているリルケの目が、暗く光っているのが見えた。それに、異様な殺気が漂っている。あんなリルケは始めて見た。
 
「リルケ、お前どうしたんだよ?」

 ジョージがリルケの名を呼ぶと、ふっとリルケの表情が和らいだ。が、すぐに思いなおしたように暗い表情に戻る。

「ジョージさんこそ、どうかしたんですか?」

 暗い表情のまま、歪んだ笑みで応えるリルケに、ジョージは正気ではないとすぐに感じた。始めて会った時のクエルに似ている。

 きっと、普段通りに接したら選択を誤る。そう直感したジョージは、深呼吸を一つして、じっとリルケ見つめて観察した。

「……こんなに青い空間を広げる事ができるんだな。正直、予想以上だったぜ?」

「それって、褒めてるんですか?それとも……私が化物だから、怖いんですか?」

「褒めてるつもりなんだが?」

「嘘だッッ!!!!」

 一瞬で般若のような形相になって、叫ぶリルケ。叩きつけるような憎悪が、青い空間の影響下にあるジョージにまともに向けられた。
 
 話題の転換を図ろうとしたジョージは、自分が息をできない事に気がついた。

「んっ……く……」

 リルケが自覚できない程自然に、怒りや憎しみが何かしらの形となってジョージに作用しているのだ。

(こいつは予想外…!やばい……ッ!)

「何ですか?何か言ったらどうですか?図星だから、何も言えないんでしょ?そうですよね。こんな事できるの、化物ですよね!!でも、分かってるはずじゃないですか!!分かってて、ジョージさんは私を連れ出してくれたんじゃないんですか!?役に立ちそうだから、連れてきたんですか?ひどいよそんなの!!」

 少しでも呼吸を続かせる為、身動き一つせず、リルケの様子を見るジョージ。完全に混乱している。
 
 だが、こういった事を言われたのは、実は始めてではなかった。マルクの闇を奔走していた頃に、麻薬中毒の患者や、精神を病んだ連中にぶつけられた事がある。
 
(疑心暗鬼になってるのか……。俺が何を考えてるかなんて、本来俺に取り憑いてるリルケなら、大体分かるはずなのに混乱して忘れてやがるな。普段なら、ぶんなぐって止めるんだが……。動く事も話すこともできねぇんじゃな……。とにかく、意表を突いて正気に戻すのが先決か)

 体の力を一気に抜くジョージ。
 
 足から崩れ、廊下に倒れる。
 
「えっ………」

 わざと苦しそうな顔を作ってリルケに向けた後、白目を剥いて見せて、動かなくなった。実際は、少しだけ余裕があるが、それも時間の問題だ。
 
「えっ?えっ?えっ?え?なんで?どうして?私、なにも、して、ない……。ない?」

 リルケの目から、パッと暗い炎が消える。大切に思っている人間が、突然目の前で倒れて平気な人間などいない。
 
 リルケは、状況からなんとなく自分が原因である事が分かったが、自分が何をして、何をしたからジョージが倒れたのか分からなかった。頭はぐるぐる回って、考えようとしているのに何も考えられない。
 
 そこに、一筋の光が差した
 
「リルケさん!!ジョージさん、息ができないんです!!」

 ドッと、リルケは体が無いのに背中一面に汗をかいたような気がした。
 
 殺してしまう。一番大切に思っている人を、自分が殺してしまう。その恐怖が、他の全ての感情を押し流した。
 
「わぁぁぁぁぁあああ!!!」

 リルケは、青い空間を、一気に解除した。
 
 この状況で、ジョージだけ解放するなどという器用な真似ができるわけもなく、外の空間まで全部を自分自身で引き裂いた。
 
 
 
「……カハッ……」

 やっと息ができるようになったジョージは、ごろりと廊下に寝そべって、心配そうに見つめるモカナに弱かったが笑ってみせた。

「何事ですか!?」

 と、曲がり角からリフレールが駆けて来るのが見えた。ジョージは、まだ廊下に仰向けになって呼吸を整えている最中だった。

「ジョージさん!?何があったんですか?」

「……リルケに、外の連中をどうにかしてくれって頼んだんだ。多分、負担がかかりすぎちまったんだと思うんだが、ちょっと暴走しちまってよ。それだけだ」

「……ジョージさんに、何をしたんですか?」

 ゆらっと、リフレールから炎が立ち上ったかのようにジョージは感じた。
 
「おいおい、別になんともないだろ?こうして生きてるし、息もしてる。お前、最近堪忍袋の緒が短くなりすぎじゃねえのか?」

 ジョージがからかうように言うと、リフレールは一瞬ムッとしたような顔をしたが、ジョージがリルケを庇おうとしている空気を察して、気分を入れ替えた。ここでリルケを責めた所で、ジョージに嫌われるだけだからだ。

「ところで、お前寝てたんじゃないのか?」

「チッタ様が、大変な事が起きていると起こしてくれましたので」

(そういえば、あの婆さんリルケがどこにいるのか感じる事ができたみたいだったからな)

「それで、戦況はどうなったんですか?」

「ん?……そうだな、確認しに行ってみるか。モカナ、リルケは大丈夫か?」

 言われてリルケを見ると、モカナに光の見えない絶望的な眼差しを向けて、それでも精一杯首を縦に振っていた。

「えっと…………はい。大丈夫だから、先に行って欲しいって言ってます。見てきて下さい。リルケさんは、ボクが見てますから」

「………そうか」

 心の中でモカナに感謝して、ジョージは立ち上がった。若干ふらっと体が傾きそうになるが、絶対に今弱った所をリルケに見せられないと感じたジョージは気合を入れて乗り切った。
 
「よし、リフレール行こうぜ?」

「……はい」

 リフレールは、自分にはどこにいるか全く検討がつかないリルケの姿をモカナの傍に見出し、そこを睨んでからジョージに続いた。

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