珈琲の大霊師170
がらりがらりと終わりの無い回転を繰り返していた車輪が次第に緩くなり、2頭の白い馬が足を止めると、頑強な門に立つ軽装の衛兵がこちらに近づいてきた。
「用向きは?」
「食料の補給と、宿泊ってとこかな。1泊、あるいは2泊だ」
自分より若いな……と、相手を値踏みしながらジョージは応えた。
「荷は?」
「ガキ2人に、枯れてる女が一人だ。荷って程のもんは無いな。ま、さっと検めてくれ」
「……いいだろう」
衛兵は、ジョージを訝しげに見つめてから、荷台に回った。
「誰がガキさ……。あたいは、もうちゃんとした女さ!」
「かっ、枯れてる……分かってはいるけど……言われるとショック……」
そこには、ジョージが行った通りうるさいガキと、色気の欠片も無い枯れた女、それと何故か妙に愛想良く笑っているガキがいた。
「お勤めご苦労様です」
不意に労われて、衛兵は片眉を上げた。貧相な体に、地味なローブ。衛兵には興味の対象外だが、労われて悪い気はしなかった。
「悪いが少し、中を検めさせてもらう」
「はい、どうぞ」
そう言って、モカナは背中を幌に預けた。ルビーは御者台のジョージにからかわれ続け、シオリは涙目で自分の体を見回していた。
(女ばかりか……)
そう思いながら、荷台をざっと見ていると、何やら大きな麻袋が5つばかり並んでいるのが目に付いた。
「これは……」
叩いてみると、ジャラジャラと音がする。随分詰まっている様子だ。重量もある。
「この袋の中身は何だ?」
「あ、それは珈琲豆です」
「コーヒー?……知らんな。お前達の主食のようなものか?」
「……モカナとジョージは、あながち間違ってないと思うさ」
「んん?どうなんだ」
「えっと、豆を使ったお茶なんです。その子と、あっちの男の人はそれが大好物なんです」
「……一応、中身を見させてもらうぞ」
そう言うと、衛兵は麻袋に手をかける。
「あっ、待って下さい!!」
慌ててモカナがその腕を掴んだ。衛兵は、中身を見られたくないのから妨げに来たのかと勘違いして、剣に手をかけた。
「おい、それを抜くならあたいの方が早いさ?」
衛兵の手が剣を鞘から抜き放つ前に、衛兵の首筋すれすれに、曲刀がぎらりと差し出されていた。
「きっ、貴様ッ……」
「ひぃぇぇぇ!!だっ、駄目だよルビーちゃん!!囲まれちゃうわよ!?」
「あんたの大声の方が問題さ。とにかく、その手を離しな。モカナが止めたのは、見られたくないからじゃないさ」
そう言ってルビーが曲刀を引くと、衛兵はしぶしぶ柄から手を離した。
「ごめんなさい兵隊さん。中身が沢山入った麻袋は、しっかり立ててからじゃないと中身がこぼれちゃうんです……。よいっ………ルビーさぁん」
モカナが麻袋を持ち上げようとして、持ち上がらずにルビーを情けない顔で見つめた。
「仕方ないさねぇ。モカナ、もっと鍛えな?」
と言うと、麻袋をひょいと持ち上げて、トントンと床を何度か袋で叩いた。
「これでいいさ?」
「はい。中身は、こういう豆です」
モカナは紐を緩めて兵士に中身を見せた。そこには、生の珈琲豆がギッシリ詰まっていた。
「……この棒を入れてもいいか?」
と、衛兵はモカナに懐から出した細い棒を見せた。どうやら、ルビーは相手したくないらしかった。当のルビーは、衛兵の後ろに陣取って見張っている。
「ぎっしりなので、ゆっくり入れて下さいね」
「ふむ……何も無さそうだ。他の袋もいいか?」
「はい。何もやましいことはありませんから、しっかり調べてください」
モカナはにこにこと笑って、ルビーと一緒に麻袋を開けていった。
「豆だけのようだな。時間を取らせて悪かったな。……だが、お前」
「あん?あたいに何か用さ?」
「どこの国から来たか知らないが、いきなり刃で脅すな。早とちりした俺も悪かったが、他の奴らなら大騒ぎになっていたぞ」
衛兵の目には、威嚇の色は無かった。むしろ、心配しているようだった。
「ははぁ?あのくらいで?あたいんとこじゃ、朝の挨拶みたいなもんだよ?」
「……『沈黙の軍事都市』。この街は、過去に一度も戦火に見舞われた事が無いのよ」
シオリがフォローすると、衛兵もそれに頷く。
「そういう事だ。俺は、割とここじゃ新参でな。外から来て驚いたが、この街は人傷沙汰に過敏だ。自分の命が脅かされる事に慣れていない。だから、少しの事でも大騒ぎする。お前は喧嘩っ早そうだからな。この街では気をつけろ」
「……へぇ。なに、あたいの心配してくれんの?あんた意外といい奴じゃないさ」
「お前はどうでもいいが、こっちの娘まで巻き込むな」
と、モカナの頭に手を載せる。モカナは何故頭に手を載せられたのかよく分からないようで、不思議そうな顔をして大人しくしていた。
どうやら、労ったり愛想良く接してくれたモカナを気に入ったらしかった。
「ムッ……何さ。むかつく奴さね……用が済んだらさっさと出ていきな」
「後でその曲刀は係に提出しろ。もし街で見つかった場合は、預かりでなく没収になる」
「それは困るさ!」
「そうだろう?預かった武器は、北門の預かり所まで送られる手はずになっているからな。この街を出るまでは面倒ごとを起こすなよ」
「うっさいさ」
衛兵が道を開け、南門の預かり所でしぶしぶ曲刀を預けたルビーだったが、ずっと肌身離さず持っていた曲刀が腰に無いのが落ち着かなくて、宿を見つけるまでずっとそわそわしていたのだった。
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