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珈琲の大霊師132

「”サラクの寵愛”という名はどうだ?良い名だろう?大国のお墨付きだぞ」

 エルサールが、白髭を撫でつつ言う。その目は獲物を狙う虎のそれだ。獲物は世界経済。

「うちの豆を使っておいて何を言うか!むしろ、”ツェツェの宝玉”でどうだ?」

 普段仲の良いエルサールとハーベンだったが、国益となると黙っていられないようだった。

「あまり一国のイメージが強くなると、他の国での展開速度が鈍りませんか?」

 リフレールは忠言し、

「あーもー!!面倒くさいさっ!!珈琲飲み屋でいいじゃないさ!」

「「「それはない」」」

「なんであたいの時だけ一致団結して否定するさー!?」

 ルビーは撃沈した。ちなみにこの不毛な会議が始まって3日目である。

「待ってもらおう。今回の件は、リリーの菓子があってこそ。すなわち、名前は”リリーの工房”と名付けるべきではないか?」

 とおっしゃるのは、ナチュラルに堂々とのろけるドグマ氏。

「一利あるな。これから展開させていくのは、実質ドグマとリリーなんだろ?分かり易い旗印があったほうが、定着しやすい」

「しかし、これは高度に政治的要素の絡んだ話だ。経営論だけで決めるわけにもな……」

 その高度に政治的な会議の議題は、世界初の、珈琲を売り物にした店舗の名前である。

 先日の苦味と甘味の大革命から、王達はそれまで考えていた珈琲豆の出荷だけでなく、菓子と珈琲を出す飲食店の、全世界展開を猛スピードで立ち上げた。

 経済、流通に精通した頭脳派のバドルとドグマが、一晩で書き上げた計画は凄まじく機知に富んでおり、二人にして生涯の傑作とまで言わしめた。

 それもそのはず。その夜は、リリーの菓子とモカナの珈琲で常に覚醒状態だったのだから。

 二人ともが、この奇跡を世界中に広めるべく、夢中になって起案したのだ。

 その完成度にジョージもリフレールも目を剥いて驚く程で、

 が、いざゆかんといった段階で、横槍が入った。

「して、名前はどうなさるおつもりですか?陛下」

 言ったのは、将軍に復帰したばかりの、ジャロウであった。

 それから3日間、会議はそれぞれの事情と思惑がぶつかり、政治闘争の場と化していたのだった。

 しかし、それは鶴の一声で中断する事になる。

「珈琲が入りましたよー」

「お菓子が焼けましたよー」

 ガタッと、それまで真剣な顔をして睨み合っていた全員が待ってましたとばかりに立ち上がる。

「うぅむ、今日も良い香りだ。顔が緩むわ」

「今日はパイもあるのか。リリーはやはり、世界最高の菓子職人だな」

「いやですわドグマ様ったら」

 ドグマが日常的に間食を食べていた3時になると、リリーが菓子を作って持っていくため、モカナも合わせて珈琲を淹れるようになったのだ。

 菓子と珈琲の夢の和音によって、弛緩した至福の時間。

 そんな中、ニコニコと皆の様子を見るモカナに、ジョージは聞いた。

「そういや、お前はどう思う?この、珈琲と菓子を出す店の名前」

「えっ、ボクですか?ボクは……やっぱり、珈琲を思い浮かぶ名前が良いので、『カフェ』なんて良いんじゃないかなって」

「カフェ……」

「カフェ…………」

 不思議と、その名前は素直に珈琲を連想させ、耳にすると珈琲を飲みたくなるような響きだった。

 この日、この世界に珈琲と甘味を提供する店、”カフェ”の概念が生まれたのだった。

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