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【ひとりひとりのStory】Vol.3 38歳で中国に転職! アウェイの中で自分の居場所をつくるたった一つの大事なこと

慣れ親しんだ環境を離れ、新たな世界へ一歩踏み出すときは、誰でも不安を感じるものだろう。ましてや、その行き先が海外だったとしたら?

自分から望んで行くにしろ、そうでないにしろ、自分が身を置く環境が変わるというのはチャンスでもある。チャンスをものにするかしないかは自分次第。ベストを尽くしてみれば、自分の中にあった新しい可能性を発見できるかもしれない。

木戸伸彦さんは、38歳の時、上海にあるドイツ系企業に転職した。食品・飲料メーカーの生産ラインの検査機器を取り扱っている会社だ。顧客の課題解決のために必要な仕様を決め、受注から納入、試運転確認までを含む一連のプロジェクトを管理する仕事に携わっている。

木戸さんは学生時代から将来は海外で働いてみたいと思っていた。ただ、行くからには、現地の人達に貢献できる形で行きたいと思っていた。だからまずは技術者としてのスキルを身につけ、経験を積むことに専念した。大学卒業後は、日本で携帯電話の設計に携わり、製品開発のプロジェクトの推進などを経験した。そして、機が熟したところで、今の会社に転職した。

自分が望んで行った場所とはいえ、業界も、取り扱う技術も、働く場所も、環境も言葉も全部違う。職場に日本人は木戸さん一人だけ。そんな完全にアウェイな環境で、木戸さんはどのようにして自分の居場所を確立し、どのようにして夢を叶えたのか? その道のりを取材した。

1.環境が人を育てる

木戸さんが海外への思いを強くするきっかけになったのは、初めてのベトナム旅行で見た光景だ。

「僕は、普段は臆病で慎重なんですが、その時は宿も決めずに夜、現地の空港に到着したんです。そして、恐る恐る乗ったタクシーで市内に向かった時、バイクがずらっとタクシーの周りを囲んだんですよ。その光景に最初は恐怖も感じました。日本では有り得ない光景を見て、自分の普段の日本での生活は当たり前じゃないんだな、世の中には全く違う生活文化があるんだなということをまざまざと感じました。これすごいな、面白いなと思ったのが海外を志すようになった原点です」

自分がまだ知らない世界は沢山ある。そのことが木戸さんの好奇心を刺激した。自分とは違う考え方を知ることで、自分の成長にも繋がると木戸さんは考えていた。だから、ずっと同じ環境に留まるのではなく、転職をして自分の環境を定期的に変えていこう。木戸さんはそう考えて、自分なりのキャリアプランを描いていた。そして、38歳の時に単身中国へ渡った。

木戸さんの転職先は、上海にあるドイツ系の企業だ。60人位の職場には様々な国籍の社員がいた。ドイツ人、フィリピン人、ポーランド人、中国人、トルコ人……。当然、皆価値観が違う。言葉も英語か中国語だ。

「でもそれは、僕にとっては願ったり叶ったりの環境でした。大変だけれども、そういう環境で得られるものは多いと思っていました。色々な価値観を持っている人が組み合わさると、今までとは違ったいいものができるに違いない。環境が人を育てると信じて、歯を食いしばってでもしがみついてついていく感じでした」

携帯電話設計の仕事をしていた木戸さんにとって、技術者としてプロジェクトを推進していくというベースは共通しているとはいえ、業界も仕事の進め方も違う。周囲からは、「この日本人は違う業界から来た」という目で見られていた。完全にアウェイな状態だ。

「最初はほぼ新入社員同然の状態でした。言葉の問題もあるし、誰と話をして、どう物事を進めたらいいか分からない。誰も教えてくれないし、仕事のマニュアルもない。最初の頃はすごく効率の悪い仕事の進め方だったと思います。結果を出して信頼を得られるまでに時間がかかったなと思います

2.待っていてはダメだ、自分で動け

 完全にアウェイな状態、そして言葉も考え方も異なる環境の中で、木戸さんは自分から動いた。誰かが何かをしてくれるのを待っているだけでは何も変わらないからだ。木戸さんは自分の居場所を自分で作り上げていった

「最初はとにかく質問することに徹しました。質問するということは、何かやろうとしていることだから、それは伝わったと思います。もし何もしないでただ待っているだけなら、やる気あるのか? と思われてしまう。そして、ある程度仕事が分かってきた段階で、まめに報告をするようにしました。報告した内容に間違っている点があればフィードバックしてくれる。そういうコミュニケーションを通じて、やってるぞという姿勢を見せることを意識しました」

木戸さんはコミュニケーションの方法も工夫した。今の職場は基本英語、時々中国語を使う環境だ。言葉の問題もあるし、そもそも議論が得意な外国人を相手に真っ向から議論してもなかなか勝てない。

「話し合って勝てないなら、本当に言いたいことはメールするようにしたんです。上司は基本的に話を聞かない人。議論しても前に進まないのです。でも、後で自分の意見をメールで送ると、ちゃんと読んで返事をしてくれました。また感情豊かな人には、こちらも相手の感情に合わせて接するなど、それぞれの人に応じてコミュニケーションの方法を変えました」

こうして木戸さんは、自分から動き、ダメなら次の手を打っていくことで、少しずつ職場の人たちとの信頼関係を築いていった。3年目を迎える頃には、仕事も自分で回せるようになってきた。

「最終的に自分で仕事を回せるようになるにはどうなっていたらいいか? というゴールをイメージし、そこに至るまでに何をするべきか、細かなステップに分解していきました。そうすると、今すべきことが明確になります。それを淡々とやっていきました」

様々な国の人が集まっている職場だから、違いがあって当たり前。その中で上手くやっていくのは大変だけれど面白いと木戸さんは言う。違う強みを持っている人が集まって同じ目的のために進むからこそ大きな事が成し遂げられる、その充実感を木戸さんは今味わっている。

一方、周りに日本人がいない中、中国での生活についてはどのような苦労があったのだろうか?

「中国に来ること自体に抵抗はありませんでした。でも、遊びに来るのと住むのは違いましたね。部屋も自分で探したし、電気、ガス等の生活基盤も全部自分でやりました。でも、部屋の契約書の文言は分からないし、交渉も難しい。日本人向けの仲介業者を探すこともできたが、あまり頼らず自分でできることは自分でやろうと思っていました。中国で生活したくて来たのに、日本のサービスに頼ってしまうのは、何のために来たのかと思ってしまうんですね。そういう、海外で自力で生活する経験も積みたいと思っていましたから。まぁ何かあっても死ぬわけじゃない。大変でも、失敗があっても、多少損をしても、経験から学べることはあると思います」

そんな木戸さんだが、今年の春、部屋の契約更新で大家とのトラブルを経験した。それまで大家は面倒見も良く、関係も悪くなかったのだが、契約更新時に木戸さんに嘘をついたのだ。それが嫌になって、木戸さんは引越しを決意した。ところが大家は、退去にあたって本来借主に戻すべきお金の返金に応じない。

自分で交渉しても埒が明かないので、木戸さんは周りの人達に相談し、手取り足取り助けてもらった。そして、最終的に全額ではないが一部の返金を受け取ることができた。正直面倒だし根負けしてしまいそうな状況だが、木戸さんは諦めなかった。

「やれることは何でもやりました。自分の要求はちゃんと主張しないと損をするだけ。正しく行動できたと思います。大家のような人も居ましたけど、自分を助けてくれたのもまた中国人。大変だったけれど、それを乗り越えて引っ越せたというのはいい体験でした。だけど二度は経験したくないです」

そう笑う木戸さんは自信に満ちた表情をしていた。泥臭い経験かもしれない。でも自分の欲しい結果、自分の居場所を得たいなら、大事なことは自分で動いて取りに行くことなのだ。

3.失敗を恐れずにもっと遠くへ 

仕事にしろ生活にしろ、日本だったら、会社名や肩書きが自分の看板になる場合もあるが、海外に出たらそうした看板には一切頼ることができない。その人そのもので戦うことになる。木戸さんは海外で働くことの厳しさと醍醐味を、「総力戦」という言葉を使って表現してくれた。

「とにかく、自分の持っているものを絞り出すしかありません。経験、スキル、考えていること、人格、そういったものを全部絞り出す総力戦なんです。今も常に自分は何者か? を問い続けています。正直、生半可な気持ちではやっていけない。でも、やってみると本当に得がたい経験ができます。僕自身は、限られた人生の中で、色んな事を経験したもの勝ちだと思っています。どうなっているのかなという好奇心や、これやってみたいという強い思い、そういうものを大事にしていきたい。失敗しても挽回できる。命まで取られるわけじゃない。そこからまた前に進めるし、そこで得たことは自分の武器になりますから」

木戸さんは今、次のステップを視野に入れ、自己研鑽を積みながら、また新たな人生の扉を開けようとしている。

木戸さんの目指す将来は中国も含めて色々な国で、日本と相手国の互いの良さを繋ぎ、お互いがハッピーになる関係づくりやサービスに携わることだ。そのためにはビジネスに関するスキルをアップさせ、ビジネスも技術も分かるという立場で道を切り開くことが必要だ。それが今の木戸さんの目標だ。

「具体的にどのようにやるのか、その手段はまだ考えていない」と木戸さんは言う。けれども、目指すゴールは見えているから、そこからまた、「そうなるためには」の問いを繰り返し、やるべきことを明確にして、自ら動いていくのだろう。自分が置かれた環境をいい環境にするかしないかは、自分次第なのだから。

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