”後悔先に立たず”の典型:漢文再学習!
REV15
ブログ投稿しています。複数画像付き等最終版は此方から、ご覧ください。
昨年9月に、講師は表題の様に、遠い昔に学校で習った漢文を再学習し始めました、と投稿しました。
あまり、説明できる具体的な成果は無い気がしますが、最近、CS放送で、9月の投稿の元になった中国語ドラマの再放送が始まり、ついに、主人公が漢文の歌を聴衆の前で歌う回を迎えました。
やはり、何度聞いても良い歌だなと感じ、つい投稿テーマとして再度取り上げさせて頂く事としました。
漢文の詩を歌うシーンの話は、以前投稿した通り、同業者のお祭りでの演技品評会の場面で出てきます。
通常、演技品評会は歌や踊りのできる女性のいる、所謂妓楼で働くプロの方を雇って出し物を”各布商店”が競う設定の様です。
意地悪をする同業者が一つあり、有名どころ(歌を披露する本人の所属するお店も贔屓筋の妓楼あり)を全部お金で抑えてしまって、大々的な踊りの演技、即ち概ね全てのお店のNo.1を揃えたオールスター演技を披露します。
トリの出し物がこれまた、嫌がらせされている女主人のお店(主人公のお店で、主人は奥さんです)であり、そのトリ前の演技が嫌がらせ店のオールスター演技となっていて、店の力・格の違いを見せつけるための順番となっています。
漢文の歌を歌う主人公のお店は、結局、例年通りの出し物を披露できない様に嫌がらせをされ、女主人は漢文を読む出し物を考え用意します。
要するに、この窮地を主人公が漢文の歌を歌って、連れてきた舞姫の踊りとともに切り抜けるのですが、それ以前に女主人も漢文の歌を詠む嗜好を考え、準備します。
その漢文が以下になります。(漢文は通常縦書きと思いますが、今回も横書きにさせて頂きます。)
燎沉香
消溽暑
燕雀悲歌
露深无人语
…
ドラマの中では出し物として読むための漢文が表記された書面が映り、書かれた文字はもっと沢山ある様なのですが、詳細は継続調査中です。
主人公が小舟上で歌う詩と同じ宋の時代に詠まれた漢文もあれば、そうでない時代の漢文も使用させれている様です。
只、この漢文読みの出し物は詠み手に指名されていた侍女さんが、トリ前の周りの聴衆の盛り上がった反応や自身の読み上げの自信の無さから、動けず、結局披露されません。
この場面で、妻である女主人の窮地を助けて、趣のある漢文の詩の歌を小舟に乗って登場しながら、披露し、且つ一人の舞姫の演技と繋げ、舞姫が踊り続ける間も、歌を歌い続けます。このシーンで歌われているのが、以下の漢文の詩になります。(詩の途中で演技同様、一旦止まりますが、今回確認したところ、最後まで歌われている様です)
明月幾時有
把酒問青天
不知天上宮闕
今夕是何年
我欲乘風歸去
又恐瓊樓玉宇
高處不勝寒
起舞弄清影
何似在人間
__ ドラマ中では、ここで、一旦、歌は中断(間奏?) __
转朱阁
低绮户
照无眠
不应有恨
何事长向别时圆
人有悲欢离合
月有阴晴圆缺
此事古难全
但愿人长久
千里共婵娟
縦書きにする方法の結論が出ていませんので、今回も横書きにさせて頂きます。
この歌は、中国の北宋の時代の”蘇軾:そしょく”という方の様で、詩の名前は”水調歌頭”になります。このドラマの挿入歌としても使用されています。(但し、挿入歌は別な歌手の方(ミュージカル俳優?)が歌われています)
推測の域を出ていませんが、この歌はかなり中国では有名で色んな方が口ずさまれている様に感じます。
ただ、現時点では作詞は蘇氏で確定なのですが、作曲者が確認できていません。少なくともYOUTUBEで確認すると二つは同じ音楽の曲調なので、同じ作曲家と思われるのですが…?
尚、皆さんもご存じかと思いますが、作者は役人ですので、昔の登用試験、所謂科挙を合格した人物のハズです。
従って相当、学力のある方と拝察しますが、この歌を詠んだ当時は、インターネットの情報によると、どうやら、地方に左遷されていた様です。
それらの背景を合わせて考えると、この漢文で使用されている幾つかの言葉に引っかかるものがある様に講師は感じてしまいます。
それは、”天上”や”人間”、”高處”等、当初、自身が神仙の様な読み出しから、人間界の方がよいとの感想に繋がっている様で、歌われている内容が神仙としてなのか人間としてなのか?に解釈される様な部分が多分にあるのではと感じます。
要するに、言葉を変えて・選んで、当時のお役所にコメントをしているのでは?と思われる気がしてきているのですが、講師の勘違いでしょうか?
ドラマ中、日本語字幕で出てきた内容は、出演者の歌声と周りの聴衆(近隣の民が集まってきている場所で出し物が披露されているシチュエーションです)の反応と相まって、結構、というより、かなり、いい感じで感動できると改めて思って聴いていましたが、ドラマ中、盛り上がっているのは、背景にこの様な大衆の感想が込められている為なのかもしれません。
この様に、再学習中感じるのは、漢文は奥が深い様なので、直ぐには良い成果は得られないと思いますが、遠い頂きも、先ずは、今日の一歩からということで、引き続き学習を重ねていきたいと思います。
尚、こういった漢文が詠まれた背景をインターネット等で知ることで、漢文そのものの意味を理解する助けになる気がしています。
講師の経験が、皆様のお役に立てれば幸いです。
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