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ジャンク小説 「Wake me up!」

※ジャンク小説とは…筆者が自由に書き殴る小説のようななにか。


目の前を流れる川と、どこまでも広がる青空を感じながら、命のことを考えた。
どうしようもない僕のことや、大好きな君のこと、優しかったあいつのこと。

土手に敷き詰められた芝生からずれた階段に腰を下ろす。
命は誰にもたったひとつ与えられた、きっとかけがえのないもの。
例えば誕生日ケーキに刺さったろうそくに灯った火を消すように、ふぅっと息を吹きかけただけで消えてしまう灯火。
例えば台風のような強い風に吹かれても、消えない力強い炎。
自分から水をかけ、強引に火を消してしまう者だっている。
逆に他人からかけられた水で、消えてしまう者も。誰もが持っているけれど、決して平等なんかではないのだ。
「時間だけは平等に与えられたもの」なんて誰かが言っていたけれど、僕はそうは思わない。
優しかったあいつだけが、なぜただ過ごしていた毎日を奪われたのか。

どうしようもないぐらいに泣いた昨日の夜。
今日の僕は目がパンパンに腫れている。
こんなことを考えていたら、また目の前が霞んだ。
涙の粒が頬をつたい、顎へとつたい、ぽたっと落ちた。
気付いた君が僕の膝の上に手を置いた。
マスクから覗いた目が、優しく僕を守ってくれているように感じる。
そうして、また僕の涙は止まらなくなる。
僕たちは言葉を交わすことはなく、ただただ目の前に広がる景色に想いを馳せた。
それぞれが持つ尊い火が消えてしまった者は「星になる」とよく言う。
けれども、僕はそれも違うと思った。
それならば、夜空はもっともっと星がちりばめられているはずだ。


僕はポケットから携帯とイヤホンを取り出し、左耳のイヤホンを君に渡した。
僕らはよくお互いが好きな音楽をこうして一緒に聴き、時間と感覚を共有することをしている。
君が好きな曲を聴くと自然と心は弾み、僕が好きな曲が流れる度に僕は涙を流した。
今の僕は感傷的になり過ぎている。
些細な言葉一言一句が心に刺さり、刺さったトゲが心をかき乱す。
それでも今なんとか自分を保てているのは、時折風になびく君の髪が僕の頬を優しくくすぐるから。
そのサラサラな髪から、心地よい香りが鼻をくすぐる。

僕たちは手を繋ぎながら土手を歩いた。
歩きながらも僕の脳裏にはずっと命のことが離れない。
その昔、自ら命を絶とうとした子。
あの時の僕は若過ぎて、恐怖心から病院へ駆けつけることができなかった。
なにも食べれないとすっかりやせ細ってしまったあの子に、必死でお茶漬けを無理やり食べさせたこと。
その十数年後、今度は僕自身の中に湧き上がる「消えたい」という感情を抑えることができず、裸足で家を飛び出し、道路に飛び出そうとしたことがあった。
死を覚悟できずに、中途半端にカッターで手首に傷をつけたことも。
これまでのいろいろな出来事が、一気に脳裏を駆け巡る。
誰がどうしたいとか、自分がどうしたいとか、そんなことは関係なく灯火はいつか消えるのだ。
今こうして君と僕が歩いている間にも、世界中ではいろんな灯火が消え、新しい儚くて尊い灯火が宿っている。

隣の君に目をやると、君はただただ全身に自然を感じながら気持ち良さそうに歩いている。
スポーツウェアに身を包んだ女性が僕らを通り過ぎた。
髪をひとつに束ね、軽快に走る彼女の首筋にキスマークを見つけた。
その瞬間、思わず隣の君を見た。君も気付いたのか、マスクから覗く目がほほ笑んでいる。僕らは微笑み合った。

僕は君の手を引き、土手の途中にある階段を一番下まで降りたところに腰掛ける。
彼女の髪を不器用にかき分けた。僕が何をしようとしているのかを察したのか、彼女は首を傾けながら器用に髪をするっと流した。
僕は君のうなじにキスマークを付けた。君の楽しそうな笑い声。
僕はこの子と一生を共にするのかもしれない。
なんとなく漠然とそう思った。

僕らの近くには、釣りを楽しむカップル、犬の散歩をしているおじいさん。
いろんな人が行き交っている。
もちろんその人たち、魚や犬にも必ず灯火や炎があるのだ。
その灯火がいつ消えてしまうかなんて、誰にもわからないけれど、誰しもその日を待っているのだ。
それでも僕らは生かされているのだろうか。もしくは生きているのだろうか。
僕自身は後者であり続けたいと思った。
僕が好きな人たちや家族、みんなそうであればいいと願う。
灯火が消えるその日まで、きっと僕は苦しみながら、もがきながら、それでもずっと生きていく。

優しかったあいつのことを想うと今でも涙が出る。
でも、毎日仏壇にラベンダーの香りがする線香を上げ、手を合わせる。
目を閉じて、あいつに話しかける。
僕の声なんか届いていないかもしれない。
そうやって、僕は時折誰かの胸を借りて泣いたり、一人で泣いたり、過呼吸や発作に苦しみもがいても、生かされているのではなく、生きていく。
優しかったあいつがそうしていたように。
時々立ち止まって自分の周りを見渡すと、いろんな人がいるけれど、いつも僕の周りには味方がいる。
敵や味方ではない。僕を支えようとしてくれている人がいる。
だから僕は生きていきたい。
イヤホンから僕の大好きな曲が流れ、案の定僕はまた泣いた。
それでもいい。涙が心を浄化するのなら、今流した涙があいつの心を少しでも浄化して欲しい。
そう、切に思う。

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