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こんなに日常が心に染みる芝居もない。相反するものを明滅させながら深まっていく物語に確かな手触り…★劇評★【舞台=母と暮せば(2021)】

 演劇空間は観客にとっては非日常の空間である。幽霊が登場するのも、科学で証明できない以上、非日常に違いない。なのに、こんなに日常が心に染みる芝居もない。こんなにも大切にこんなにも丁寧に積み重ねてきた日常を一瞬にして奪う戦争という悪魔のような所業。日常が表すその非日常の悲劇-。絶賛された2018年の初演以来、初めての再演が行われている舞台「母と暮せば」で母と息子の魂の邂逅を演じている富田靖子と松下洸平のあくまでも自然なふるまいが逆に私たちの心を震わせ、日常と非日常の空間を分かちがたいものにする。演出の栗山民也が稽古場で口にした「正体不明の分からないものに毎回(毎公演)出合わなければ(いけない)」というそれぞれの役に課した覚悟を受け取った2人の演技は、幸福と悔恨、情熱とあきらめ、希望と絶望、生と死という相反するものを明滅させながら深まっていく物語に確かな手触りを与えていた。それぞれの演技が放つ感情が、初演に比べても、相手役のさらに深いころにまで届いていた、そんな思いを強くするのは決して私だけではないはずだ。(画像は舞台「母と暮せば」とは関係ありません。イメージです)
 舞台「母と暮せば」は7月3~14日に東京・新宿の紀伊國屋ホールで上演され、7月19日~9月2日に九州各地の演劇鑑賞会で巡演、9月7~9日に神奈川県内の演劇鑑賞会で巡演される。

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