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【ショートストーリー】15    メタセコイアの提案

秋晴れだった。見通しのよい直線の道路で、風が変わった気がした。僕はあかりに呟いた。

「ねぇ、あかり。次にすれ違う車の色で、これからのこと決めよっか」
「え、何それ。そんなことで私たちの未来を決めていいの?」
「そんなこと?運命とか宿命とか信じるんだろ?だったらもう未来は決まってて、この賭けだってデキレースだよ。最初から決まってる」

ロードスターは、二人を乗せてその低い車高からいつもとは違う緑の景色を全方位に感じさせた。スピードが増すと振動が変わり、解くことのできない物理学の証明のように、心理とは別の世界が赤らんだ。

「『時間』てものがなかったらどうだろう。今僕らが見ているものが総てのっぺりとした次元の違うものに思わない?」
「意味がわからないわ。時間がなかったら、過去も今もないし未来だってなんの意味も持たないわ」
「そうそう。僕らの意識が生み出している何物かについて僕らは賭けようとしてる」

想像に易しかった。あかりはまた始まったと言わんばかりの表情で僕を見つめているだろう。緑の景色は、その濃淡を変え、わずかばかりの田園風景を横切りながら進んでいく。

「いいわよ、つき合うわその提案」
「提案?僕の?」
「提案じゃないの?賭けになるのかな」
「僕らに提案するのはこれから通る道かな」

僕らの正面には大きなカーブが近づき、この先にメタセコイアの並木道が見えてきていた。僕は一旦手前で車を止めた。

「ところでどんな未来を占うの?」
「そうだね、次にすれ違う車の色を当てたら…」
「当てたら?」
「あかりは僕と一緒にイギリスへ行く」

「へ?」
「へ?じゃないよ。イギリスどうですか?」
「イギリスに旅行でも行きたいの?」
「そうそう、灰色に染まる霧の街ロンドンにね」
「そんなわけないでしょ。どういうわけ?」
「ビックベンが見える場所に転勤だって」
「そんな大事なこと。こんな子どもじみた賭け事で決める気なの?」
「はい」
「あきれる」

「おもしろいと思わない?ワトソンくん」
僕はあかりの顔を覗きこんだ。
「いいわよ。貴方らしい。でも、ホームズのようにもっと難解な私の気持ちも考えてほしいけどね」

「大丈夫。運命は決まってる」
「調子よすぎよ。いつから行くかとか、大事なことはいろいろあるでしょ?」

僕は聞こえないふりをして話を進める。

「いいかい、僕だけじゃあフェアじゃないから、あかりからまず出会う車の色を言って。当たったら、君の希望に答えます」

あかりは少しだけ間をおき答えた。
「やっぱりあなたはヘンな人ね。まあ、いいわ。そうね、世の中の車は大体、白か黒が多いから白にするわ」
「オッケイ、確率的にあり得るね。じゃあ僕は、黒にしよう。確率的に言ったら白に次ぐしね」

「さあ、行くよ。これで僕らの未来が決まる」
「はいはい」

スピードが上がり、風の音がきこえる。メタセコイアの緑は艶やかさをいっそう増し、木々の香りが車内にもひろがるような気がした。

200メールほど走っただろうか、前方から車のようなものが次第に近づいてくるのが分かる。ゆっくりと、でも乗用車のそれとは違っていた。

数秒でその車が視認でき、僕らは笑った。

白いトラクターだった。

メタセコイアの並木道を抜けて僕は車を止めた。
「白い車だったね」
「そうね。一応あれも車よね」
「賭けは僕の敗けだ」
僕は後ろに連なったメタセコイアの並木道を眺めた。たぶんもっと遠くを見ていたと思う。

「ふふ、あなたはいつもズルいわね」
「そうかな」
「だって、私が賭けに勝ったら私の希望を聞いてくれるんでしょ?」
「うん、ああ」

僕は自分の左頬に人差し指で痒みもないのに触れる。空の青さが鮮やかで僕は吸い込まれそうな気がして足元がふらついた。そんなふわふわとした僕を見たからか、あかりは諭すように、ゆっくりと言葉を続けた。

「そうやって大事なことは私に言わせようとする」
僕は黙ってあかりを見た。

今が、一瞬で過去になり、鼓膜の刺激は脳を揺らした。あかりの眼は大きくて綺麗だった。

「ヘンなあなたとロンドンにいっしょに行きます」


そして、彼女は僕の右頬に軽くキスをした。

後ろでは、メタセコイアが整然と並び立っている。何千万年も前に、この結末を知っていたかのように整然と。

おしまい

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