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魔法科のカロン

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魔法学校に通う高校生たちの非日常と情動と日常。
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記事一覧

道化師のパトリシア

パトリシア・ルージュ。それが女の名前だった。道化師とは語り部で、語り部とは記憶装置である。聡明で明晰な頭脳を持つパトリシアは語りを待つ言葉達を記憶していく。それがパトリシアの仕事だった。記憶していく。存在を。見たものを。出来事を。彼女は魔法使いであった。

パトリシアを見いだした女は、忘却を操り、既知を曖昧に押し込める力を持っていた。それが女の仕事だった。それこそが女の仕事だった。女もまた魔法使い

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新参者のローゼ

「ロゼッタ、少し良いか」女王は声をかけてきた女、マリアの方を向いた。背後でジェスが身を硬くし、抗議の声を発したので、やはりか、と思う。「耄碌したかマリア。人の名前を間違えるな、私はローゼだ」マリアは物言いたげなジェスと女王を交互に見た。「おや…… そうだな、失礼した」女王は尊大に頷いた。「……女王。私は少し、マリアと話を」ジェスが気まずそうに言う。大方『前の』女王の存在をほのめかしたマリアに苦言を

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為政者のリロイ

人間達は代替わりをする。長い歴史は流転の連続で、塔の建設に関わった者でさえ今は数えるほどしかいない。時間を止めたような王宮内でさえ緩やかに変化を受け入れる。リロイ。彼は人間だ。

王宮には様々な機関がある。リロイの担当は法整備と施行。実務をこなし、同時に塔の監視を受ける。塔の監視。リロイは塔の魔術師のことを知っている。歳をとらず、監視役にそぐわない実権を持つ女。自分が来る以前から王宮に仕え、おそら

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侵略者のフォクシー

女は魔法使いだった。老いることのない体と褪せない美貌を併せ持ち、その手には無法を成す力(可能性)が握られていた。人間なら誰もが一度は夢見るような理想がそこにあった。ひとつ女の醜悪な部分を上げるとすれば、女が邪悪だったことに尽きる。

フォクシー。細い腰と肉付きの良い体を持つ女は永い時間を持っていた。両親はとうに亡く、しかし女は独り立ちを望まなかった。行き場のない彼女は他者の家庭に入り込み、姉として

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針土竜のシンロ

シンロは医療従事者だ。器用な指と甘いフェイス。つんと澄ました表情の彼は女達から黄色い声を浴びせられる側の人間だったが、彼自身は女を恐れていた。馴れ合いを嫌う様子と彼の持つ針によって、彼は針土竜と名付けられた。

シンロは治癒魔法が使えない。彼は元々、服飾系の専門学校に通う学生だった。過去形だ。布を扱う指は皮を縫い、ボタンを掴む爪は弾丸を抜く。そこに魔法は介在しない。シンロは縫う。生きた肌を。シンロ

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海蘊魚のドーラ

看護団員の朝は短い。詰め襟の制服を着て、結った髪にハットを留めたなら、彼女らの支度は終わる。海蘊魚(もずくうお)とドーラが呼ばれるのは奇妙な衣装のためだ。彼女の肩や腰には海洋生物めいたひだが無数にあしらわれている。

おはようございます、とドーラは叫ぶ。今日も元気ですね、と点呼をとりつつ団長は言う。ドーラは、はい、と叫び、杖をふるって『消毒』をする。

彼女は消毒が得意だった。病的な潔癖症によって

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看護長のグッドバイ

それが女の口癖だった。『さようなら』『あなたともう会わないことを願っています』。まなじりのつった目。開かれた口はただ淡々と別れを告げる。

女の名はプロクネといった。彼女はグッドバイと呼ばれた。自身の口癖のためだ。看護長の役職に就き、伏せった患者を看る彼女の舌は嘆きの歌を知っている。涙に湿る冷たくなったベッドを知っている。花で満ちる『ベッド』を知っている。だから彼女は繰り返す。『さようなら』『あな

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移転者のガニュメート

レーテの流れは甘やかだ。永遠にも思えるほどの旅路も船に揺られるうちに眠りの中へ姿を消した。残ったのは焼け付くような喉の渇きと、幻想の紫色。

ガニュメートは『先生』のことを考える。その人はまるで太陽のようだった。崇拝を通り越し、畏怖にも似た感情を向けていた。暖かさで示される、身を焦がすような慈愛を向けられていた。まばゆく映るのは変化をもたらす紫の光。目も眩むほどの輝きは妖精との別離を経て指標をなく

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従者のリマ

彼女は慣習的にジェスと呼ばれた。リマ・コーク。両性の身体的特徴をもつ女王付きの宮廷道化師。魔法使いの血を引く女。リマが女王に傅くのは忠誠のためではない。

彼女は元々魔術塔に捕らえられた魔法使いの一人だった。混沌と秩序の過渡期、法の網目が敷かれ、電波塔接続圏内が人間の国になったとき、物理法則を凌駕し無法を成す魔法使い達は異物と成り果てた。ひとりひとりに矯正の手が入り、あるものは故郷を捨て、あるもの

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クイーンのローゼ

『看護長を呼べ』と女王は言った。女王の仕事は鎮圧だ。しかしそれは外と中との戦闘に限ったことであり、内部で起きたテロリズムは管轄外だ。そのはずだった。しかし女王はそこにいて、燦々たる光景の中、首に巻かれた杖でその力を振るっている。

「ジェス、手が空いているならお前もやれ」「仰せのままに。女王」ドスの利いた声に周りがぎょっとして振り向く。短く切られた血色のドレスは恐怖と嫌悪の目を向けられる。ぞっとす

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支配者のユピテル

ユピテル。それは支配者であった。幻想の色を携え、影のような体を持つ不滅の者。それがどんな過去を持ち、なぜこの国に君臨しているのかを誰も知らない。生まれ持った名前も、顔も、全てが不明だった。ユピテル。名前は公的なものではなく、それに師事した男がガニメデであったが故のレトリックに過ぎない。

国内外、過去未来現在。全てがユピテルの掌握下にあった。永遠の平静が、平穏が、均衡が、それの手によって成された。

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道具屋のアリシア

街の中心から少し外れた位置に魔法道具屋は建っていた。店主の名はアリシアという。オレンジの赤毛を編み、腰に羽箒をさして、彼女は今日も閑散とした道具屋の番をしている。客は来ない。カウンターに腰掛けたアリシアはウエストポーチから手鏡を出して髪を弄った。客は来ない。往来を行く鳥の声さえ聞こえるようだ。暇になったな、とアリシアは思った。

魔法を使うのには道具がいる。これはどんな場合であっても是だ。電波塔が

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妖精頭のマリア-2

時計の鎖を指に絡め、カロンは周りを見渡す。「そこの女魔術師はそもそも特別枠だ。推測が正しければ、俺から魔法の力を奪おうとしたのはあんたで間違いない。そうだろう? 俺はきちんとした手続きを踏まずに妖精(女魔術師の使い魔)と別れた。だから力を消されていない。自分が魔法使いだと覚えている」カロンが視線をよこしたので、不承不承という様子でヴェニーも口を開く。「……私はそもそもこの街の生まれじゃない。私は生

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妖精頭のマリア

扉をくぐればそこは塔の中。

今は日中、宣言通りの真昼間。ルカを認め、女魔術師は控えの女へ指示を出す。女は頷く。女の背を見送り、ルカは女魔術師と向き合った。そうだ、確かにこんな顔だった、とルカは思う。目の前にいれば顔を思い出せるのに、目を離せばすぐにその長い髪の紫が印象を塗りつぶしていく。曖昧な顔をした女は手を広げて、ルカ達へ歓迎の意を示した。
背の高い女魔術師をルカは見上げる。その背にカロンは身

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