海蘊魚のドーラ

看護団員の朝は短い。詰め襟の制服を着て、結った髪にハットを留めたなら、彼女らの支度は終わる。海蘊魚(もずくうお)とドーラが呼ばれるのは奇妙な衣装のためだ。彼女の肩や腰には海洋生物めいたひだが無数にあしらわれている。

おはようございます、とドーラは叫ぶ。今日も元気ですね、と点呼をとりつつ団長は言う。ドーラは、はい、と叫び、杖をふるって『消毒』をする。

彼女は消毒が得意だった。病的な潔癖症によって呼吸のごと『消毒』を繰り返す彼女は、揮発する消毒液により健康を害し、看護団付きの医院へと『収監』された。閉鎖病棟で適切な教育と魔法の杖を与えられ、奇跡的に持ち直した彼女は己を救った看護団に身を寄せた。

彼女は魔法が使えない。握った杖は消毒を続けている。彼女の杖は消毒以外の事ができない。呼吸の隙間を縫う『消毒』に、他のことを受け入れる余地はない。

だから彼女は服を切る。肩や腰に生えたひだを片手間にむしりとっては止血用の包帯とする。魔法を使わない治療ではこれくらいのことしかできなかった。小柄な彼女がより多くを救うためにはこうするほかなかった。幸い彼女は清潔で、絶えず掛け続けられる『消毒』により、二次感染の恐れはなかった。

今日も彼女は服を千切る。失われたひだはまた新しく補充されていく。日ごとに形を変える彼女のシルエットはその本質をくらまして掴ませない。海蘊魚のドーラ。金の髪の彼女が視界に現れたなら、そこには病と無縁の清潔が支配する。身を飾る切りっぱなしのひだは無味乾燥な詰め襟を彩った。消毒が切らされることはない。清らかさが滅することはない。裾のほつれた目を引く衣装は、いつしか安息の象徴となった。

(つづく)



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