クイーンのローゼ

『看護長を呼べ』と女王は言った。女王の仕事は鎮圧だ。しかしそれは外と中との戦闘に限ったことであり、内部で起きたテロリズムは管轄外だ。そのはずだった。しかし女王はそこにいて、燦々たる光景の中、首に巻かれた杖でその力を振るっている。

「ジェス、手が空いているならお前もやれ」「仰せのままに。女王」ドスの利いた声に周りがぎょっとして振り向く。短く切られた血色のドレスは恐怖と嫌悪の目を向けられる。ぞっとする。それが女王を見る目の常だ。こんなところに『女王』を引っ張り出すなんてどうかしている、と女王は内心毒づいた。

医療関係者でなければ高次の治癒魔法は使えない。許可が無ければ治療はできない。末端部の吹き飛んだ人間を縫い繋げるにはこの場所はいささか汚すぎる。それは魔法を使わないものにとっても然り。看護団はそこら中に散らばって、蟻か、もしくは蛆のように病んだ体を食んでいる。いや、治しているのだ。怪我人が減っているのはけして浸食によるものではない。しかし手が足りない。じわじわと治療が進められる一方で、じわりじわりと死んでゆくものがいる。『何でもできる』自分が呼ばれたのはそのためだろう。女王は周りを見渡す。遠くの方でジェスは飾り物のような長い杖をだましだまし振るっている。治療を任せたことはこれまでに無かったから、勝手がわからないのだろうと思われた。あの杖の承認と許可でどこまでの治癒ができるかは不明だが任せて酷くなるということもあるまい。承認・許可、許可、許可。視線を戻した女王は土を蹴って駆け回り、目の前の人間の怪我を片端から無かったことにしていった。

「どうしましょうか」戻ると、体の千切れた人間にスカートをつかまれたまま立ち尽くすジェスがいた。「死んでいるのか」「いいえ。しかし私ではどうにも」問いかけるように女王を見つめ、それとも、と首を指して目を瞬くジェスに、女王は不躾な動作で髪を揺らす。それは極限まで簡略化された否定のしぐさだった。目を落とし、膝をつき、女王は不完全な肉の塊に変わりゆこうとしている人間の肩を掴んだ。そのまま体に沿わされた手からあるべき皮膚が、肉が、骨が出現する。戦闘のさなかに半身が飛ばされ、それでもなお生き残らねばならぬ女王の特権。確定しかかった死を覆す最後の切り札。「私は女王だ。できないことがあるやつはクイーン(女王)とは呼ばれない」女王は言い、手についた泥を払い落とした。

「全員、死んだか生き返ったかしたな」帰るぞ、と言外に含めて歩き出した女王に、ジェスが後を追う。「女王。せっかく街に出たのですし、どこか寄って行かれては?」「馬鹿言え、私は女王だ」女王は拳の底で追いついてきたジェスの胸を小突いた。服に包まれた胸はぽいんと弾み、女王の手を跳ね返す。挙動に女王は驚き、豊かな胸と弾かれた手を交互に見た。二人は目を見合わせる。そういえば今日は服を着ている、とどちらからともなく思い至り、しかしどちらもそれを口にはしなかった。やはりどこか寄っていきませんかと再度言って、ジェスは己のコートを女王に着せかけた。燃えるような赤の衣を淡黄色が覆い隠す。女王はコートのあわせに手を這わせ、少し考えるようにした。それからゆっくり首を振り、『帰ろう。帰って、おまえと話がしたい』と、今度は口に出して言った。

(つづく)

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