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離島のエースはひたすらに待つ
ある人は、その島を「天国に一番近い島」だと、また、ある人は「竜宮城」だと評した。
そして最も名のある国民的作家は、「穢れなき島」と著作で書いた。
それが、鳥取にある離島、委員島だった――。
日本海側の海岸からは遠目で見てもチラホラと浮かぶだけ。幻のような存在感があったが、観光客が増えることはなかった。
委員島にはその昔、5000人以上の人々が住む漁業の山村があった。
しかし、今では300人ほどしか人口はなく、その大半が高齢者だ。
そこに、一人の少年がいた。
碇埼哲平。小さい頃から釣りと野球に夢中だ。
家族代々、カニ漁をやっているが、カニが食べられない、カニ味噌は見ただけでアレルギー反応が出るほど苦手な不思議な子だった。
小柄で、物静かで、心配性で、島のおっちゃんおばちゃんからも将来を心配される彼も、野球をやっているときは楽しそうだった。
哲平は肩が強く投手をしていた。誰から教わったわけでもないが、きれいなフォームのサウスポーだった。
そんな彼のボールを取っていたキャッチャーは美菜という少女だった。
彼女もまた漁師家庭で、がっちりとした体と負けん気の強さは島中で有名。
哲平も、美菜にだけは心を許し、楽しそうにキャッチボールをしていた。
しかし。美菜の両親が水難事故で亡くなり、岡山の親戚の家に預けられることになってから、哲平はまた塞ぎこんでしまった。
壁にボールを当てるだけの日々。
壁は茶色から黒、そして白く剥げるまでボロボロになっていた。
中学3年になっても、哲平は美菜に球を受けてもらうのを待っていた。
というよりも、他に子供はいない。
島のおっちゃんおばちゃんは、野球留学を勧めたが、哲平は断り続けた。
「美菜じゃないとイヤや」
岡山に出た美菜は、スカウトを受けて地元のフリーペーパーに載ると、東京にある芸能事務所の目に留まり、一躍若手女優の仲間入りを果たした。
がっちりとした体は上に上に伸びて、スタイル抜群になっていた。
持ち前の負けん気の強さだけは変わらず、ドラマのオーディションでも体当たりの演技をみせて、甲子園のイメージガールに選ばれた。
哲平は高校へ行かず、カニ漁を手伝っていた。
甲子園に興味はないらしい。
美菜の半生を追うドキュメンタリーの撮影が始まった。
美菜は数年ぶりに委員島に降り立った。
バン、シュパン。
森を抜けた空き地で壁当てをする青年がいた。ダイナミックでありつつ流れるような投球フォームを見て、美菜は思い出す。
「てっちゃん」
カメラマンが美菜の表情を捉える。
青年も投げるのを止めて、美菜のほうをじっと見ている。
青年は駆け寄ってくる。
美菜は、言葉では表現できない感情が沸き上がり泣いていた。
「美菜。ずっと待っとったんで。――わしの球受けてくれへん?」
美菜はグローブを借りて、青年の前に対峙した。
美菜は笑いながら、すすり泣く。
「ごめん」
カメラクルーはその様子をじっと見つめていた。イイ画が撮れる。
青年はグローブの中でボールをこねている。
「なぁ」
「何、てっちゃん」
青年が投球フォームに入る。
「なぁ」
「え」
「あの、SNSの流出画像ってほんま、け」
「は?」
「めっちゃ気持ちよさそうにしとったけど」
「え?」
「やっぱし、芸能人になったら、エロいこといっぱいできるんか?」
「…………はっ…………」
カット、カット。
カメラを降ろし、スタッフやマネージャーが顔を青ざめる。
「毎日書き込みしとるのに消されるのはなんでや」
「芸人のトイレ不倫もほんとなんか? 事務所に電話しても答えてくれん」
委員島にはちゃんとネットも電波も通っている。
哲平はネットクレーマーになっていた。
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