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願うならば前のタクシー追ってください

やっと見つけた。

私は思わずため息をついていた。もうすぐ12月。そりゃため息も濁って長く空中に漂っているわけだ。
でもその息は白さがなく、どこか濁って見えた。

私は芸能ライターをしている。
といえば聞こえはよいが、パパラッチだ。
学生時代に合コンした週刊誌記者とSNSでつながっていたところ、「ライターを探しています」と言うような書き込みをしていたのを見かけて、気がついたらDMを送っていた。

それには理由がある、つもりだ。
先月、広告系の会社の事務員を退職代行で辞めたばかりだった。貯金もないし、実家に戻る勇気もない私だったが、そんな未来を心配するよりも、いまベッドから起き上がれない怖さから逃げたかったのだ。
しかし、辞めたら辞めたで、ようやくお金がないという危機的状況に気がついた。だからパパラッチをするしかなかったのだ。

目黒の裏手。
私はある女優を追っていた。某イケメンメンズアイドルとデキていると、編集部から連絡があったのだ。
彼らはすごい。
芸能人から文化人、スポーツ選手まで、ありとあらゆる「有名人」の住所や家族構成、車のナンバーや行きつけの店を把握している。

「……!」
女優がマンションから出てきた。ため息は一瞬で流れていき、体が一気に震え出した。
彼女がタクシーに乗る。
震える手で編集部へ連絡しようとするが、そんな余裕はないと冷静になる。

私は次に来たタクシーに乗り込んで、運転手を見つめる。
「あの……」
言葉に詰まる。もちろん怖さのもあるが、私がそれを言っていいのか、という戸惑いが頭をよぎった。
「前のタクシー、追えばよいんですよね?」

タクシー運転手のほうが冷静で、冷然として、それでいて冷徹だった。
都会はたくましい、と思った。

「はい」

だが――。
次の交差点で、運転手はタクシーを止めた。
「すみません。見失っちゃいました。今日こそは……と思ったんですが」
「はぁ」
運転手は全身を震わせていた。
「いつもなんです」
「今まで記者に何度怒鳴られたか」
「でも、このルートしか回らせてもらえなくて」
「みんな嫌がるらしいですよ」
「でも稼ぎ少ないし。断れなくて、僕」

言い訳と自虐と懺悔をまくしたる運転手を見て、私と同じだ、似ているなと思いながら、無性に腹が立ってきた。
私のよくないところだ。なんでもかんでも他責で生きてきた。
こいつとは一緒になりたくない。

変わらなきゃ。タクシー代を置き、汗だくの運転手に一礼をして、夜の住宅街に姿を消した。

次の角を曲がると、女優が狙っていたターゲットと路上で熱いキスをしていた。


私は……。私は……。




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