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満州からの手紙#21~#25

満州からの手紙#21

 お母さん。
たびたびお手紙ありがとう。
又、今日は待ちこがれていた小包を確かに受け取りました。とてもとても嬉しく思いました。本には餓えていたのでさっそく読みはじめました。
ほんとうに有難う。

『親思う心に勝る親心 今日の訪れなんときくらん』
孝心深い松陰先生のうたわれた {三/ミ} {十/ソ}{一/ヒト} {文/モ} {字/ジ}(和歌)を心に思いうかべて『吉田松陰とその教育』の本を読んでいると胸にジイン!!と生温かいものを感じて来ます。
 
 お母さん。
僕は満州へ来てから何か珍しいものでもあれば買ってお母さんに送ってあげようと思って、貯金以外に少しずつお金をのけて置きました。
そのお金がやっと五円に成りました。
けれども錦州の町を去ってこんな極寒地の辺凛な処へ来たものですから、もう何も買って送ってあげるようなものはありません。それで曹長殿にお願して現金のままで送ってあげることにしました。二、三日中に送ります。
(このお金は別にお小遣い等に不自由してたくわえたものではありません。)

 旧正月も後わずかですネ。
お父さんが正月に家へかえられたらお酒でも買って来てすすめてあげるなり、又は何か滋養になる飲物でも買って、お母さんが飲むなりして下さい。たのみます。
僕は{銭/チェン} {多/ター} {多/ター} {有/ユー}、心配無用。
 
 今日は准尉殿と一緒にスケートをしました。
生まれて初めてスケート靴をはいて、水を撒いて凍結させて作った炊事場横のスケート場で滑ってみたんだけれどとても駄目!!
ころんでばかりいました。それでも柔道で随分転ぶ事に馴れていたので、とても上手にころびましたよ。ハ・・・・・。
何処で何が役にたつか解らないものです。

 歌子の問題は准尉殿にも一応お話しして置きました。男の名前で手紙をよこしたりするような卑怯な真似をしないように言って下さい。
週番上等兵の役も後二、三日で終ります。 

 饅頭がうまかったと戦友が言ってくれました。
僕もなんだかとてもうまいと思いました。
するめを温炉で焼いて食べ乍ら故郷の話しに花を咲かせるのはとても嬉しい。
 
 今夜は外は吹雪です。
でも部屋の内はホカホカ温かいです。
 
 戦友の安らかな寝息がきこえて来ます。
もう夜も大分更けて来ました。
 
 今夜はこの辺でおやすみなさい。
お体大切にサヨナラ
忠勝
優しいお母さんへ
《ここから飛行機だと約四時間、汽車で急行を追ってかえれば三日と半日だそうです。》
(一月三十一日夜)

満州からの手紙#22

 お母さん。 お手紙ありがとう。
今日、竹坊と伊藤フミ子とか言われる方の手紙とお写真の入れてあるお便り、確かに戴きました。
 
 昨日は、一龍斎何とか言われる人以下六名の講談、浪花節、漫才、落語の慰問を受けました。が六名全部気候に馴れていないのでしょう。
風邪を引かれていました。 ハ・・・・・。
 
 今日は土曜日で僕達の日曜日、週番も昨日の午後交替して今日は外出が許されたのだけれど、中隊にいてお父さんや友達に手紙をかきました。
明日は営兵です。
 
 次に、過日送ると言って置いた五円のお金は折がなくて未だ送っていないのです。
二、三日内に送る考えですが、このお金がとどいたら半金の二円五十銭を敏夫チャンにやって下さい 。
お母さんにあげるためにためたお金だけれど、 少し考える処あって半分敏夫チャンにやって貰うことにしたのです。
 
 信敏叔父さんはその後如何ですか? 少しはよくなられたのですか?
お母さんも色々なにかにつけて子供の僕にさえ話せないつらいこともあるでしょうが、僕はお母さんの子供です。 決して僕への気兼ねはいりません。 許されるだけの誠心はたれにたいしてもつくしてあげるのが人の道!!

『落ぶれて袖に涙のかかる時 人の心の奥ぞ知らるる』
こんな人情の美しさを歌った和歌もあるのです。
罪を憎んで人を憎まぬ人間であってこそ、人の {過/アヤマ} ちのすべてを許して上げることが出来る人間であってこそ、人間として罪多い自分も又、人に許されることが出来るのだと思います。
お互いに人間は許し許されてこそ明るい幸福な毎日が送られるのです。
 
 どうぞ一人心でくるしまないで何事も僕に相談して下さい。
お父さんへのお願いことでもお母さんの口から話されるより、僕が手紙で話した方が話しが徹底すると思います。
僕はお父さんを絶対的に信頼していますが、お父さんも又或点において僕を信頼して貰っていると考えているのです。
 
 お母さん。お母さんもお父さんを尊敬して上げて下さいネ。 尊敬していれば言いたいこともジケヅケ言わなくて済むから、自然一家が面白くゆくはずです。お父さんへ母の心 (僕に対する心)でつくしてあげる決心があれば家庭はこの上なく明るく成るのです。

 僕の将来のため年老いの身に鞭打ち鞭打ち生活戦線で働いておいでに成るお父さんも又、僕以上の戦線の勇士です。
その勇士が、疲れた体を休息させる唯一の慰安所は即ち家庭です。
 
 お父さんがかえられたらそのつもりで。お母さんが誠心こめて慰めて上げるのが妻たる者の最大の務め!!
何事を教えるにせよ、人の師たる者はこうした女としての最大役目が果せなくては・・・・・・。 

 お母さん、色々とかきたい!! けれども、もうおそいからこの辺で止めます。

 くれぐれ親切にされた人達には誠をもって、裁縫のみに師たるのみでなく、精神的にも心から尊敬される人に成って下さい。
師たる人に成って下さい。
お母さんの奮闘をいのって筆を置きます。
皆に四六四九 サヨウナラ
忠勝 
お母さんへ

満州からの手紙#23


『まちわびて便り無き日のわびしさに 母の御影に呼びかけてみる 』
 
 お母さん。
今日で一週間たれからもお手紙が来ないのです。
一寸淋しいです。ハ・・・・・。
 
 昨日、川崎が慰問袋を送って呉れました。
涙が出る程嬉しく思いました。
僕のようなつまらぬ男を一家こぞって兄貴の如く懐しんで戴くのですから。
 
 宏君にせよ、宗公にせよ、博君にせよ、兵頭にせよ、僕には勿体ない程の弟分です。
中学の頃ほんの少しばかり可愛がってやったのを恩にきてか、あんなにして純情一途な心で僕を心から慕って呉れるのです。
あの頃からもう三、四年にも成っているのに。
川崎がお母さんの処へいったらお礼を言って置いて下さい。
 
 伊藤君が写真まで送ってわざわざ親愛の情をあらわして貰ったのに、通りーペンの武骨なお手紙を出してしまって済まなく思っています。お母さんからよろしくお詫びして置いて下さい。
伊藤君のお友達とか言われる二人の人達にもよろしく言って置いて下さい。
 
 藤ちゃん、雅坊は元気ですか。
今日は旧正月の二日目、午後外出が許されるので写真をとりにゆく考えです。
出来たら写真を戴いた人には送ってあげる考えです。
 
 このごろ将来の生活設計と言うことをよく暇の折に考えます。
ノートに日記、追憶記、反省記以外に、この空想の夢をしたためて置くことにしました。いつに成ったらお母さんのために書いたこの日誌その他のノートをみせることが出来るの か解らないけれど、要するに僕の日記等はお母さんのために書いているのです。

 お母さんの言われることだったら、僕に出来ることならどんなことでもします。
くれぐれも体を大切に大切にして、僕のかえるのを元気な元気な体で待っていて下さいネ。
 
 お母さんが待っていて貰うと思えばこそ新しい希望もあれば、苦痛にだって敗けずに打ち勝ってゆけるのです。
 
 僕の今のたった一ツの願いは、元気で一生懸命御奉公して、元気に満期してかえることが出来たら、ありったけの誠心でお母さん達を楽しく暮させてあげたい、とそれのみを考えているのです。
 
 お母さん、お父さんを大切にして上げて下さい。
そして二人でいがみ合ったりしないで協力して毎日を送り向えて下さい。
僕のかえるのを待っていて下さい。
では今日はこれで止めます。 サヨナラ
忠勝
懐しい お母さんへ

満州からの手紙#24

 お母さん。
勉強で頭が疲れて来ると、僕はいつもお母さんから来ている手紙を出して来て、繰り返し繰り返し読むのです。又こうしてお手紙も書くのです。
それは僕の日課に成っていると言ってもよいでしょう。
戦友の寝息をかすかに聞き乍ら、手製の机にもたれて、こうした一刻を送るのは僕の一番楽しいことの一ツです。

 いつものことだけれど、お母さんのお手紙を読んでいると、『こんなことでどうしよう!!』深刻にそう考えて、心をふるいたてて机にかじりつくのです。
 
 『お母さん!!』心の中でそうお母さんを呼びかける度に、僕はどんな苦痛なことに直面しても、必ずそこに新しく湧上って来る力を意識します。
僕はいつもお母さんが僕を守って貰っていると信じています。
 
 お手紙を通してお母さんの慈愛が、僕を思って戴く誠心が、心の底まで強く強くしみてくるんだもの、僕はとてもとても涙ぐまないではいられないんです。身を謹み、行いを直して、 真面目にしないではおられなく成るんです。
 
 天地神命に誓って嘘は言いません。
この僕達が家に出すお手紙は一通ごとに幹部の人達に点検して戴いて後、幹部の人達の手で封をして、印をおしてそちらへ配達されてゆくのです。(封筒に点検のハンがおしてあるでしょう。)だから嘘をかけばすぐ知れます。
勿論、お母さんは僕を信じて貰っていると思うけれど。
 
 お母さん。お父さんもこの頃よくお便りして戴きます。けれどもお父さんはお母さんのこと程に心配ではありません。僕はお父さんをすべての方面に絶対ぬかりのない人だ!!と信じていますから。
 
 お母さんは僕をとても心配していますネ。けっして心配はしなくてもいいのですよ。
酷寒地の寒さも馴れてしまって、この頃は特別な演習でないかぎり軍隊から支給されている普通のジハンと、毛ジャケット、上服の三枚で平気です。手袋、靴下は二枚重ねないとこたえるけれど。
 
 今日あたりは吹雪の舎前で、酷寒零下二十五、六度の中でジハン二枚の上に防具をつけて猛烈果敢に銃剣術の気合のはいった処を雄々とやりました。
二年兵に成ってからは、銃剣術も無茶に強要されることがありませんから、非常に体も楽なだけでなく、実に愉快です。
 
 酒も煙草も呑みません。だから僕は大小にかかわらず間違いをおこしたことは一度もありません。
お母さんのためにも、どんなことがあっても、又どんな誘惑がやって来ても、断々確として最後まで必ず戦いぬいてみせます。
お父さんやお母さんの顔に泥をぬるようなことをしたなら、男らしく立派に腹切ってみせます。
風邪さえも一度として引かないで、こうして一生懸命御奉公が出来るのも、お母さんの誠心が神に通じてのことでしょう。
かならずかならず心配しないで下さい。

 僕の弟の川崎達が遊びにいったら、菊屋のそばぐらいおごってやって下さい。ハ・・・・・。

お体大切に大切にして下さいネ。

妹達に四六四九。藤ちゃんに四六四九。
サヨナラ。
忠勝
お母さんへ

満州からの手紙#25

 お父さん。その後お変わりありませんか。私は元気で御奉公しております。どうぞ安心して下さい。
 
 さて、さっそくですが、 先月の二十日以来お母さんからのお手紙がバッタリと来なくなったのです。 渡満以来どんなにお手紙が来ない時でも、お母さんから一週間に一通のお手紙が来ないことは絶対にありませんでした。私はお母さんから手紙が来ないのはよくよくのことだと考えます。それで正直心配で心配でたまりません。
 
 病気で床についておいでなら『病気で伏っているから』と代筆でなりと知らせて貰えばそれで安心するのです。
何も言わないで全くお手紙が来ないのは、色々と嫌なことばかり考えてとてもたまらない気持ちです。心が妙に落ち着かなくて困ります。
どうぞ何もかくさないで、お母さんが病気で休んでおられるのなら、病気だからと言うことをお手紙ででも知らせて下さい。

『今日こそは、今日こそは!!』と一途に考えつめて行ってみるのですが、 一昨日も、昨日も、今日も、お父さんからも、お母さんからもお手紙は来ておりませんでした。 暗い心の陰を大声をはりあげて大空にはき出せるものならとしみじみ考えます。

 お父さん。
お母さんはどうかされたのですか。どうぞ正直に教えて下さい。

『お母さんはお前のために一生懸命働くことはこの上もない喜びだ』と言われます。しかし、私は無理をして働いて貰いたくありません。若い時のような無理をすれば、ただでさえ 病弱なお母さんの体に無理のいくことはわかりきっています。
自分達が食べていけるだけの働きをして、静かに私を待っていて貰った方が、私にはどんなに嬉しいかしれません。
 
 お母さんやお父さんのお手紙を読んでいると、 無理を知りながら働いておいでになることが私にはよくわかります。
お金があるでなし、財産があるでなし、お父さんもお母さんも年老いた体に、病弱な体に鞭打って働いて行かねば生活が出来ないのだから仕方がないでしょう。私がどんなに無理するのを止めて下さいと言ったところで。
それは国民のたれもがジッ!! と堪え忍ばねばならぬことです。
お父さんやお母さんだけではありません。だから仕方のないことです。
せめて許される範囲において体を少しでもいたわって、滋養を与えて休めて下さい。
 
 私は若いのです。 身も心も大元気です。
どんな苦難がやって来ても大丈夫、堪えて行ける私です。
この私を心配することはいりません。
私はきっと立派に自分の道を自分で切り開いてみせます。

 どうぞ私のための無理は、私のために止めて下さい。そして体を大切に大切にして下さい。 
 
 公務のためには私情は棄てるべきです。しかし、平時にあって心の奥にその覚悟を忘れてさえおらねば、そうしたかたくな感情をいつもふり廻さなくてもよいと思っています。
戦友達がどんなにひやかそうと、どうしようと、私にとってお父さんとお母さんは世の中で一番懐かしく慕しい人なのです。
 
 そのお父さんとお母さんは私が貴男達の子供だから心配でしょう。それは親子ですもの当然のことです。
お父さん達にとって私は大切な子供です。しかし、私にとってもお父さん達は大切な大切な他にない父母なのです。両親なのです。
私が私一人かつての私でないように、お父さん、お母さんもあなた一人かつてのあなた達ではないことをよく知って下さい。

 私はこんなことをかいていると無性に悲しくなって涙が自然とにじんで来ます。もう止めましょう。
 
 どうぞお母さんのことを正直に知らせて下さい。
お便りを千秋の思いで鶴首しています。
くれぐれもお体を大切にして下さい。 サヨウナラ。
忠勝拝
お父さんへ
*たらちねの母のたまづさみまさねぞ 今日も淋しくじっと空みる*(忠勝)  



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